voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地3…『夕飯』 ◆

 
午後7時。
 
「ただいまー」
 
スーパーで買った夕飯の材料を持って帰ってきたのはミシェルだった。アールが玄関まで走り寄り、出迎える。
 
「おかえり。お疲れ様」
 と、荷物を受け取ってキッチンへ運ぶ。
「ありがとう。今日はすき焼きにしようと思うの。鍋って簡単だし美味しいから」
「わ、楽しみ! ワオンさんは今日もVRCに泊まるの? 一応本人に、気を遣わず帰ってきてくださいねって伝えたんだけど」
「泊まるみたいね。でも今日はすき焼きだって言ったら一度食べに帰るとは言ってたから8時過ぎくらいには帰ってくるんじゃないかしら」
 と、買った材料を冷蔵庫に入れていく。
「なんかごめんね、突然押しかけて……」
「いいのいいの。何回謝るつもり? ていうか、嬉しかったし」
「嬉しかった?」
「最近アールちゃん忙しそうで、電話もあまり出来なかったから。シドくんのことでワオンさんに頼ってくれたのも嬉しかったし、うちに泊まっていいか訊いてくれたときもすっごく嬉しかったの。あ、ごめんね、シドくんがいないから困ってるのに喜んだりして……」
「ううん。そう言ってもらえると私も嬉しい」
 と、2人は笑い合った。
「あ、洗濯物取り込んどくね」
 と、アールは庭へ。
「ありがとー」
 
ミシェルはミシェルで、シドの心配をしていた。それに、シドに対して怒りの感情も持っていた。アールたちが毎日眠れないくらいシドのことを気にかけていることを知っているから、なにも言わずに失踪して連絡ひとつよこさないでいるシドに対して苛立ってしょうがなかった。けれど、第三者だからこそ脳裏に浮かぶ最悪な展開も考えずにはいられなかった。これだけ捜しても誰もシドを見ていないのだ。もしかしたらどこかで……と。
 
「…………」
 
ミシェルは庭で洗濯物を取り込んでいるアールの後姿を見遣り、脳裏に浮かんだ考えを振り払うように頭を振った。──大丈夫。シドくんに限って、最悪な事態はきっと起きない。彼は誰よりもタフなはずだもの。
 
ピンポーンと、家のチャイムが鳴った。玄関のドアを開けると、「ビール買って来た」と嬉しそうに買い物袋を持ち上げるワオンが立っていた。
 
「あら、おかえりなさい。早かったのね、私もさっき帰ってきたばかりなの」
「そうか、だったらもっとゆっくりでもよかったな」
 と、ワオンがリビングに移動すると、洗濯物を取り込み終えたアールが「おかえりなさい」と言った。
「なんか妙な感じだなぁ」
「両手に花ね」
 と、ミシェル。「今から夕飯作るから待ってね」
「急がなくていいぞ」
「洗濯物の畳み方にこだわりってあります?」
 と、アール。
「どうだろうな、ミシェルは随分小さく畳む癖があるらしいが」
「畳みなおすの大変なら畳まない方がいいのかな」
 と、キッチンの方を見遣る。
「アールちゃんの分も買って来たんだが一杯どうだ?」
 ワオンは買い物袋から缶ビールを3本取り出した。
「私はお酒は飲まないことにしてるので……」
 それに今はそんな気分でもない。
「シドのことで気を張り巡らせて疲れないか?」
「私だけじゃないから」
 笑顔で答え、キッチンへ。
「洗濯物、どうしたらいい?」
「あ、そのままでいいわよ。こっち手伝ってもらえる?」
「うん!」
 
アールはミシェルと台所に立って野菜を切り始めた。ミシェルはルイほどではないが手際がよく、さくっと材料を切り終えると鍋に詰めていった。
 
「そういえばこの前久しぶりにモーメルさん家に3日間泊まったのよ」
 と、ミシェル。
「へぇ、どうして?」
 と、アールは人参を切る。
「ワオンさんが研修で一週間いないから、ひとりで家にいてもつまんないし、私も休みを取ってどっか行こうと思って」
「それでモーメルさん家に?」
「うん。モーメルさん家行った? 綺麗になってたでしょ」
「あ、行きました。物がほとんど無くなってたからびっくりした。それどころじゃなかったからみんな気にしてはいたけどスルーしてたなぁ。ミシェルが掃除したの?」
「ううん、倉庫の方は手伝ったけど、家の方は私が行ったときにはもう大分綺麗になってたの」
「なんでだろ……心機一転?」
「訊いたんだけど、『急に掃除したくなっただけさ』って」
「ふーん……」
「あれ? アールちゃん人参乱切りにしちゃったの?」
「え? あ!」
 しまった! すき焼きだった! 考え事をしながらだと間違える。
「まぁいっか、ちょっと硬いかもしれないからチンすればいいわね」
「ごめん……」
「いいのいいの、私もよくやらかすから」
 と、ミシェルは笑った。
 

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ずっと椅子に座りっぱなしで携帯電話を握りしめていたカイの携帯電話が鳴った。携帯電話が鳴る度にシドからかもしれないとすぐに確認するが、今度はヴァイスからだった。でもヴァイスから電話とは珍しい。
 
「なんでしょ……」
 と、ぎこちなく電話に出る。
『夕飯を買って帰る。なにがいい。モーメルにも訊いてくれ』
「…………」
 
カイはモニターの前に座っているモーメルを見遣った。
 
「ばーちゃんヴァイスんから夕飯なにがいいかって。ピザでいい?」
 と、勝手に決める。
「なんでもいいさ」
「もしもしヴァイスん? ピザ」
『わかった』
 と、電話が切れた。
「ヴァイスんってさぁ、長電話することないのかなぁ」
 と、テーブルに顔を伏せた。
「婚約者がいたっていうけどさー、夜な夜な長電話してさぁ、『あらやだもうこんな時間! そっちから切って?』『いや、お前から切ってくれ』『じゃあ、せーので一緒に切ろっか』『あぁ』『せーの!』『……』『……』『もしもし?』『切らないのか?』『そっちこそ☆』みたいな会話してんの想像つかないんだけどー」
「…………」
 モーメルは黙ったままモニターに映っている自分宛に来ていたメールを読んでいる。
「用件だけ言って終わり的な?!」
「…………」
「…………」
「…………」
 モーメルは再び静かになったカイの方を見遣ると、カイはまた携帯電話を握り締めたままどんよりと暗い空気に包まれていた。無表情で怖い。
「騒がしくなったりおとなしくなったり、落ち着かないね」
「……シドから連絡が来ないんだ」
「わかってるよ」
 と、ため息。
「なんでだと思う? 俺のこと……怒ってんのかな」
「…………」
「ハリセンも持っていかなかったみたいだし」
「…………」
 モーメルは再びモニターを見遣った。
「怒ってるならそれでもいいのに。殴りに来てくれたらいいのに」
「…………」
「ピザはLサイズがいいな」
「…………」
 モーメルは眉間にしわを寄せてカイを見遣った。
 
彼の思考回路は全く読めない。
 

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