voice of mind - by ルイランノキ


 因果の闇7…『嫉妬』

 
ルイが玄関から入ってくるのを見て、カイは小首を傾げた。今しがたアールの様子を見に行くと言って出て行ったばかりだったからだ。
 
「アールんは?」
「1階のラウンジでシドさんとお話し中でした」
「なんの話?」
「さぁ、そこまでは」
 と、キッチンへ。
「ふたりきりにさせちゃったの? 口喧嘩になるんじゃないのん?」
「あの2人は本気で口喧嘩しているわけではないので、心配いりませんよ」
 シキンチャク袋から薬を取り出し、水で飲み込んだ。
「確かになんか言い合ってるけど仲良さそうだもんねぇ……。2人の言い争いがまた見れるようになって実はちょっと嬉しいんだ」
 と、大あくびをした。カイは既に風呂に入っており、あとは眠るだけ。ベッドの布団にもぐりこんだ。
「僕もですよ」
 ルイは携帯電話を取り出すと、ヴァイスにメールを打った。
 
【今夜は帰りますか? 一応布団を敷いておきます。朝は7時に出発予定です】
 
アールとシドが部屋に戻ったのはそれから10分後だった。
シドはすぐに風呂場へ向かった。ルイはローテーブルにノートパソコンを開き、伝言掲示板を確認する。今日も、アールが待ち望んでいるシェラからのメッセージは来ていなかった。
 
「なにかあったのかな……私なにか失礼なことメールしたかな?」
 と、アールはテーブルに顔を伏せた。
「そんなことはないと思いますよ。もしかしたらまだ読んでいない可能性だってあるのですから。IDとパスワード入力が必要なのですが、パスワードを忘れてしまって開けない可能性だって」
「ありがと。そうだね、気長に待ってみる」
 と、顔を上げて笑顔を向けた。
「陽月という女性の恋人ですが、シドさんに尋ねてみましたか?」
「あ、うん。さっき。やっぱり心当たりはないみたい」
「そうですか……」
「訊きたいこと、訊いておいた。組織に身を置いていても、私のことは完全に偽者だと思っていたわけじゃなくて半信半疑だったって言ってた」
「そうでしょうね。アールさんのことを認めてはいませんでしたが、大切に思っているところはありましたから」
「大切? ……大切?」
 と、二度も言う。
「アールさんの行方がわからなくなったとき、必死に捜していたこともありましたし、アールさんの命を守っていたこともありましたし」
「それは私が覚醒するのを待たなきゃいけないからでしょ?」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「でも、アールさんの覚醒を待っているだけの人が、みねうちにするでしょうか」
「みねうち?」
「アールさんの前ではみねうちでしたから」
「それは……私が脆いからだよ。人が殺されるのを目の当たりにしてまた気が狂ったら厄介だから」
 と、苦笑した。
「アールさん……」
「あっ!」
 と、アールはあることを思い出して声を上げた。
 カイは既に眠っている。
「どうしました?」
「聞いて? 私、シドから、この前、アールって名前で呼ばれたのっ!」
 と、目を丸くして今も信じられないとばかりに言った。
「本当ですか?」
 ルイも驚いた。シドがアールのことを名前で呼んでいるのを聞いたことがない。いつも“チビ”や“あの女”や“お前”、“こいつ”に“あいつ”ばかりだった。
「ほんとなの。急だったからドキーッ!っとしちゃった」
 と、嬉しそうに笑う。
「でもまたチビ呼ばわりに戻ったけど」
 と、悔しそうに顔を歪める。
「どういう流れでお名前を?」
「かっこいいよ。聞きたい?」
「えぇ」
「──『世界を救ってくれるんだろ? アール』って!」
「それはかっこいいですね」
「でしょ? 絶対載るよね、本に」
「本?」
「カイの妄想。将来私たちの旅が本になるってやつ」
「あぁ、あれですね。確かに、大切なセリフになりそうです」
 と、ルイは笑った。
 
風呂からシドが出ると、今度はルイが風呂へ向かった。
アールは、ベッドに座ってタオルで髪を乾かしているシドを見遣った。義手の左手が濡れている。
 
「壊れないんだね、防水なの? 錆びない?」
「水に濡れたくらいで壊れてたら金がいくらあっても足んねぇだろ」
「そっか。ベッドで寝る?」
「床でいい」
「…………」
 アールは携帯電話を取り出して、なんとなくヴァイスにメールを打った。
 
