voice of mind - by ルイランノキ |
朝目が覚めたとき、いつもどおりキッチンからルイが朝食を作っている音がした。トントントンとテンポよく包丁がまな板を叩く。体を起こすと、窓際にヴァイスが立っていた。ちゃんと早めに帰ってきてくれたんだと、ホッとする。
「おはよ」
コーヒーカップを片手に外を眺めていたヴァイスに声を掛けると、彼はアールを見遣り、
「おはよう」
と、言った。その肩に乗っていたスーも手をひらひらとさせる。
ヴァイスとはあまりおはようの挨拶を交わさないせいか、どこかくすぐったい。
ルイもキッチンから顔を出して朝の挨拶を交わした。
「なにか飲みますか?」
「コーヒーを。砂糖は1杯だけ」
「かしこまりました」
珍しく苦めのコーヒーが飲みたくなった。ベッドから降りて、洗面所へ。戻るとローテーブルにコーヒーが置かれていた。
「ありがとう」
キッチンのルイに言い、苦さが口に残るコーヒーを飲んだ。
「ヴァイスはいつも砂糖何杯なの?」
「入れていない」
「そっか。大人だね」
そう言いながら、そういえばシドもブラックだったなと思う。苦いのを我慢して飲んでいるようだったけれど。
「もうすぐ出来ますからね」
と、ルイは味噌汁を作っている。
アールはコーヒーを半分ほど飲んでから、まだ眠っているカイを起こした。くすぐりながら起こすと飛び起きたものの、あまり元気はない。シドが眠るこの町で過ごすのは終わりの日だからだ。
朝食は皆、済ませるのがいつもよりも早かった。少しでも早くシドの元へ行きたいと思っている。少しでも長く側にいたいと思っている。その思いがなにをするにも行動を速めた。
予定時刻よりも早めにチェックアウトし、宿を出た。足早に病院へ向かい、3階の病室へ。
「シドおはよー!!」
カイが元気よく病室の扉を開いた。
あの時一瞬、幻覚を見た。
シドがベッドの上で座って、カイが用意していたエロ本を呼んでいる姿。
でもその幻覚はすぐに消えて、そこにはただ人形のように眠ったままのシドの姿があった。
「シドー。朝だよー」
カイはシドの体を揺さぶった。
アール、ルイ、ヴァイスもベッドを囲み、シドを見遣った。強く揺さぶっても起きない。ずっと、眠っている。
アールはふと、ベッドの脇に置かれたシドの刀に目を止めた。手に取り、鞘から引き出してみると最後に戦闘した後そのままにしていたせいか随分と汚れている。
「刀、磨いてあげたいけど磨き方よくわかんない……」
「道具はシドさんが持っていますから拝借しましょうか」
ルイは刀を受け取ると、シドのシキンチャク袋から道具一式を取り出した。
「見よう見真似ですが……」
と、あまり自信は無さそうだ。
「俺がやる」
カイは立ち上がると、刀と道具一式を受け取って、部屋の端に腰を下ろして刀を磨き始めた。
「そっか、カイは一応刀使ってたもんね」
アールは刀を磨いているカイの前に腰を下ろした。
「一応とはなんだよぉ。まぁ刀の磨き方も一応教わってたんだけどね、一応」
「そのぽんぽん見たいなの見たことある」
棒の先に丸い布が付いている。
「打粉(うちこ)って言うんだ」
「刀が綺麗になってたらきっと喜ぶよ」
午前6時半。
シドの刀を綺麗に磨き、ベッドの脇に立てかけた。刀は綺麗に磨いても道具は適当にしまおうとするカイに、見かねたルイが手を出して綺麗にまとめてシキンチャク袋へ戻しておいた。
「7時になったら、出ましょう」
ルイの言葉に、一同は無言で頷いた。
すぐにまた一緒に旅が出来ると思っていた。だって私たちは、仲間だから。戻らないなんてことは、考えられなかった。
「あ、ねぇ、手紙かなんか、書いておかない? シドの意識が戻ったとき、私たちの思いだとか気持ちをすぐに伝えられるように」
アールはヒラリーにこれから旅に出る報告メールを打ちながら言った。
「いいねぇ!」
と、カイ。
「でも、なるべく短い言葉で。長いと……絶対読まないでしょ?」
そう言って笑うと、確かにとヴァイス、ルイ、カイは頷いた。
ルイはシキンチャク袋から便箋一枚と、ペンを取り出した。一枚に、全員からのメッセージを書き入れる。本当は何枚にも渡って伝えたい言葉があるけれど、それは直接会ってからでいい。一先ず、私たちはシドを待っているということを伝えようと思った。
「なに書こうかなぁ。短いとなるとぉー悩んじゃう!」
と、一番初めにペンを持ったのはカイだった。
