voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地24…『笑う』

 
「ただいま」
 と、シドが帰ってきた。
 
アールは玄関を覗き込みながら、2人の様子を気にかけた。少しは話せたのだろうかと心配だったが、黄色いバットを持ったシドの後から、お尻を押さえながら帰ってきたカイを見て、なにやらいい結果になったのだと察した。
 
「すぐに食事にしますか?」
 と、ルイも2人を見て安心したのか声に弾みがある。
「あぁ」
 シドは床に座り、欠伸をした。
 カイは四つん這いでテーブルに近づくと、座布団の上にゆっくりお尻を下ろした。顔が歪む。
「どうしたの?」
 と、訊く前から笑いが止まらないアールは、レシピ本を読んでいた。
「痛いの……」
「ふふっ……お尻が? なんで?」
「アールの目には黄色いバットが目に入らないの……?」
「目に入るけどどうしてそうなったのか想像つかない」
 と、笑う。
 
──と、そこにヴァイスも帰ってきた。
久しぶりに全員揃っての食事だ。カイとシドが和解したことにより、ずっとどこかぎこちなく重かった空気も一変した。
 
「んでね、龍が一番凄かったんだ! 髭まで再現されててさ!」
 ハンバーグを食べながら、氷の彫刻を見に言った話をシドに聞かせるカイ。話すのは2度目だが、1度目の時はシドに意識はなかった。
「へぇ」
「もう一回見たいとは思うけどもう二度と行きたくない!」
「どういうことだよ」
 と、笑う。
「ちょー寒かったんだから! 心臓まで凍るかと思ったんだから!」
「ふーん」
 シドは片手で食事をする。ご飯をすくおうとすると茶碗が動き、苛立った。
 
ルイは手を貸そうか悩んでいた。シドは世話を焼かれるのが嫌いだからだ。
 
「お茶碗支えててあげようか? 1回100ミル」
 と、アール。
「金取るのかよ!」
「じゃあ50ミル」
「…………」
 シドは無言でアールを睨み付けた。
「固定すればいいじゃん? ガムテープで」
 カイが提案したが、テーブルの端にいたスーが茶碗の下に移動して支えた。
「スーちゃん優しい!」
 と、アール。
「媚売ってんじゃねぇよ」
 と、シド。
「スーちゃんおいで。そんな人の役に立とうなんて考えなくていいよ」
 スーはアールの肩に移動した。
 シドはぶすっとする。
「素直にありがとうって言えばいいのにねー」
「シドが素直になったらそれはシドじゃないよ。キャラ崩壊だ!」
 と、カイが言う。
「どーゆう意味だよっ」
「僕が支えておきましょうか……」
 と、ルイが名乗り出たが、
「いい。」
 と、きっぱりと断られてしまう。
「食べさせてあげたら? あーんって」
 アールはシドを子ども扱いして笑う。
「殺すぞ。」
「シドさん、言い過ぎです」
「犯すぞ。」
「駄目です、それも」
「泣かす。」
「落ち着いてください。そうだ、おにぎりにしましょう」
 ルイはそう言って、シドのご飯をおにぎりにした。
「──んでね? 一番びっくらこいたのは、なんと、アールと、ヴァイスんが」
「その話はやめて。」
 話の流れを察したアールが即座に止めに入った。
「ラブホテルに泊まったんだけどさ」
 と、阻止を無視して話すカイ。
「はぁ?」
「やめてったら! それ誤解だから!」
「ほんとに泊まってたじゃん!」
「泊まったけど! そういうんじゃないの! 蒸し返さないで!」
「アールってばラブホテルだと気づかずに具合が悪いヴァイスんをホテルに連れ込んだんだ!」
「もう!」
 と怒って立ち上がると、カイも立ち上がって脱衣所に逃げ込もうとしたがアールがすぐに追いかけ首根っこを捕まえた。
「ひー!」
「接着剤で口閉ざしてやろうか!」
「だってこんなおもしろい話しない方がおかしいじゃん!」
「だったらせめて私がいない時にしてよ!」
「アールが恥ずかしそうにするのがきゃわゆいからさぁ」
「…………」
 
アールはカイから手を離すと、カイのお尻を思いっきり引っ叩いた。
 
「ぎゃあああぁぁああぁぁぁっ!!」
「静かにしてください。苦情が来ます」
「そうだよ、騒がないで」
 アールは席に戻り、半分残っていたハンバーグに箸を伸ばした。
「ひどい……俺のお尻をいじめる鬼が2人いる……」
「このハンバーグ美味しい。あ、ヴァイス、約束、忘れないでね」
「…………」
 なんのことだ?と思ったが、すぐに思い出した。五目並べで負けた罰ゲームだ
「ね?」
「あぁ……」
「楽しみ!」
「なんのお話ですか?」
 と、ルイ。
「五目並べしたの。ヴァイスが負けたから罰ゲームで手料理作ってってお願いしたの」
「ヴァイスさんの手料理ですか、楽しみですね」
「…………」
「料理したことないみたいだから、ルイが教えてあげて?」
「えぇ、いいですよ」
「誰も俺のお尻の心配をしてくれない……」
 と、脱衣所の扉の前で四つん這いになっているカイ。
「お尻ってなんで柔らかいんだろうね」
 と、アール。
「…………」
「座るためのクッション性? でも猫や犬は柔らかくないのにね」
「凄いところに疑問を持ちますね」
「飯食ってるときにケツの話すんなよ」
「ねぇ誰か俺のお尻の心配してよ!」
「早く食事を済ませてください。冷めてしまいますよ」
「鬼が3人いた……優しい顔をした鬼が……」
「食い足りねぇな。食わねぇならもらうぞ」
 と、シドはカイのハンバーグに箸を突き刺した。
「しまった! 大食い鬼が戻ったんだった!」
 カイは慌てて席に戻り、シドの箸に刺さっているハンバーグにかぶりついた。
 
