voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地25…『現実味のない未来』

 
組織からの連絡を待ちながら、シドの本義手が出来上がるのをパウゼ町の宿で寝泊りしながら待っていた。シドは少しでも筋肉を取り戻すために毎日朝から夕方までトマトゥ町のVRCで身体を鍛え、夕方には戻って病院へ行くと仮義手をつけてトレーニングに励んだ。
そんなシドを見ていたカイも感化されたのか時折シドについて行き、VRCに足を運んだ。ルイ、カイ、シドの会員登録も済ませ、VRCの会員カードも無事に手に入れることが出来た。
アールも時折VRCに行って体を動かした。じっとしていると体が鈍るからだ。
ヴァイスはというと、いつもふらっとどこかへ姿を消していたが、一週間ほど経った頃にルイに声を掛け、茶封筒に入っているお金を渡した。シドが稼ぎ手として動けるようになるまで、自分が買って出たのである。ルイはありがたくお金を受け取り、金銭出納長に記入した。
 
8日目の朝。
 
アールは朝食を食べた後、ストレッチをして出かける準備を始めた。伸びた髪をひとつに束ね、キッチンを覗く。
 
「ルイ、今日ちょっとお仕事してくる」
「お仕事ですか?」
 洗い物をしていた手を止めた。
「トマトゥ町の居酒屋にあったクエストボードで見つけたお仕事なんだけど、ただの清掃だから心配しないで? 昨日連絡して直接会って話を聞いてみたら毎月公共の場の大掃除をしてるらしいんだけど今人手が足りないんだって」
 と、説明をしながらアールはその清掃員から貰った名刺をルイに手渡した。
「なにもないと思うけどなにかあったときは連絡するからね」
「はい、わかりました。お気をつけて」
 としか言いようがない。
「行ってきまーす!」
 
まだ宿に残っていたシドは洗面所で顔を洗いながら2人の会話を聞いていた。洗面所を出て、キッチンで名詞を見ているルイを見遣った。
 
「トマトゥ町のVRCに行くから様子見てきてやってもいいぞ」
「シドさん……」
「お前は行かねぇの?」
「今日は病院へ行く予定で……あの、少し風邪気味で」
「ストレスだろ?」
「…………」
 まだ話していないのに知っていたことに驚いた。
「女から聞いた」
「そうでしたか……」
「相変わらず心配性だな」
 シドは壁に立てかけていた刀を腰に差した。カイはまだ眠っている。
「アールさんは大丈夫だと思いますので、気にせずVRCで汗を流してきてください」
「お前もな。信用してやれ。つか、どんと構えててやれよ。なんかあったときに掛けつけりゃいいんだからよ」
「はい」
「じゃあ行って来るわ」
「……あの」
 ルイは玄関前で呼び止めた。
「あ?」
「アールさんとは話されましたか?」
「なにを」
「なにか、話したいことが沢山あると言っていたので」
「あいつが?」
 と、靴を履く。
「えぇ」
「特になにも。急ぎじゃねえってことだろ」
「ならいいのですが」
「じゃあな」
「はい、行ってらっしゃいませ」
 
ルイはシドを見送ると、カイを起こしに掛かった。お菓子の匂いで起きたカイは眠気が覚めないままウトウトしながら一人で朝食を食べ、洗面所へ。
ルイはカイの食器を片付け、換気しようと窓を開けた。パウゼ町はいい天気だ。
 
「カイさん、今日のご予定は?」
 洗面所に聞こえる声で訊いたが、返答が無い。様子を見に行くと、洗面所の床で眠っていた。
「カイさん、起きてください」
「うーん……」
「これから病院へ行ってきますが、カイさんはどうされますか? シドさんとアールさんはトマトゥ町に行かれましたよ」
 ヴァイスは相変わらず行き先を言わないためどこに行っているのかわからない。
「お留守番するー…」
「でしたらもし出かける場合は連絡してくださいね。あと、部屋の戸締りをして鍵を閉めて鍵はオーナーさんに……」
「わかってるってぇ……子供扱いしないでよぉ……」
「では……行ってまいりますね」
「ほーい……」
 と、カイは手をひらひらさせた。
 