カイがメッセージを書き終えたとき、アールの携帯電話が鳴った。ヒラリーに送ったメールの返事が来たようだったが、一先ず先にシドへのメッセージを書こうと携帯電話をベッドに置いてペンを走らせた。カイ、アール、ルイ、ヴァイスの順にメッセージを書き入れた後、「ちょっと貸して」とアールがもう一度ペンを取った。少し考えながらスラスラとメッセージを書き足した。
「これでよし」
「なに書いたの?」
と、カイが横から覗き込むと、ルイとヴァイスもそのメッセージを見遣った。
「ちょ! アール酷い!」
カイは笑い、
「おぞましい事を書きますね……」
と、ルイは困惑し、
「…………」
ヴァイスは無言で肩に乗っているスーを見遣った。
「スーちゃんごめんね」
アールがスーを見遣ると、スーは頭を伸ばして首を傾げた。
「ではそろそろ、行きましょうか」
ルイはペンをシキンチャク袋にしまい、みんなのパイプ椅子を畳んで壁に立てかけた。
アールがメッセージを書いた紙をベッドの横にある収納棚のテーブルに置くと、その隣にカイがハリセンを置いた。そして、シドに視線を向けた。
「じゃあ……行ってくるね、シド。一番の戦闘員がいないんだから、せめて無事を祈ってて」
「シドぉ、なるべく早く起きてね。とりあえず、アリアンの塔には入れるようにしといてあげるからさ! 任せて!」
「また時間が出来たらお見舞いに来ますね」
「じゃあな」
みんながシドに声を掛け、病室を出た。
後ろ髪引かれる思いで廊下を歩く。シドの病室が遠ざかってゆく。永遠のお別れではない。来ようと思えばいつでも来れる。それでも、いつ意識が戻るのかわからない不安が一同を悄然とさせた。
病院の受け付けで、ルイが担当医師に挨拶をしたいと呼び出してもらった。10分ほど待って、担当医師であるフィリップがやってきた。
「お忙しい中、すみません」
「いや、構わないよ。これから旅に出るようですね」
「はい。どこかの街に立ち寄ることがあれば、また顔を出しに来ますので。どうかシドさんのことを、よろしくお願いします」
ルイが頭を下げると、アールたちも後ろで頭を下げた。
「最善を尽くします」
「それでは」
一礼して、病院を出ようとしたところでアールが声を上げた。
「あっ、ケータイ忘れた……」
「どこにですか?」
「病室。ヒラリーさんからのメール見ようと思って置きっぱだった。取ってくる!」
と、急いで病室へ。
「しばしのお別れのメッセージと言葉を伝えて出てきたというのに忘れ物で戻るとはねぇ」
と、カイ。
「病院を出る前に気づけてよかったではありませんか」
「これでシドが目を覚ましてて『シドが起きた!』って言いに来たらおもしろいなぁ」
アールはなるべく廊下を走らないようにと気をつけながら小走りで病室に戻った。ドアを開けると数分前となんら変わりない光景がそこにあった。
「あったあった」
と、ベッドの上に置きっぱなしだった携帯電話を取り、その場でヒラリーからの返事を確認した。
【ご連絡ありがとう。シドのことは心配しないでね。旅のご無事を祈っています】
「…………」
携帯電話をポケットに入れ、シドに目をやった。
「おーい」
と、一応戻ってきたからには声を掛ける。枕の横に移動して、膝をついて耳元に顔を近づけた。
「おーい。シドー、聞こえるー? 起きろー!!」
そして一応、反応を待つ。
「いつまで寝ているの? みんな待ってるからね。それに……ハッキリ言って無理だから。世界を救うなんて」
なんとなく
聞こえているような気がした
「シドが一番わかってるでしょ? 私なんかに世界は救えないって」
聞こえていてほしいと思っているから
そう思い込んでしまうだけなんだろうけれど
「だからみんなのサポートが必要なの。私をここまで連れてくるのだって苦労したでしょ? それなのにシド欠けたらますます大変だと思う。自分で言うのもなんだけど、私だらしないし、頼りないし、すぐ心折れるし、すぐ精神的にもおかしくなるし……まとめると、世話が焼けるってこと」
ここにいるシドは人工的に呼吸を繰り返しているけれど
決して“無”ではないと思うから
「だから、カイとルイとヴァイスとスーちゃんに負担かけないためにも、早く戻ってきて」
そう言いながら、なんて自己中なことを言ってるんだろうと自分で笑ってしまう。
「お前がしっかりしろって話だよね」
と、笑う。
「とにかく、シドがいないと困る。みんな困る。シドの代わりはいないから」
ここにシドがいるから
返事は返って来ないとわかっていても、
そこにシドがいるから声を掛けたの。
「シドが戻るまではがんばって4人と1匹で旅を続けるよ。──じゃあまたね、筋肉バカ。」
Thank you... |