voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風1…『ペオーニアからゼフィールへ』

 

  
空港までのバスに揺られながら、アールは疲労困憊していた。
前の席にはヴァイスとルイが座っており、その後ろにアールとカイが座っている。運転席を前に通路右側の席で、アールとヴァイスは窓際だった。
 
あれから誤解はすぐに解けた。
アールとヴァイスが仲睦まじげにラブホテルから出てきたところを、近くまで迎えに来ていたルイとカイが目撃してしまったのがことのはじまりだ。
 
「あれ?! なんでここにいるの?!」
 と、目を輝かせたアールとは対照的に、ふたりに笑顔は無かった。
「?」
 アールは二人の視線がホテルに向けられていることに気づき、慌てふためいた。
「ち、ちがう……これはあの……」
「アールとヴァイスんが泊まったホテルって……」
 と、怪訝な顔でカイはホテルを見上げた。
「ち、違うから! いや、違わないけど! でも違う!! 違うから!! 誤解しないでーっ!!」
「誤解だ。」
 と、ヴァイスは冷静に言った。
「なにが誤解なのでしょうか……説明していただけますか」
 ルイは浮かない表情で説明を求めた。
 
アールがことの経緯を赤面しながら話すと、二人はそれでも納得いかない様子で首を傾げた。
 
「要するに……気がつかなかった、ということですか? ここが……そういったホテルだと」
「ありえんてぃ……」
 と、カイ。
「ほんとなんだってば……」
 
必死になればなるほど嘘を突き通そうとしているように見え、誤解を解くには絶望的だった。
しかしホテルの前でいつまでも話している一同の前に、全てを知っている証言者が現れてくれた。ホテルのフロントで働く女性だ。
 
「信じられないかもしれないけど、その子は本当に知らずに入ってきたんだよ」
 と、呆れ顔で知っていることを全て話してくれた。
 
女性から、ホテルに入ってきたときのアールとヴァイスの様子、アールが夜な夜な何度も出て行っては店でお弁当を買ったり氷を買ったり体温計を借りに来たりと慌しかったことを聞かされた二人は、疑いの気持ちも晴れてようやく信じることができたようだった。
それでも複雑な思いは捨て切れない。仲間同士こういったホテルに入るというのは、緊急を要し仕方のなかったことであって何も無かったとはいえ、もやもやしたものが残る。やはりヴァイスとアールがいかがわしいホテルで一夜を過ごしたことには変わりなく、そういう目で見てしまうのは致し方なかった。
 
アールは窓の外を眺めながら、大きく欠伸をした。眠い。
窓に寄りかかって少し寝ようと思ったとき、左肩にずっしりと重みを感じた。カイが眠りこけ、アールに寄りかかってきたのである。
 
「普通逆……」
 
重いから退かそうと思ったが、カイが座っている向こう側は通路で寄りかかるものがない。仕方なく重みを感じながら、アールも目を閉じた。
 
ヴァイスは前の席で窓の外を眺めている。止むことのない雪を見ていた。ルイは時折そんなヴァイスの横顔を盗み見て、複雑な思いにかられていた。二人になにかあったとまだ疑っているわけじゃない。そもそも冷静に考えればこの二人になにかあるとは考えられない。ただ、ああいった場所では異性を意識しやすいものだ。途中で気がついたというし、その後気まずくなったのは言うまでもないだろう。自分なら、と考える。羞恥心でおかしくなってしまいそうだ。
 
「まだ疑っているのか」
 と、ヴァイスは窓の外を眺めたまま、ルイの視線を感じて言った。
「あ……いえ」
「安心しろ。なにもない」
「…………」
 
いつまでも気にしている自分と、冷静に答えるヴァイス。自分が妙に子供に思えた。
 
「体調は、どうですか?」
「完全とは言えないが、熱は下がったようだ」
「それはよかったです。カイさんはすっかりよくなりました」
「そうか」
「……カイさんがすみませんでした」
「カイ?」
「アールさんがカイさんにお願いした、ヴァイスさんへの伝言を忘れていたことです」
「…………」
「何時間も待たせてしまうことになったので、カイさんをフォローするわけではありませんが、彼も体調を崩していたのと、アールさんから伝言を預かった電話を切った後、タイミング悪くクリーニング屋の女性が部屋に来てしまったようで……」
「…………」
 アールはカイの話など一切口に出してはいなかった。自ら連絡をしなかった自分を責めたからだろう。
「僕もレストランに間に合ったのかどうか連絡しようか迷ったのですが、結局しなかったことも連絡が遅れた原因かと……すみません」
「気にするな。私から連絡しなかった自己責任でもある」
 