【今日もBAR?】
 
「ラブホテル行ったんだってな」
 と、シド。
「だから誤解だってば」
「よく襲われなかったな。まぁ色気ねぇもんな」
「…………」
 アールはシドを睨んだ。
「襲われなかったのがそんなに不服か」
「違うわ。色気ねぇとか言われたのが不服なの!」
「事実だろ。そのわりには変な男には狙われるよな、お前。まぁ女なら誰でもいいと思ってる連中だろうな」
「なめられやすいからね!」
「ラブホテルに行っておきながらなにもないとかよっぽど女として見れなかったんだろうなぁ」
 と、シドは欠伸をした。
「…………」
 アールは複雑な思いで視線を落とした。
 
シドはアールに退けと言って立たせると、ローテーブルを端に寄せて布団を敷き始めた。
 
「あのさ、私に色気があろうがなかろうが、ヴァイスは手を出してくるような人じゃないから。恋人でもない女性に手を出すような遊び人じゃないから」
「いい年して男を知らなすぎるだろ。男は好きな女じゃなくても抱けるんだよ。実際抱くかどうかは別として、そんな場所にいたら普通は意識するけどな、男なら。──けどお前は別。女としても見れねぇからな。例えお前が今俺の前で素っ裸になっても100%勃たねぇ」
 と、アールの顔を指さした。
「素っ裸になんかなるかボケっ!」
 枕を奪うとシドの頭にぶん投げだ。
 
そこにヴァイスから返事が届いた。
 
【あぁ】
 
「それだけかよ!」
 と、怒りが飛び火する。
「先寝るわ」
 シドは布団の上で義手を外すと、すぐに横になった。
「……ねぇ、旅に色気必要?」
 なんだかんだ、色気がないことを気にしていた。
「いや?」
「私が超いい女だったら困るでしょ? 旅どころじゃなくなっちゃう。私の取り合いになるでしょ」
「どんだけだよ」
 と、笑う。
「色気がなくてよかったと思いなさいよ。むしろ感謝すべき。色気の無いこの私に」
「はいはい、そうだな」
 
アールはベッドに移動して腰掛けた。ルイが風呂から出るまで退屈だ。ヴァイスにまたメールを送った。
 
【長文ください。ルイがお風呂から出るまで暇なの】
 
困らせてみる。どんな返事が来るか楽しみだ。
10分ほどしてヴァイスから返事が来た。
 
【考えたんだが、長文を打つのは苦手だ。すまない。電話するか?】
 
「…………」
 電話も苦手なくせに、と思う。でもこういう優しさは素直に嬉しい。
 
【ううん、ありがとう】
 
そう打ちながら、ふと、シドの言葉が頭を過ぎる。“男は好きな女じゃなくても抱けるんだよ”。
もしもBARで綺麗な女の人と出会ったら、大人同士、そういう関係になったりするのだろうか。
 
「…………」
 アールはベッドに横になって、メール画面を見遣った。
 
【ううん、ありがとう。綺麗な女の人といるところ邪魔しちゃ悪いからいいや】
 
「…………」
 意地悪だろうか。今日はスーも連れているようだけど、本当にひとりなのかな。
 
迷った挙げ句に、送信。
送信してからすぐに後悔した。変なことを言ってしまったなと。
 
ルイが風呂から上がったとき、ヴァイスから返事が届いた。
 
【独りだ】
 
「アールさん、お風呂出るときはお湯抜いてくださいね」
「あ、うん」
 携帯電話を持ったまま、脱衣所へ向かう。
 
【女の人といても、そう答える?】
 
【どうだろうな】
 
アールは服を脱ぎ、携帯電話を持って風呂場へ。なんだかモヤモヤしていた。なんでモヤモヤするんだろう。ヴァイスはそういう人じゃないと思っているから、イメージが崩れるのが嫌なのかもしれない。
 
体を洗ってから湯船に入った。シドが戻ってから入浴剤は使わなくなった。
 
「…………」
 
メールを返したかったけれど、ただもやもやするだけでなにも思いつかない。
アールは絵文字一覧を開いて、頬を膨らませている絵文字を押して送信した。
すると。
 
【嫉妬か?】
 と、返ってきた。
 
「ちがっ?!」
 
──嫉妬? なんで嫉妬なんか。
 
「…………」
 なんて返そう。
 
アールはしばらく返信画面を開いたまま、考え込んだ。
 
【変な女の人に騙されないようにね】──送信。
 
否定も肯定もせず、曖昧な返信。
 
【気をつける】
 
これもまた冗談なのか本気なのか曖昧な返事だった。
 

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