voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街7…『闇夜の礫3』◆

 
カイがルイに電話を掛ける数十分前、カイとアールは思わぬ事端に巻き込まれていた。
 
「しゃ、喋った……ジムって喋れるんだぁ!」
 カイは呑気にも嬉しそうにそう言った。
「カイ、感激してる場合じゃないよ。おかしいよこの人……ジャック達を殺したって……」
「え? 冗談じゃないのぉ? ね、ジムぅ」
 
ジムは不敵な笑みを浮かべると、不要になった短剣を放り投げ、服の中に隠してあった自身の武器を取り出した。
 
「うげ……か、鎌?!」
 と、カイが目を見開いて驚き、身をのけ反った。
 
ジムが手にしていたのは、鎖鎌だった。刃には乾いた血のような跡で茶色く汚れている。
 
「アールぅ……お、俺達殺されちゃうの?」
「大丈夫だよ、結界で守られているんだし、手出し出来るわけないんだから……」
 そう言いながらも、アールの体は小刻みに震えていた。
 
 それにしてもジムがどうして……。
 ジャック達を殺したと言ったけど、彼等の仲間じゃなかったの……?
 
「結界の中は安全……か」
 と、ジムは鎌を振り回しながら言った。「そうやって安心しきって警戒心がないと死を招く」
「どうゆう意味……?」
 アールが訊き返すと、カイはジムに怯えて狭い結界の中でアールと場所を入れ換わった。
「鉄籠の中にいる鳥は必ずしも安全だとは言えないだろう? 外からの攻撃を守る物があるのならば、それを壊す物もあるということだ」
 ジムの言葉にアールとカイは顔を見合わせると、軽く首を傾けた。
「アールぅ、どーゆー意味かわかった?」
 と、カイはヒソヒソと話す。
「えっと……多分、入口があれば出口もあるってことじゃない……?」
「……え? 出口のない場所だって存在するよぉ、行き止まりとかぁ」
「その場合は入口が出口になるじゃない」
「あぁ、そっかぁ!」
「ばっかだなぁカイはぁ!」
「えーっ、アールだってバカだよぉ!」
 と、2人が笑い合っているのを尻目に、ジムは振り回していた鎌釜を結界へと振り下ろした。
「わぁあぁッ?!」
 2人は思わず飛び退いた。
 
2人を守っていた結界は、ビニールが破れたかのように切れ目が入り、ゆらりと消えた。
 
「自分の状況を理解出来ていなかったようだな」
「うそ……結界が……」
 
予想外の出来事に、2人は立ち上がることすら出来ずに呆然と座り込んでいた。
カイは自分達の危機的状況を察してアールの背中にしがみつく。
 
「アールぅ! 絶対絶命!」
「は、はぁ?! こんな早く絶対絶命なんてシャレにならないから!」
 
数歩、2人に近づいたジム。手に持った鎖鎌が揺れている。
アールはまるでホラー映画でも見ているかのような気分だった。剣より鎌の方が断然怖い……。あんな刃物が首にでも引っ掛かったら……。
アールは咄嗟に立ち上がると剣を抜いて構えた。カイも直ぐに立ち上がると、アールの背中に身を隠す。
 
「俺と戦う気か? 参ったなぁ、俺は無駄な戦闘は避けたいもんでね」
「よく言うよ……ジャック達を……こ、殺したくせにっ!」
「あいつ等は以前から鬱陶しい奴らだった。そんなことより質問に答えろ」
「質問……?」 
「“選ばれし者”はどっちだ?」
「え……?」
 突発的に2人の鼓動が早くなる。
 
アールは動揺しながら思考を巡らせた。選ばれし者……なんで知ってるの? ルイが私に選ばれし者であることは人に話してはいけないと言ってた。ってことは、知ってる人がいるって……ヤバイんじゃ……?
 