すっかり戻った空気に、アールは笑顔をこぼした。楽しい。素直にそう思えた。
 
食事を終えるとアールは食器をキッチンに運んだ。シドは一番風呂を浴びている。カイは鼻歌を歌いながらベッドに寝転がり、ゲームを始めた。
 
「私が洗うよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「じゃあ拭く」
「ありがとうございます」
 
キッチンでアールとルイが食器を洗っていると、風呂場からシドの声がした。
 
「おいルイ!」
「! ──あ、はい!」
 と、慌てて手を拭いて風呂場へ。
「なにかありましたか?」
 脱衣所から声を掛けた。
「なんか棒の先にたわしついてるようなもんねぇ?」
「棒の先にたわし……」
「掃除道具でもいいわ」
「お掃除するのですか?」
「背中洗うんだよ」
 
はっとした。片手では背中は洗いづらいのだ。
 
「お風呂場用の掃除道具に似たものはありますが……僕が洗いましょうか?」
「掃除道具で洗うほうがマシだ。よこせ」
「わかりました。明日、ボディブラシを買ってきますね。開けますよ?」
 と、ルイは掃除用のブラシをシドに渡した。
「どーも」
 
シドはためらいなく掃除用ブラシにボディソープをつけて背中を磨き始めた。というのも、ルイは掃除道具でさえも綺麗にしてからしまうため、見た目は新品同様だった。たとえ排水溝に突っ込んでいたとしてもルイが使っているブラシならあまり気にならない。
 
「シドどうしたの?」
 キッチンに戻ると、アールが続きの洗い物をしていた。
「背中を磨くブラシを必要としていました」
「そっか」
「洗い物は僕がしますよ」
「いいよ、拭くほうお願いします」
「あ、はい」
 と、ルイはアールが洗った食器を拭き始めた。
「たまには手伝うからね」
「お疲れでしょうからいいですよ」
「でも……楽しくない? 一緒にキッチン立つの。話も出来るし。あ、邪魔?」
「いえ! 確かに楽しいですね。無理だけはしないでくださいね」
「うん。……って、あれ? 前にも同じ会話したような気がする」
「気のせいですよ」
 と、優しいルイ。
「ねぇ、さっき楽しかったね。久しぶりに笑った」
「そうですね、カイさんとシドさんの仲も戻ったようですし」
 そう言って微笑んだあと、空咳をした。
「大丈夫?」
「えぇ」
「お薬飲んでる?」
「切らしているので、明日貰ってきます」
「そういうストレス性のものって、治るの?」
 と、不安げにルイを見遣る。
「えぇ、大丈夫ですよ」
「…………」
 ルイが上辺だけでそう答えているような気がして、心配になった。
 最後の食器を洗い終えて、水道の水を止めた。
「あとは僕がやりますので、ゆっくり休んでいてください」
「うん」
 
ベッドルーム兼リビングに戻ると、ヴァイスの姿がなかった。スーはテーブルの上に置かれた水が入っているコップの中に浸かっている。
 
「ヴァイスは?」
 と、ベッドの上でゲームをしているカイに訊く。
「超絶美人に呼び出されて飛び出して行った。きっとデートだね」
「適当に答えるのやめてくれる?」
「むむっ! なんで適当かどうかわかるのさ!」
「だって……」
 と、座布団に座ってスーを眺めた。眠っているようだ。
 
シドが風呂から出てくると、カイは真っ先に風呂場へ向かった。早く風呂に入ってさっさと寝たいからだ。
シドは片手でタオルを持って髪を乾かしながらベッドに座った。
 
「ドライヤー使いますか?」
 と、キッチンからルイが声を掛ける。
「いや、いい」
「髪、切られたんですね」
 
アールはシドの髪を見遣った。そういえば病室で寝ているときはもっと伸びていた。
 
「あぁ、鬱陶しいからな」
 
ルイはキッチンを使い終えると掃除を始めた。朝使うときに綺麗な方が気分もいいからだ。
シドは髪を乾かしながら、アールの視線を感じた。アールを見遣ると、アールはすぐに目をそらして携帯電話をいじり始めた。
 
「……おいお前」
「はい」
「さっきからなんなんだよ」
「え」
「俺のことジロジロ見やがって。言いたいことあるなら言えっつの」
「気のせいかと」
「嘘つけボケ。目ぇ合ったら逸らしてんだろ」
「本読も。」
 アールは携帯電話をしまい、シキンチャク袋からレシピ本を取り出した。
「おいすっとぼけんな」
「…………」
 アールは開いた本で顔を隠した。
「……?」
 シドは眉間にしわを寄せた。アールは微かに震えている。笑っているのだ。
「おいテメェコラなにがおかしい」
「なにも!」
 と言った声が既に笑っている。
 
何事かとキッチンからルイが覗き込んだ。
シドは立ち上がるとアールに近づいて顔を隠している本を掴んで下に下ろすと、満面の笑みを浮かべているアールがいた。
 
「なーにがおかしいんだよ……」
「ごめんシドが仲間に戻ってよかったと思って」
「…………」
 
幸せそうに笑うアールを目の当たりにして、意気消沈。本から手を離すと、アールはまた本で顔を隠した。
 
「……笑うな」
「あい。」
 

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