voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風3…『老いぼれ』

 
アールは病院を出て宿へ戻っていると、ちょうど病院へ向かっていたルイと会った。少し眠って夕方からVRCへ行くことを伝えた。
宿に戻ると座布団を丸めて枕にし、そのまま畳みの上で横になった。疲れもあって10分もしない内に夢の中へ誘われる。
 
ルイは病院へ向かいながら、相談があると言っていたヒラリーに電話を掛けた。ヒラリーはすぐに出て、自分もパウゼ町にいることを伝え、病院の前で待ち合わせをした。
 
時刻は正午を回っていた。
 
ヒラリーは病院の前で立っているルイの姿を見つけると、笑顔を見せて手を振った。
ルイは駆け足で近づいてくるヒラリーに一礼し、その笑顔から相談の内容は深刻なものではないと察した。
 
「おかえり。ペオーニアはどうだった?」
 と、ヒラリー。
「とても寒い国で、カイさんとヴァイスさんが体調を崩してしまいました。けれどとても美しい国でしたよ」
「そう、私も一度でいいから行ってみたいかも。病室、誰かいる?」
「えぇ、カイさんが。ヴァイスさんは……わかりませんが。アールさんは一度シドさんの顔を見てから、宿に戻りました。随分お疲れのようで」
「そう。じゃあ……相談はカイくんにも乗ってもらおうかしら」
「?」
 
やはりシドのことだろうか。ルイはヒラリーを連れてシドの病室へ向かった。
 
病室にヴァイスの姿はなかった。カイはヒラリーを見て、自分がいない間になにか変わったことがなかったか尋ねたが、シドは相変わらず静かに眠っているだけよ、とヒラリーは笑った。
 
「それで、相談と言うのは?」
 ルイはヒラリーに椅子を出し、座ってから話を聞いた。
「シドの、義手のことよ」
「義手……ですか」
「本人が目覚めない限りは勝手に進めるのどうかと思ったんだけどね。エレーナちゃんやヤーナちゃんに話したら、賛成してくれたの。みんなの将来のために貯めていたお金があって、二人はそれをシドの義手に使っていいって言ってくれて」
「…………」
 ルイカイは目を合わせ、シドを見遣った。
「とりあえず、シドの腕に合わせて作ってもらおうと思ってて。細かい調整は、シドの意識が戻ってから」
 
そう語るヒラリーは、このままシドの意識が戻らずに義手を作っても無駄になるかもしれない、という悪い結果は一切考えてはいない。必ず目を覚ますと信じている。
 
「シドが嫌がれば、別に使わなくてもいいの。私は……なにも出来ずにただ待っているだけっていうのが辛いの。相談っていうか、ふたりの意見も聞いておきたくて」
「……俺っちはいいと思う。義手、かっこいいじゃん!」
 カイは大賛成をした。
「ルイくんは? どう思う?」
「僕も、賛成です。シドさんが目を覚ましたときに、今後の選択肢が多いと彼も助かるでしょうから。ただ、義手を作るのでしたら、僕等にもその費用を負担させていただきたいです」
 ヒラリーは笑顔で首を振った。
「あなたたちはシドの命を救ってくれた。それだけで十分なのに、お金まで出させるわけにはいかないわ」
「ですが……」
「今後も長い旅を続けるんでしょう? 世界を救う、命がけの旅。みんなが旅を再開するまでに目を覚まさなくても、ずっと待っててくれるんでしょう? シドのこと」
「もちろんです」
「だったら、あなたたちが旅をする上で得たお金は、自分たちの為に使って?」
 
ルイはすみません、ありがとうございますと、頭を下げた。
ヒラリーはしばらくの間、シドがいる病室でルイ達との時間を過ごした。カイはペオーニアでの出来事をお土産話として聞かせ、ルイはアールとヴァイスにヒラリーから義手のことについて相談を受けたことをメールで知らせた。メールを送った後、そういえばヴァイスの携帯電話は壊れていたことを思い出しだ。修理に出しに行っただろうか。
 
ヴァイスは病院を出てケータイショップへ行き、携帯電話を修理に出した。電話番号などそのまま使える代替機を渡されたため、ルイからのメールを確認することが出来た。それからモーメル宅へ向かった。前もって連絡することはあまりしない。モーメルが電話嫌いだからだ。
しかし、珍しいことにモーメルは不在だった。木製の玄関ドアにはぶっきらぼうに書かれた《不在》の張り紙が貼られている。試しにノックをし、反応を待ったが気配すらなかった。ドアに鍵が掛かっているため、入ることも出来ない。
 
スーの様子を訊きたかったが、いつ戻るのかもわからない。仕方なく、ムゲット村へ向かおうとゲートに足を向けたが、はたと立ち止まっってパンツのポケットから財布を取り出た。小銭を入れるスペースに入れていたスサンナにプレゼントした婚約指輪と、スサンナから貰った指輪を取り出した。
 