アールの背中に身を隠していたカイが、後ろからアールの腕をギュッと掴んだ。
 
「え……?」
 不安げに振り返るアールを横目に、カイは彼女の前へと歩み出た。
「選ばれし者って、なんのことー?」
「とぼける気か。お前達がゼフィル城から出て来たことを知っている。この世界の危機をゼフィール国が見過ごすわけがないからな。ある程度の下調べはついている」
「気のせいじゃなーい? 俺達は下町から遥々と──ぅわぁ?!」
 突然、カイの首元を、鎖鎌の刃が横切った。「え……わ、わぁー! ビックリした! 首切られたかとッ!!」
「次は無いと思え。答えろ。さもなくばお前の首を刈るぞ」
 と、ジムは蔑んで言った。
 
アールは無力感に直面していた。剣を握っているのに、行動に出すことが出来ずにいる。人と戦ったことなどないからだ。人を斬るなんてことは出来ない。でもこのままでは……。
 
「選ばれし者は……確かにいるけどぉ……」
「カイ?!」
 アールは思わずカイの腕を掴んだ。
「──で、どっちなんだ? 2人のどちらかであることは分かっているが、風格がまるでない」
「なんで2人のどっちかだとぉ……?」
「説明するまでもないだろう。シドと言う男もルイという男も、ある程度世間で名を馳せている。お前達だけだ、正体が明確ではないのはな」
「うっ……言われてみると……」
「答える気はないのか?」
 ジムは鎖鎌を構えてそう言った。
「待って! 俺だよ俺俺!!」
「カイ!? なに言ってんの!」
 と、アールは驚愕して声を上げた。
「お前が? 力ある者とは思えんな。まぁ、選ばれし者が女であるはずもないが威勢だけは女の方があるようだ」
「お、俺はまだ旅を始めたばっかで……まだ……力を出し切れてないとゆうか……今は成長の段階なんだよぉ!」
 
どうしたらいいんだろう。カイが私を庇ってくれている。私が選ばれし者だと言えばどうなる……? 言わなきゃカイがやられる……。
 
「なるほどな」
 そう言ってジムは鼻で笑うと、アールに視線を向けた。「お前は生かしてやろう」
「え……?」
 ジムがカイの胸倉を掴み、鎖を首に絡ませた。
「がッ?!」
 カイは喉を締め付けられ、喉の奥から空気を吐き出す声が漏れた。
「?! ──待って! やめてっ!!」
 アールの声も虚しく、鎖はどんどんカイの首を絞めてゆく。ジムは顔に血が溜まって真っ赤になっているカイを見ながら楽しんでいた。
「やめてったらッ!!」
 アールは握っていた剣を放り投げ、ジムの腕にしがみついた。「やめて! 彼じゃない!! 選ばれし者は私なのッ!!」
 
その言葉にジムは手を緩めてアールの目を見据えた。
カイは激しく咳込みながら地面に尻をついた。
 
「仲間を守る為の嘘か?」
「嘘じゃない。 証拠はないけど……でも……か、彼は私を守ったの……」
 ジムは今一度カイを見下ろすと、
「確かに、普通ならば選ばれし者を守ろうとするものだな。仮にこの男が選ばれし者なら、お前は武器を構えているにもかかわらず、この男を真っ先に守ろうとしないのは怪しいとは思っていたが……」
「それは……私がまだ未熟だからです」
「同じことを口にするんだな」
「だから彼は違うんだってば!!」
 
ジムが再びアールに視線を戻すと、彼女の背後に落ちている剣に目を止めた。そして剣に近づいてしゃがみ込み、まじまじと眺めた。
 
「カイ!! 大丈夫っ?!」
 ジムが剣を眺めている間にアールはカイに駆け寄った。
「ん……大丈夫……それよりなんで言っちゃうんだよぉ……」
「だって……」
「この剣は偉大なる魔術師に授かった物か……?」
 ジムはそう言いながら剣に手を触れた。すると、強い静電気のような魔力が、手から全身へと広がり、一瞬苦い顔をしたが、構わず拾い上げた。
「……よくわかりません。私はそれを渡されただけで……詳しいことはまだ」
 ジムは立ち上がると、アールに近づいて手首を強く握った。
「痛ッ!」
「お前を連れていく」
「連れてくって……どこに……」
「説明など必要ない。抵抗するなら殺すまでだ。仲間を殺されたくなければ黙って俺について来い」
「……わかりました」
 
こうして、カイがなすすべもなくアールはジムに連れ去られてしまったのだ。
 
カイの首には鎖で絞められた赤い痕がくっきりと残っていた。まだ痛む首を摩りながら携帯電話を取り出し、ルイに電話を掛けた。
暫くしてルイ達が息を切らして戻ってきた。彼等の目にはもうアールの姿はなく、カイがうなだれるように地面に座り込んでいた。
 


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