voice of mind - by ルイランノキ


 因果の闇12…『心の準備』

 
適当に木々の間を歩いていた。そのうち心が落ち着くだろうと思っていた。
後ろから近づいて来る誰かの足音。仲間の誰かが様子を見に来るだろうことは予測できていた。振り返るとヴァイスが立っていた。肩にスーはいない。
 
「スーちゃんいないの?」
「あぁ……いたほうがよかったか?」
「ううん、そんなことないけど……」
 
沈黙の時間が流れる。少し気まずい。
ヴァイスといるとよくわからない名前の無い感情が心を蠢く。本当は名前があるけれど、その名を付けたくないのか、知らないふりをしているだけなのか、考えるのも憚られる。
 
「大丈夫か?」
「……うん」
「…………」
「あのさ、ちょっと……ひとりになりたいんだけど。ごめん」
 アールはそう言って、申し訳なさそうに背を向けた。
 
森の奥へと歩き進めると、後ろから足音がついてくる。
 
「聞こえなかった? ひとりになりたいって、言ったんだけど……」
 と、アールは振り返らずに言った。
「…………」
 
ヴァイスは黙ってアールに歩み寄ると、革手袋をした手で彼女の腕を掴んだ。
 
「戻るぞ」
「……やだ」
「また、そうやって独りで泣くのか?」
「泣かないよ」
 咄嗟に出る強がり。弱さを上手く隠せないくせに強がる癖は未だなおらない。
「…………」
「誰だって、ひとりになりたいときくらいあるでしょ? 今がそう。ここは安全だし、すぐに戻るって言ったんだから放っておいてよ」
「…………」
「離して」
「シラコなら、胸を借りるのか?」
「──!?」
 アールは予想もしなかった名前に驚いて振り返った。
「え、なんでシラコさん?」
「……いや」
 と、手を離す。
「確かにシラコさんは、いつでも力になるって言ってくれたけど……胸を借りる気はないよ。そんな仲じゃないし」
「どんな仲なら胸を借りるんだ?」
「…………」
 
脳裏に浮かぶのは、顔も声も曖昧にしか思い出せない雪斗の存在だった。
 
「お前の心を抱けるのは恋人だけか」
「……なにそのくさいセリフ」
 と、笑ったアールを、ヴァイスは胸に引き寄せた。
 
アールはヴァイスの腕に包まれて、足元から崩れ落ちそうになった。シラコの時のように力ずくで押しのけることができない。
 
そ の 意 味 を
私 は ど こ か で 理 解 し て る 。
 
「背中がいいなら背中を貸そう」
 

ヴァイスの背中を借りて泣いた日があった。
 
私らしくないと思ったけれど
背中から感じる体温とぬくもりと優しさに救われた。
 
依存してしまいそうで怖かった。

 
「アール」
 

胸に耳を当てていると
ヴァイスの心臓の音とその声が自分の身体の隅々まで響き渡るようだった。
 
ずっと聞いていたいと思った。
 
 
貴方を押しのけることが出来なかった手は
貴方の背中に回そうとして
行方を失った。
 
薬指のペアリングが私の心を締め付けた。
 
私は力なく手を下ろして
されるがまま身を委ねることしか出来なかった。

 
「アール、私を利用しろ。お前になら利用されても構わない」
 ヴァイスは、アールの頭に触れてそう言った。
 

ヴァイス
 
どうかこれ以上
私の心に侵入してこないで
 
私はきっとますます自分が嫌いになる
 
そして 貴方のことも

 
「どうする? もしもアリアンの塔で私の正体が……」
「…………」
「ヨーコウっていう魔物だったら」
「…………」
 ヴァイスはアールを抱きしめていた腕を緩めて顔を見合わせた。
「知ってる? ヨーコウっていう魔物は口から緑色のどろどろした液体を出すんだって」
「……餌を捕ってきてやろう」
「飼ってくれるの?」
「望むならな」
「体臭もくっさいらしいけど」
「…………」
「…………」
「それは困る。」
「!」
 
アールが笑うと、ヴァイスの表情も和らいだ。
 

あの空気を壊すには
冗談が一番だと思った。
 
私はきっとダメになる。
誰かに頼って依存ばかりしていたら
きっと目標さえも見失う。
 
大切なものはなに?
 
私の夢は何?
 
私が望むものは何?
 
私はどうありたいの?
 
私は…… なに?

 
「ありがとうヴァイス。そろそろ戻るよ」
「平気か?」
「わからないけど、進んでみる」
 
アールとヴァイスは、来た道を引き返した。
 

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