voice of mind - by ルイランノキ |
深夜2時。
アールはモーメル宅の外に出ていた。外灯はないものの、星や月明かりが辺りを照らしている。
崖の淵まで歩き、その場に座り込んだ。眼下には森が広がっていて、風もなくしんと静まり返っている。ここ最近、あまり眠れていない。
アールは欠伸をして、目を擦った。眠気が来ないならまだいい。眠気はあるのに眠れないのは本当に辛い。
「風邪を引くぞ」
背後から聞こえた声に、思わず顔が綻んだ。
「引かないよ、寒くないから」
けれど、アールの肩にふわりとコートが掛けられた。ヴァイスのコートだ。
「夜風は冷たい」
「ありがとう。紳士的だね」
ヴァイスはアールの近くに立ち、夜空を見上げた。肩にスーの姿はない。
アールは自分がここにいる限りヴァイスもい続けるのだろうと思い、立ち上がった。
「邪魔をしたか?」
「ううん、全然」
と、ヴァイスを見遣る。
「スーちゃん寝てるの?」
「部屋で寝ている」
「そっか」
と、ヴァイスの目に少し寂しそうに見えた。
「……すまない」
「? なんで謝るの」
と、笑う。「ヴァイスは眠くないの?」
「あぁ」
部屋に戻ってもどうせ眠れない。外にいたいけれど外にいたらヴァイスが心配する。
「ルイもヴァイスも、優しいよね。ちょっと眠くなるまで付き合ってくれない?」
「……?」
──10分後、椅子に座っているヴァイスは腕を組んでノートとにらめっこをしていた。ノートにはアールお手製の五目並べのマスが書かれており、アールは○で、ヴァイスは×だ。
「考えすぎ」
と、アールは笑った。
深夜にモーメル宅のテーブルで声を潜めながら静かに五目並べ。ヴァイスはノートに×を書き入れた。すぐにアールも○を書き入れ、気になっていたことを口にする。
「ルイ、風邪まだ治ってないのかな」
「咳き込んでいたか?」
と、アールを見遣る。
「ううん、最近はあんまり。でも忘れた頃に少し」
「薬は飲んでいないようだが」
「そうだよね。じゃあもう大丈夫なのかな」
「心配か?」
「うん、ルイも弱さ見せないから。無理していてもあまり顔に出さないし。気づいてあげられない」
「…………」
「自分のことより人のことを心配するから。ルイは」
会話をしながら五目並べを続ける。
「特にお前のことばかりな」
「……一応、女の子ですから」
と、にこりと笑う。
「…………」
「シドならつっこんでくれるんだけど」
と笑って、○を書き足した。斜めに5つ並んでアールの勝ちだ。
「揃った! ヴァイスの負けだね」
「……気がつかなかったな」
「じゃあ罰ゲーム」
「?!」
罰ゲームをするなど聞いていない。
「どうしょっかなぁ」
ノートとペンを片付けながら罰ゲームを考える。
「聞いてないが」
「ゲームには罰ゲームもつきものでしょ?」
「自分が負けていても、か?」
「えへ」
と、笑う。そして。
「あ! じゃあ、お願いごとひとつ聞いてもらおうかな」
「内容による」
「ヴァイスの手料理が食べたい!」
「……料理はしたことがない」
ヴァイスは困ったように腕を組んだ。
「だからいいんだよ。いつでもいいし、ルイに手伝ってもらってもいいし。楽しみ!」
と、もう決まってしまったようだ。
「…………」
面倒なことになったなと虚空を見遣る。
「ピラフがいいな。なにピラフでもいいから」
「……わかった」
「やりぃ!」
と、嬉しそうに笑った。
楽しみが増えると少し心に余裕が生まれる。先のことを考えると不安になることばかりだったが、小さな楽しみがひとつ。
「そろそろ眠れそう」
と、アールは欠伸をして立ち上がった。
「あまり眠れていないのか?」
「眠れてるような眠れてないような……。今日はひとりだから眠れそうなのに逆に落ち着かなくて」
いつもはテントや宿で仲間と同じ空間で寝ている。昨日まではミシェルと寝ていた。
「添い寝するか?」
「へっ?! な、なに、しないよ! 大丈夫! 間に合ってる!」
と、アールは突然のことに動揺した。
「いや……スーと、だが」
「あ……じ、じゃあ先に言ってよもう!」
「すまない」
と、ヴァイスも席を立った。
「スーちゃん起こすと悪いからいいよ。ていうか、子供じゃないし。一人で眠れるし」
「そうか」
2人で二階への階段を上がる。時刻は午前3時。
「明日何時だったっけ……出るの」
と、自分の部屋の前で立ち止まる。
「6時に出るらしい」
「じゃあ5時起きかぁ」
2時間しかない。
「大丈夫か?」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
2部屋のドアが閉まる音を別室で聞いたのはルイだった。時計を見遣り、こんな時間まで起きてなにを話していたのだろうかと気にかける。寝返りを打ち、明日出かける時間をずらそうかと考えた。あまりのんびりしていられないが、1時間くらいならいいだろうと。
ルイの部屋のテーブルの上にはシキンチャク袋と明日の朝の着替えが綺麗に置かれており、その脇には飲み続けている薬が置かれている。布団の中で軽く咳き込み、もう一度夢の中へ入って行った。
Thank you... |