voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風13…『ニッキがいない』


何度だって確かめたい。 
ニッキさんは本当に父に似ているのか。
今日は似ていても明日は似ていないかもしれない。
 
シオンの一件があってから、自分の目を信用できなくなっていた。
自分の精神状態も。

 
「ニッキさーん?」
 
アールとヴァイスは商店街にあるニッキの薬局を訪れたが、シャッターが閉まっていた。二階が自宅になっているらしいのだが、応答は無い。
 
「おでかけ?」
「具合が悪いのにか?」
 と、ヴァイスも疑問に思う。
「そうだよね……病院にでも行ったのかな」
 
二人の様子を、隣の本屋の主人がハタキを持ったまま見ていた。
 
「ニッキさんなら、少し前に出て行ったよ」
「え?」
「なんか慌てた様子で……言っちゃ悪いが気味が悪かった」
「どういうことですか?」
「珍しく帽子を深く被っていて、マスクをして、蒸し暑いというのに軍手と、首にはタオルを巻いていた。『今更日焼け対策か?』って声を掛けたんだが、返事をしないどころかこっちを見ることもなくシャッターを下ろして走って行ったんだ。だからもしやニッキさんじゃなく泥棒かとも思ったんだがね。顔、はっきり見たわけじゃないし」
「その人、どこへ行ったかわかりますか?」
「追いかけてったわけじゃないからなぁ。それにさっきまで人が多かったし。あっちゅうまに人ごみに消えたが、向こうに行ったよ」
 と、指を差す。
「病院は向こうにありますか?」
「病院? いや、病院は反対方向だ。商店街の奥を右に行ったら見える」
 
アールとヴァイスは顔を見合わせた。
 
「ニッキさんじゃないのかな……。一応捜してみようか。格好わかりやすそうだし」
「あぁ」
「手分けする?」
「一人で平気か?」
「大丈夫だってば」
 
ヴァイスはアールから離れて建物の上に飛び乗ると、頭上から捜すことにした。この蒸し暑い中、暑苦しい格好をしていれば目立つはずだ。幸い、人もだいぶ減った。アールの位置を確認し、彼女のことも気にかけながらニッキを捜す。
 
「すみません、暑苦しいかっこうをした人、見ませんでしたか?」
 と、アールは手当たり次第訊いて回る。マスクと帽子をしていたのなら、ニッキの名前を出してもわからないだろうと思ったからだ。
「あー、見た見た。随分慌てた様子で向こうに走ってったよ」
「ありがとうございます」
 
やはり目立つのか、見かけた人は多い。それにしても暑苦しい格好をしていたのがニッキだとして、なぜそのような格好をしていたのだろう。具合が悪いと聞いた。なにか、寒さを感じる病気なのかもしれない。でも、だとしたらなぜ病院とは反対方向へ向かったのだろう。こっち方面には街の表口やゲートがある。別の街の病院へ向かったと考えられないだろうか。外へ出て行くとは思えないし。
 
「…………」
 
聞き込みを続けながら、視点を変えてみる。電話に出なかったのは具合が悪かったから、と勝手に決め付けていたが、具合はとっくに良くなっている可能性もある。なんならはじめから具合が悪いというのは嘘だった、という可能性もゼロじゃない。誰かからグレフィティソードを無事に手に入れたことを聞いて、イズルへのサプライズを考えている可能性は? でもだとしたら話してほしいものだ。
 
「うげー! きもちわりー!」
 と、道の端で3人の子供たちが集まっている。
「どうしたの?」
 と、何気なく足を止めた。
「なんかきもちわるい虫がいるの!」
 と、女の子が言った。
 9才くらいだろう。3人の内、2人は女の子、1人は男の子だ。
「虫かぁ……私も虫は苦手……え?」
 アールはそのヒルのような黒い虫を見て青ざめた。
 
「ヴァイスッ!!」
 突然アールが大声を出したため、子供たちはビクリと体を震わせた。声の届く場所にいたヴァイスはすぐに駆け寄った。
「どうした」
「これ……エノックス……だよね」
「…………」
 ヴァイスの表情も険しく強張り、ただ事じゃないと察した子供たちは不安げに後ずさった。
「危険だ。一匹で終わるとは思えん。他にもいるだろう」
 と、ヴァイスはエノックスを踏み潰した。
 アールは子供たちに目をやった。
「触ってない?」
「さわってない……」
「よかった。変な虫には触らないでね。この街に警察はいる?」
 協力してもらおうと思った。
「ケーサツ……?」
「えっと、なんだっけ……しった? とかなんとか」
「スィッタだ。私が連絡しよう」
 と、携帯電話を取り出した。
 
エノックス。
フフルドという魔物に寄生し、血を吸って成長する。人肉をも喰らい、エノックスに噛まれると狂死する。死んだ後にも肉を喰われ続ける。肉を喰らったエノックスはビッグエノックスとなって体長60cm台に。このエノックスによって、アールが愛用していた武器に宿っていたクロエの村の住人達は一人残らず死んでいる。
 
アールはニッキを捜している場合じゃないと思ったが、胸騒ぎがして嫌な汗を滲ませた。
本屋の主人が言っていた言葉が脳裏で再生される。
 
珍しく帽子を深く被っていて、マスクをして、蒸し暑いというのに軍手と、首にはタオルを巻いていた。『今更日焼け対策か?』って声を掛けたんだが、返事をしないどころかこっちを見ることもなくシャッターを下ろして走って行ったんだ
 
「ヴァイス……エノックス、頼んでいい?」
「どうした」
「ニッキさんと関係あるかもしれない……」
「…………」
 ニッキはモンスターバトル開催日前に、イズルがトーナメントに出場させる魔物を捕まえに外に出ている。そのときになにかあったのかもしれない。具合が悪いというのも、なにかトラブルがあったからではないだろうか。
「わかった。スィッタが駆けつけたら私も向かう。それまでは用心しろ」
「うん。じゃあお願い」
 アールは駆け出した。向かうのは、街の外だ。
 

怖い。 走りながらそう思った。
 
怖い。怖い怖い怖い。
 
死が、待っている気がして。

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -