voice of mind - by ルイランノキ


 因果の闇11…『厄介な感情』

 
上空に浮いていたアリアンの塔は地上に聳え立っていた。
やっと塔へ近づける。そしてその内部へ踏み入ることができる。足早に塔へ向かう一行の背中を慌てて追うアール。けれど、その足は次第に重さを増していき、とうとう立ち止まってしまった。
 
「アールさん?」
 
ルイがアールの異変に気が付くと、シドたちもその足を止めた。
 
「どったの?」
 と、カイ。
「いや……別に……」
 無理をした笑顔を向けて重い足を動かした。駆け足で向かう気力はない。
 ルイはアールの心情を察っした。
「シーワンの大剣は見つかって、塔へはいつでも入れるようになりました。組織はアールさんがいなければここへは入って来れませんから、塔へ入る前に少し……お茶でもしませんか」
 シドは眉間にしわを寄せたが、ルイのアールへの気遣いを察して仕方なくため息をついた。
「じゃあテーブル出せ。俺コーヒー」
 と、腕を組む。
 さっさと塔に入りたいが、何日も病院で寝たきり状態で仲間を待たせ続けた手前、文句を言える立場にない。
「あ、はい。カイさんは?」
「へ? せっかく塔が下りて来たのに行かないの?」
 と、カイは塔を指さす。
「私もコーヒーを頼む」
 と、ヴァイス。
「わかりました」
 ルイがテーブルと椅子を出すと、ヴァイスとシドはすぐに席に着いた。
 仕方なくカイも椅子に座り、ミルクコーヒーを頼んだ。
「アールさんは? 何を飲みますか?」
「……ごめんね、ありがとう」
 気を遣わせていることはわかっているが、不安で心臓の鼓動が速く息苦しい。
「いいんですよ。コーヒーになさいますか?」
「うん。ありがとう」
 
心の準備は出来ていたはずなのに、心が脆いせいか動揺を隠せない。
やっと、自分の正体がわかるかもしれない。やっとこの世界に来た理由がわかるのかもしれない。自信に繋がるものならいいけれど、もし、本当に組織が言うようにこれまで言い伝えられてきた歴史が間違っていたとして、自分はこの世界にいてはいけない存在だったら? 私はどうするのだろう。それでも私は私だと言えるだろうか。
 
アールは塔を見上げた。──私は時折、自分が怖くなることがあった。冷血な私が臆病な私を睨んで嘲笑い次第に飲み込んでしまう恐怖。それがどこから来たものかもわからず、追い出す方法もわからず、居座り続けているそれに背を向けるばかり。
 
ルイは全員分の飲み物を注いでテーブルに置いてから、自分のコーヒーを入れた。
 
「シドさぁ、義手つけたまんまお風呂入るじゃん? 煩わしくないのん?」
 と、カイはシドの義手を見ながら言った。
「腕ねぇ方が煩わしいだろ。背中洗えねぇし。どうせ義手も洗わねぇといけねぇし」
「あそっか」
「なぁ左腕ねぇの想像してみ? ケツ半分しか洗えねんだぞ」
「ぶっ!」
 と、カイは吹き出して、片手で自分の尻に触れた。
「洗えるじゃん! 体ひねれば!」
「そこだよ。全裸で体をひねって左側のケツを磨くあの格好は屈辱的だ」
「たっは! ウケるんですけどー」
「てめぇのせいだろうが!」
 
アールは半分ほどコーヒーを飲んでから、立ち上がった。
 
「ちょっとその辺散歩してくる。すぐ戻る」
「…………」
 
ルイたちはアールが崖の上に登って森の奥まで歩いていくのを黙って見届けた。
 
「アール元気ないのー?」
「塔へ入る心の準備が必要なのかもしれません」
「やっぱ不安なの……?」
「僕等にはない、彼女にだけ感じる不安があるのだと思いますよ。気長に待ちましょう。塔は逃げたりしないでしょうし」
「…………」
 ヴァイスはテーブルの上にいるスーを見遣った。スーはルイが入れてくれた小皿の中の水に浸かっている。
「……ヴァイスさん、様子を窺いに行ってくれませんか」
 ルイは残り少ないコーヒーを眺めながら言った。
 ヴァイスは無言で立ち上がると、アールの後を追っていった。
「お前が行かなくていいのかよ」
 と、シド。
「えぇ」
 顔も見ずに答え、コーヒーを飲み干した。
「おかわりはいりませんか?」
「いや、いい」
 と、シドも飲み干した。
 