ルイは出かける準備をして部屋を後にした。心配性のルイは一応オーナーに話をしてから、宿を出て行った。カイを信用していないわけではないが、そそっかしいところがあるからだ。
 
ルイが宿を出てから30分後、ヴァイスが宿に戻ってきた。
部屋のドアを開け、中へ入るも誰の姿もない。ただ、窓は開いている。
 
「なんだヴァイスんかぁ」
 と、洗面所からカイが這い出てきた。
「アールは?」
「アールはー…ってなにそれ!?」
 ヴァイスは手に小さな箱を持っていた。それもリボンが施されており、どう見てもプレゼントだ。
「おまけだ」
 と、テーブルに置いた。
「おまけ? なんの?!」
「魔物を狩り、売りに行ったんだが金にならなかった分が品として戻ってきた」
「中身はなんなの?」
「ただのクッキーだ」
「なーんだ……じゃあ別にアールにじゃなくてもいいじゃん」
「ならお前が食べればいい」
「え、いいの?」
「別に構わん」
「わーい」
 と、カイはクッキーを受け取った。
「お菓子好きといったら俺なのにアールに渡そうとするなんてぇ」
 早速箱を開けると、チョコレートとバニラの小さなクッキーが2つ入っていた。
「男にやるよりはと思っただけだ」
 と、部屋を出て行こうとするヴァイスに、カイはクッキーを食べながら玄関までついてきた。
「そのわりにはわざわざクッキーを届けるためだけに戻ってきたわけー?」
「…………」
 ヴァイスは黙ったまま、部屋を出て行った。
「え、まさか……ライバル登場っ?!」
 
残りのひとつも口に放り込み、噛み砕いた。
 
「待て待て落ち着け俺っち。ヴァイスは年上だし年齢では勝てないけどアールはどちらかというと俺みたいなのがタイプだし、ていうかもう俺のこと好きだし問題ない」
 窓から外を眺めた。宿から出て行くヴァイスの姿を捉えた。
「大人の色気的なものはこれからいくらでも手に入れられるし。いや、既に手に入れてるんだけど出さないだけだし。俺の隠し武器は沢山あるんだ。問題ない」
 窓を閉め、鍵を掛けてカーテンを閉めた。
「銃は使えないけどブーメランの方が体全体を使ってぶっ放す感じが男らしいし問題ない」
 と、ストレッチを始めた。
「アールは笑顔が可愛いんだ。怒ってる顔も可愛いけど、やっぱり女の子は笑ってるのが一番で、ヴァイスんは女の子を笑わせるのちょー下手っぴだから俺みたいにコミカルでユニークなかっこいい男子には足元にも及ばないはず。特にアールは楽しいのが好きみたいだし。そうなると選ばれるのは俺だから問題ない」
 ストレッチを済ませると、腹筋を始めた。
「自信を持つんだ俺! あのユキトって人の顔も可愛い系だったからもうあれほぼ俺じゃん!」
 プリクラの写真を思い出す。
「アールはユキトって人がいるから裏切れないとか思って俺のこと弟として見ようと頑張ってるみたいだけど、そんなのいいのに。こっちの世界にいる間だけでも俺っちを彼氏にしてくれてもいいのに」
 と、腹筋を止めた。
「……アール、やっぱ帰るのかなぁ。いつかは、さよならして、俺たちのこと忘れるのかな」
 
──そしてユキトっていう人と、幸せになるのかな。魔物や魔法のない世界で。何事も無かったように。
 
「…………」
 
VRCへ行こうと思ったが、急にやる気を失った。ベッドに寝転がり、大きなため息をこぼす。
将来の夢を語ったり、妄想したりするのは大好きだ。けれど、現実味があることを考えるのは好きではなかった。本当はカイもキラキラとした楽しい夢を語りながら、現実味がない妄想をしているという自覚はあった。
 
現実味がある先のことを考えると怖くてたまらない。だから夢を見る。
先のことなんて誰にもわからないのだから、それなら楽しいことを想像していた方がいい。
 

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