voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地2…『看護師』

 

 
シドが病室から失踪して、一週間が過ぎた。
シドが行きそうな場所の心当たりは既に調べ済みで、シドの知り合いには彼から連絡があったらすぐに知らせてほしいと根回しもしておいた。
 
午前10時過ぎ。
 
モーメル宅ではカイが携帯電話を握ったまま椅子に腰掛け、ぼーっとしていた。テーブルにはお菓子が用意されているというのに、手を出そうとさえしない。
 
「いつまでそうしているつもりだね」
 と、呆れたモーメルが言った。
 
いつも物が溢れていたモーメル宅はすっかり綺麗になっている。隣の倉庫内もだ。
 
「…………」
 カイはモーメルの言葉に耳も傾けない。朝2階から起きてきたと思ったらずっとこうだ。
「らしくないね」
 モーメルは台所に移動して紅茶を注いだ。
 
その頃ルイはシドの実家に来ていた。ヒラリーから頼まれて留守番をしているのだが、もちろんシドからの連絡を待っている。携帯電話を持って出なかったとしても、どこからか掛けて来る可能性は大いにあるからだ。シドの姉たちはしばらく休みをもらっていたが、これ以上休めないからと仕方なくそれぞれ仕事に出かけている。エレーナだけは仕事を探している最中だ。
ルイの携帯電話が鳴り、確認するとアールからだった。迷わず電話に出た。
 
「──はい。どうしました?」
『連絡遅れてごめん。これまで行った事あるVRCへの確認、取れたよ。どこにもシドは来てないみたい』
 
アールはワオンで働くVRCに来ていた。ミシェルとワオンの新居があるスタビリタという町である。ワオンに協力してもらい、これまで1度は行った事があるVRCへ連絡を入れ、シドが来ていないかを調べていた。
 
「そうでしたか……。ありがとうございます。ワオンさんにもお礼を伝えてください」
『うん。行った事ない場所も調べられる範囲で調べてみるって言ってくれてるから、私もう少しここにいるね』
 アールはミシェルのところに泊まっているのだ。
「わかりました。こちらも報告できるようなことはまだありません……」
『そっか……。じゃあまた連絡するね』
「はい。失礼します」
 ルイは電話を切ると、ため息をこぼした。
 
どこに行ったのだろう。本当に……。
 
ヴァイスは手始めにスーを連れて“外”を捜していた。パウゼ町から外に出たとして、徒歩で歩ける範囲を捜すも、シドの姿を見つけることは出来なかった。そのため、今はこれまで立ち寄った街に足を運んでは手当たり次第にシドを捜している。お金がかかるが、惜しんでいる場合ではない。
ヴァイスもため息をこぼした。
 
アールはVRCを出て、ミシェルの家へ向かった。合鍵を貰っているがいつまでもお邪魔し続けるつもりはもちろんない。自分がいるせいでワオンは気を遣ってVRCに泊まり続けていた。
  
「…………」
 アールはミシェルの家にたどり着くと、掃除機を取り出して部屋の掃除をはじめた。せめてものお礼だ。
 
シドは一体、どこへ消えたのだろうか。組織からの連絡もない。それはそれで怪しいと思えてくる。
掃除機の電源を切り、携帯電話を取り出した。メモリーから、アサヒの連絡先を表示する。そして、思い切って電話を掛けてみた。しかし長い間呼び出し音が鳴るばかりで出る気配がない。忙しいのだろうかと電話を切ろうとしたとき、やっと電話に出た。
 
『見つかった?』
 と、第一声がそれだ。
「いえ。あの、お訊きしたいことがあって」
『シドの行方は知らないな』
「調べてもらえませんか? シドの失踪に関して組織が関わってないかどうか」
『え、俺が? 敵のために? 別にいいけど』
「え? いいんだ……」
 てっきり断られる流れだと思った。
『暇だし。それに、シドが見つからないならアリアンの塔へは行かないって言い出しそうだし。まぁそうなったら力づくで連れて行くけど』
「……頼んで良いですか?」
『いいよ。でも俺にも立場がある。調べられる範囲でよければ』
「十分です。ありがとう」
『いいえ』
 