カイもいらないと言って、椅子を並べて横になった。ルイは全員のカップを集めて片付けると、塔へと近づいてその壁に触れた。先に中へ入るつもりはない。そこに、シドがやってきた。
 
「なんでハイマトスに譲ったんだ?」
「なにがです?」
「女のことだよ」
「…………」
 ルイは塔に触れながら、その周囲を歩く。シドが後ろをついてくる。
「俺が寝てる間に余計な感情が消えたってわけじゃねんだろ?」
「……シドさんはそういう話は嫌いなのだと思っていました」
「胸糞悪いけどな」
「…………」
 ルイは足を止めて振り返る。
「アールさんは……」
「…………」
「僕では駄目なんですよ。ヴァイスさんのほうが色々と話せるようです」
「お前、気づいてんのか?」
「……なにがでしょう」
「…………」
 ルイは顔を背けて再び歩き出した。
「シドさんは、他人に関心がないようでよく見ていますよね」
「他人が嫌いだから目につくんだろ」
 と、ルイの後ろを歩く。
「なるほど」
「言動や仕草のひとつひとつが目障りでしょうがねぇ」
「おもしろいですね」
「…………」
「カイさんのことも、シオンさんに恋心を抱いていたなんてシドさんしか気がつかなかったことです」
「…………」
「…………」
「見たくもないが目につくものがある。お前も、あいつのこと見てんなら気づいてんだろ? いいのか?」
 
ルイはまた足を止めて、塔を見上げた。
 
「いいもなにも……。それにあの二人は……いくら惹かれ合うことがあっても結ばれることはないと思います」
「…………」
「身を削りながら惹かれ合っても、その先にあるものは……苦しみでしょう」
「お前もな。」
「…………」
 ルイは視線を落とした。少し棘のある言い方をしてしまった自分にも嫌悪感を抱く。
「お前らは視野が狭いな。客観的に見て女として魅力があるとは思えねぇ」
 と、シドは腕を組んで塔の壁面にもたれかかった。
「頭で考えてするものではないと思いますよ」
「それでも、お前らは視野が狭すぎる。身近にいるのがあのチビ女だけだから惚れたんだろ。世話してるうちに脳が好きだと錯覚したんじゃねえの? 目ぇ覚ませよ」
「僕は……」
 ルイはシドに目を向けたが、もどかしい感情に見合う言葉が見つからずに目を逸らした。
「やめとけっていっても、無駄なんだろ」
「……心配してくれているのですか? らしくないですね」
「目障りだからな」
「そうでしたね」
 と、微笑する。
「厄介なことになるのが面倒なだけだ」
「迷惑はかけませんよ。伝える気もありませんから」
「でも頭で考えてするもんじゃねんだろ?」
「……えぇ」
「壊れるなよ?」
 と、シドはルイの肩に手を置いた。
「今まで言わなかったが……お前の愛し方は異常だぞ。生きたまま焼き殺したのはさすがに狂ってる」
「あ……」
 ルイの口から掠れた声が漏れた。鼓動が速くなる。
 
──異常 狂ってる 普通じゃない。
アールを捕らえた男たちを生きたまま炎で焼いたあの日。逃げられない炎の中でのたうち回る男たちを見て心の中を蠢いていた怒りがスーッと消えたのを思い出す。
後になって恐怖が自分を支配した。自分が怖いと初めて思った。けれど、僕はいつの間にか、許されたのだと思っていた。彼女がこんな僕と向き合ってくれたとき、後悔に苛まれながらも、許されたのだと思っていた。
僕はおかしいのかもしれない。でも、許された。
だから忘れていた。あの時のことは、とっくに。
 
ルイはカイの元へ戻るシドの背中に目を向けた。嫌な汗が額に滲む。
『愛は人を狂わす』と、なにかの小説で読んだことがある。どんな賢い人間も恋愛のことになるとたちまち冷静ではいられなくなり、おかしな行動をとり始める。当時の自分には理解できなかったが、今なら痛いほどその意味がわかる気がした。
 

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©Kamikawa
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