「…………」
 
どうするべきか、答えは出ているのに一歩踏み出せずにいる。
指輪を眺めていると、アールの薬指に嵌められていた指輪を思い出す。あれは唯一、二人を結び付けているものだろう。彼女が指輪を外す日は恐らく、ない。
 
ムゲット村へ向かうのを止め、ヴァイスは玄関の横に腰を下ろして物思いに耽った。
 
その頃モーメルは天井まである大きな本棚の前で、よくもまぁこんなに集まったもんだと、綺麗に整頓された魔法の本を眺めていた。
 
「茶を入れた」
 と、お盆に乗せた熱いお茶を二階から運んできたのはテトラだった。
 ここは本屋敷、イストリアヴィラ。
「…………」
 モーメルはカウンターへ移動し、立ったままお茶を貰った。
「年をとったな」
 テトラはモーメルの手を見てそう言った。
「……お互い様さ」
「いくら年をとっても変わらないものがある。不思議なものじゃ」
 テトラも椅子には座らず、立ったままお茶を口に運んだ。
「変わらないものなど存在しない。全く同じに見える建物の外観も、雨風に打たれて変化している。人は気づかないだけさ」
「相変わらずじゃな」
「あんたも。それでなんの用だね」
「変わらないものは存在するさ。──わしは今でもお前さんの気が変わるのを待っている」
「…………」
 モーメルは目を丸くした。
「何故、いい返事がもらえんかったんじゃろうかと、今でも思う」
「何十年前の話を……」
 と、モーメルは呆れたように笑う。
「言うたじゃろう。いくら年をとっても変わらないものがあると」
「アールになにか言われて感化されたのかい、いい年をして」
 モーメルはお茶を半分ほど飲んでから、湯飲みをお盆に置いた。
「背中を押されたと言った方がしっくりくる」
「バカバカしい。そんな話をするためにあたしを呼んだのかい」
「…………」
 
テトラは茶をすすり、お盆に置いてからカウンターの裏に回って鍵付きの引き出しから一冊の黒い本を取り出した。その本は黒い鉄表紙で出来ており、重厚感がある。
モーメルはその本を目にした瞬間、険しい表情でテトラを見遣った。
 
「モーメル。お前は世界と、彼女たちの行く末を見届ける義務がある」
 テトラは本をカウンターテーブルに置き、モーメルの前に移動させた。
「……あたしにこの本は扱えない」
「手を貸そう。ギップスという男を足代わりにしているようじゃが、彼と会った魔術師、魔導師等は素知らぬ顔で魔道具を差し出しているわけではない。わしもそうじゃ。魔道具を差し出すということは、お前さんに手を貸すということじゃ。お前がどうなろうと知ったことではないと表面ではそう言うじゃろうがな」
「…………」
「全てを捧げるにはまだ早い」
「悪いが、この本は仕舞っとくれ。これはあたしと彼との約束だ」
「彼とは……ギルトのことか」
「…………」
「彼はお前の 死 を、望んでいるわけではなかろう」
 
世界が闇に覆われる未来。そこから脱却する一本の道を、無数に枝分かれした経路の中から見つけ出したギルト。そのたった一本の道だけが、世界に光を齎すものだった。
ギルトは世界の未来を見て、初めに立ち上がった人物と言える。彼は黒魔術を使うことによって自分の命と引き換えに世界を救うことを選んだ。そして、世界を救うために必要な人材を見つけ出し、時には直接会いに行くこともあった。
  
降り出した雨が本屋敷の屋根に打ちつける音がする。
モーメルは黒い鉄表紙の本に触れた。
 
「あの子達も命がけでこの世界と自分に与えられた使命と戦っているんだ。あたしがしようとしていることをあんたも薄々わかっているんだろう? 決して許されることじゃない。だけど、やらない選択肢はないのさ。あの子の苦しむ姿を今以上に見ることになっても、世界を守るためには必要なことなのさ……。もう引き返すことは許されない。あたしも、覚悟しているんだよ」
「…………」
 テトラは鉄表紙に触れているモーメルの手と、重ねるようにして手を置いた。
「彼女はあたしを憎むだろうね。殺したいほどに。そして彼らが受け入れられるかどうか」
「ギルトが見た光が差す道筋に、お前に託された使命も含まれているのなら、信じるしかなかろう。──お前さんが行おうとしているものは命を奪われ兼ねない。じゃがな、命を諦めるというのはまた別じゃろう。この本は、お前の命をきっと守る」
「生きてどうするんだい……こんな老いぼれ……若者を犠牲にして……老いぼれが生きてどうする……」
「…………」
 
テトラは、俯いて涙をこぼしたモーメルを抱きしめた。
 

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©Kamikawa
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