電話を切り、掃除を再開した。
どうやって病室から姿を消したのか、それは考えたってわからない。一番知りたいのは、私たちからのメッセージを読んでどう思ったのか、だ。今はもう、シドの意識が戻っていると信じてる。だからこうしてシドが立ち寄りそうなところを重点的に捜しているのだ。
 
「…………」
 
シドはカイになんてメールを打とうとしたんだろう。【俺は】と打ってやめた理由はなんだろう。シドのことだから面倒になっただけかもしれない。そうだとしても何を伝えたかったんだろう。
 
「俺は……」
 
口に出してみる。掃除機を掛けながら、自分がシドだったらと考える。長い間眠っていて、意識が戻り、腕がないことに気づく。それから……? メッセージに気づいて読む。メッセージにはみんながシドを待っているということを伝える言葉。
 
「俺は……戻らない……」
 
アールは手を止め、呆然と立ち尽くした。【俺は戻らない】【俺はもう戻るつもりはない】そんな言葉がしっくりくる。シドは仲間に戻ることを望んでいない。だから姿をくらました。
 
「筋肉バカ……」
 
せめてカイには連絡してほしい。誰よりもシドを信じて待っていたのに。今も。
アールは部屋の掃除をしながら、シドに関する連絡を待った。これだけいろんな場所や繋がっている人をマークしているのに一切情報が入ってこないのはおかしい。
 
そんな中、シドに関する情報が入ってきたのは、ルイの携帯電話だった。
正午を過ぎたところで、シドが入院していたパウゼ病院から着信があったのである。そのときルイは自宅に掛かってきたヤーナと電話で話していたため、すぐには出られなかった。ヤーナはシドから連絡があったかどうかの確認をしてきただけで、電話は長引くことなく終わった。リビングに戻るとテーブルに置いていた携帯電話が着信を知らせるランプを点滅させていた。すぐに折り返しの電話を掛けた。電話に出たのはフィリップ医師だった。
 
『実は少し気になることがあってね。もしかしたらシド君が失踪したこととはなんの関係もないことかもしれないが』
 と、フィリップ。
「なんでしょうか……」
『彼の担当をしていた看護師の一人が急に病院を辞めたんですよ』
「え?」
『親しくしていた別の看護師に訊いたところ、患者がいなくなったのはきちんと見ていなかった自分のせいじゃないかと気にしていたようだから責任を感じて辞めたのかと思っていたんだが、自宅に連絡してみたら既に部屋を引き払った後だったんだよ』
「……なぜでしょうか」
『さぁ、少し妙だと思ってね』
「その方が……シドさんの失踪の手助けをした可能性はあるのでしょうか」
『私もそれを疑った。だから一応連絡したんですよ』
「確かに病院で働いている人の中に協力者がいれば……。その方はいつ頃からそちらで働いていたのでしょうか」
『4年前からだから、長いね』
「そうですか……」
 
その看護師が組織の人間である可能性はなさそうだ。組織に協力をした可能性はある。お金を積まれたのかもしれないし、弱みを握られたのかもしれない。まだ、断定は出来ないが。
 
「わざわざありがとうございました。またなにかありましたらご連絡くださると助かります」
『あぁ、早く見つかることを祈ってるよ。こっちも他所の病院を当たってみる。彼が今どういう状況かわからないが、どこかの病院で世話になっていることも考えられるからね』
「ありがとうございます。ご協力感謝致します」
『こちらにも責任があるから。それではまた』
「はい、失礼致します」
 
ルイは些細な情報ではあるが、フィリップから聞いた話をメールの文章に打ち込み、仲間に一斉送信した。
 

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