voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地9…『クルミ村』

 
ルイがアールを起こしたのは6時だった。アールはてっきり5時に起きると思っていたが、ルイは「僕が寝坊してしまいました」と言って時間を遅らせたことを伝えた。
 
アールは階段を下りながら、ルイが寝坊するだろうか、具合が悪いわけでもないのにと思う。ルイだって人間なのだから寝坊することもあるだろうが、もしかしたら昨晩騒がしくて起こしてしまったのではないだろうかと考えた。
 
「もしかして夜中、起こしちゃった?」
 階段を下りたアールは後ろから下りて来たルイを見上げた。
「いえ? 夜中まで起きていらしたのですか?」
「…………」
 
ルイの嘘は、見抜くのが難しい。でも、その後すぐにキッチンへ向かったところからして、夜中まで起きていたことは知っているらしい。本当に知らなかったのならこっちからの返事を待つはずだ。いつもならもっと「眠れなかったのですか?」とか「夜中になにかあったのですか?」と気にかけてくれるからだ。
 
モーメル宅で朝食を食べてから、一向はパウゼ町へ向かった。
パウゼ町のゲートからいける街は全部で5つ。その内2箇所はこれまでに行った事がある街だった。近くのベンチに座り、ルイがパウゼ町とゲートで繋がっている町とそこまでのゲート料金をメモしたノートを全員で見遣る。
 
「トマトゥ町は私とヴァイスは行ったことあるけど、シドはないなら行く可能性あるよね」
「えぇ、ですので、シドさんが行く可能性がある街はトマトゥ町と、ホース町と、クルミ村ですね」
「ひとつだけ村だね。名前かわいい」
「シドさんが村に行くとは思えません。どのような村なのかわかりませんが、村と聞けばなにもなさそうだと彼なら想像するでしょうし」
「でも病院を出たばかりのときはとにかくひとりになりたかっただろうから、意外と村を選ぶ可能性なくはないんじゃない?」
「なるほど、ひと休みするには静かな場所がいいでしょうね。村となると宿も安いところが多いでしょうし」
「ただ、村を選んで行ったとしても、ずっとそこに止まることはしないよね、シドは」
 
アールとルイはカイを見遣った。
 
「カイさんはどこに行かれたと思います?」
「村かなぁ」
 と、即答した。
「じゃあ村だ」
 と、アール。
「あんまり俺の想像を当てにしないでほしいんだけどー…。確かにみんなよりはシドのこと知ってるけどさぁ」
「一番可能性があるところから調べようっていうだけだから、村にいなくても責任感じなくていいよ」
「そうですよ」
 と、ルイ。
 
早速クルミ村へ向かうことにしたが、ヴァイスが口を開いた。
 
「全員で行くのか? 無駄足になれば金も嵩むが」
「あ、そっか。手分けする? 一番安上がりなのは一人で行くことだけど……時間は掛かるね、村や町の広さにもよるし」
「お金の心配は大丈夫です。全員で行きましょう」
 と、ルイ。
 
一行はゲートに並んだ。
 
「お金稼ぐ時間なんて最近全くなかったんじゃない?」
 と、アール。
「ここ数日間、シドさんからの連絡を待ちながら仕事を少し請け負っていたのですよ。仕事といっても人助けが必要な方のところへ行ってお手伝いをした程度ですが」
「知らなかった……風邪はもう大丈夫なの?」
「……えぇ、大丈夫ですよ」
「即答じゃないね」
 と、アールはルイの顔を覗き込む。
「まだ時々咳き込むよねー」
 と、カイ。
「そうだったの? お薬は?」
 アールは不安げにルイを見遣る。
「…………」
 ルイは少し困ったように笑い、口を開いた。
「実は、風邪ではないのですよ」
「えっ?!」
 悪い病気かとカイとアールは困惑する。
「医者にはストレス性のものだと言われました。心因性咳嗽といいます」
「ストレス……」
「ルイが?! ストレス?!」
 と、カイは驚愕。
「そりゃあルイもストレス溜まるよね……。なんで言ってくれなかったの?」
「ストレスが原因だと聞けば、気を遣わせてしまうと思いまして。僕自身、心配事はありますがストレスに感じてはいなかったので自覚がなかったのです」
「そう……気がつかなくてごめんね。なるべくルイに負担かけないようにする」
「俺も。ついついルイにいろいろ頼んじゃう」
「いいんですよ、気にしないでください」
 
気にしないでと言われても、もちろん気にする。少しでもルイのストレスにならないように、暫くわがままは控えようと心に決めたカイと、自分で出来ることは自分でして、手伝えることは率先して手伝おうと心に決めたアール。
 
一行はゲートからクルミ村へ向かった。
 
クルミ村は山と山の間にある、小さな村で、民家は20件ほどしかない。けれど一面にピンクや紫色の蓮華草が咲いており、モンシロチョウが飛び交っていて可愛らしい村だった。
 
「チョウチョがいっぱい」
 と、アールはのどかな光景に癒された。
「写真とろー」
 と、カイはすぐにカメラを構えた。
「宿があるようには思えませんが、一応訊いてみましょう」
 
道なりに歩き進めると、小川の前で膝を抱えて座っている可愛らしい白髪のおじいさんと遭遇した。カイが駆け寄り、声を掛けた。
 
「じいちゃんなにしてんの?」
「魚に餌をやっとった」
 そう答えたおじいさんの手にはちぎったパンの耳。
「小魚?」
 と、小川を覗き込む。
「どっから来たんじゃ? こんな田舎に」
「パウゼ町です」
 と、ルイ。「ここに宿はありますか?」
「数日前にも若者が宿を求めて来たのぉ」
 と、ゆっくり立ち上がった。
「え、それってシド?!」
 カイは期待を胸に言った。
「名前は知らん。宿まで案内しよう」
「場所を教えてくだされば、僕等だけで大丈夫ですよ。わざわざ案内してもらうのは申し訳ありませんし」
「そうかの? ほいたら、あの木を曲がって……」
「どの木でしょうか」
「ほれ、あの筆のような形をした木じゃが」
「どれも筆みたい」
 と、カイ。
「一番、綺麗な筆じゃな」
「えっと……」
 他に目印はないらしい。
 
結局、おじいさんに連れられて宿へ向かうことになった。
アールは随分とゆっくり歩くおじいさんの横に移動した。
 
「さっき数日前にも若者が来たって言ってましたけど、どんな人でした? 男性ですか?」
「男じゃが……顔色が悪かったのぉ。歩き方も頼りない感じでふらついておった」
「…………」
 アールはルイと顔を見合わせた。
「シドさんかもしれませんね」
「刀は持ってました?」
「腰に掛けておったな」
 
カイはそれを聞いてシドだと確信したように喜んだ。
ただ、不自然なくらいに誰も口にしないのは、“片方の腕がない人でしたか?”という質問だ。
 
「アール、ちょっと止まって」
 と、カイ。
「なんでよ」
「写真撮るから」
「いいよわざわざ止まってまで撮らなくて」
「んじゃ自然体の写真をば……」
 
カイは行く手を先回りしてカメラを構えた。歩いてくる仲間の写真をパシャパシャと撮った。もちろん自分を撮るのも忘れない。
 
「その具合が悪そうな男の子、まだ村にいますか?」
「どうじゃろうなぁ」
 
おじいさんは歩くスピードがとても遅かったが、案内を頼んでよかったと一行は思った。素人には見極められない木を目印にどんどん森の中へ入って行った先に、古びた木製の宿屋がひっそりと建っていたからだ。正直運営しているのか従業員はいるのか疑ってしまうほど人の気配がない。
 
「ほいじゃあわしはここでの」
 と、おじいさんは一行に背を向けた。
「ありがとうございました」
 と、全員で頭を下げる。
「帰り道わかる?」
 アールは不安げにルイを見上げる。
「なんとか……」
 さすがのルイも自信がないらしい。道らしい道も目印らしい目印もなかったのだから無理もない。
「まかせなすわい」
 と、カイは自分の胸を拳で叩いた。
「こんなこともあろうかと、目印に唾を吐きながら来ました。俺の唾を目印に戻れば大丈夫」
「汚っ……」
 アールはどん引きだ。
「戻る頃には乾いているかもしれませんね」
 
宿のドアをノックすると、意外にも若い女性の声がして扉が開いた。
 
「いらっしゃい。あら、珍しく大勢だわ!」
 と、両手を合わせて喜ぶ20代前半くらいの女性。
「すみません、僕等は人を捜して来ました……」
 喜んでいる手前、泊まらないとは言いづらい。
「あらそうなの……誰を捜しているの?」
「俺のお嫁さんになってくれる人!」
 と、ぴんと手を上げてカイがルイの前に歩み出たが、ルイは静かにカイを左に寄せた。
「シド・バグウェルという方です。ここに宿泊しませんでしたでしょうか」
「あぁ、彼なら2日前に出て行ったけど」
「え……では、宿泊はされたのですね?」
「えぇ。随分具合が悪そうだったから病院がある町へ行かれたほうがいいんじゃないかって言ったんだけど、退院したばかりだって言われて」
「宿を出て、どこに行かれたのかわかりますか?」
「聞いてないからわからないわ」
「他になにか話されましたか?」
「んー、この辺の魔物について訊かれたわ。この辺りはどんな魔物が出るんだ?って。あとはこの村のゲートから行ける町で、仕事が沢山見つかりそうなところ?」
「仕事……お金ないのかな」
 と、アール。
「先にここの宿泊費を訊いてきたから、手持ちはあまりないのかしらと思ったんだけど、支払いのときに失礼ながらチラッと見えて。困っているようではなかったわね」
「シドはさ、宿出るとき元気だった?」
 と、今度はカイが尋ねた。
「元気……とは言えないけど、来たばかりのときよりは大分顔色がよかったと思うわ。食事も綺麗に間食していたし、普通かな?」
「普通なら十分な回復力!」
 と、カイ。
「でも彼、左腕がないようだったけど、どうしたの?」
「…………」
 カイは意表を突かれ、黙ってしまった。
「色々ありまして」
 と、ルイが言葉を濁した。
「そう……なんか、慣れていないようで随分イライラしていたから。財布からお金払うときとか」
「そうでしたか……ありがとうございます。機会があれば、今度は宿泊しに伺います」
「えぇ、是非」
 

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