ヴァイスは雪の中、携帯電話を手に持っていた。アールから遅れるかもしれないということは聞いていたため、急かすと悪いと思い、アールから連絡が入るのを待っていた。携帯電話は一時間もしない内に電源が入らなくなってしまったのである。不運が重なった結果だった。
 
ルイはヴァイスと話をしながら、少し身体の嫌悪感を感じていた。自分まで風邪をひいてしまったのだろうかと、不安になる。ゼフィール国に戻ったら、病院へ行こうと思った。旅では主に治療係としているルイは、誰よりも健康でなければいけなかった。医師が病気だと患者を診ることも出来ないからだ。
 
空港に着くと、バラフ城の使いとしてサルジュが待っていた。シラコから預かったというアール宛の手紙と、移動のバス代を渡されたが手紙だけ受け取った。
 
「それから航空機のチケットです」
 と、人数分を手渡した。
「よろしいのですか?」
 と、ルイ。
「えぇ、はじめから交通費は出させていただくつもりでしたので。シラコさんが、見送りに来れず申し訳ないと言っておりました」
「とんでもないです。お母様の様態は?」
「お母様?」
 と、サルジュは知らないようだった。
「あ、いえ、勘違いを。サルジュさんも、ありがとうございました」
「いいえ。またいつでもいらしてくださいね」
「寒いからやだ」
 と、カイ。
「カイさん……」
「ふふ、正直ね。出航時間までまだ30分ほどありますから、座りましょう」
 
一向は待ち合い広場の椅子に腰掛け、時間を潰した。
 
「サルジュさん」
 と、アールは彼女の隣に座った。
「昨日はすいませんでした。衣装、用意してくださっていたのに」
「いいのよ。やっぱり間に合わなかったの?」
 アールはことの説明をした。ヴァイスは預かっていた衣装を既に返している。
「そうだったの……散々だったわね」
「散々だったのはヴァイスです」
 と、肩をすくめる。「ほんと申し訳ないことしちゃった……」
「でも、怒らずに許してくれるなんて心が広いのね。はじめは怖そうな人かと思ったんだけど」
「はい、優しいんです」
 と、何故か照れ笑い。
 
ゼフィール国に帰ってからの予定は勿論、シドに会いに行くことだ。旅を再開する日までにはシドが起きてくれていたらいい。すぐに一緒に旅を再開できなくても、言葉を交わせたら。待っているということを伝えられたら。それだけでも十分だ。
 
10分前になり、搭乗ゲートへ向かう。
ルイの携帯電話が鳴った。
 
「すみませんが先に行ってください」
 と、ルイは足を止めた。
「誰から?」
 と、アール。
「ヒラリーさんからです」
 
そう聞いて先に行く気にはなれない。もしかしたらと、期待を胸にアール達もその場で待つことにした。
 
「もしもし」
『もしもし、ルイくん?』
 と、ヒラリーの声のトーンで、シドの意識が戻ったという報告ではないなと察し、アール達に目配せをして首を振った。
「なーんだ」
 と、カイ。「じゃあなんの用?」
「どうかなさいましたか?」
 ルイは訊く。ヒラリーの声は沈んでいるようでもなかった。
『相談があるの。今、まだ海外よね』
「えぇ、これから戻るところです」
『だったら、戻ったら連絡もらえるかしら』
「わかりました」
 
電話を切り、内容を伝えてゲートへ。
 
「相談ってなんだろう。シドのことじゃないのかな」
 アールはヒラリーがルイに個人的な相談を持ちかけたのなら聞けないな、と思った。
「声の感じでは深刻そうではありませんでした」
 
一向は搭乗ゲートを抜けて、一度振り返った。
サルジュが手を振っている。ルイとヴァイスは頭を下げ、アールとカイは手を振った。
 
極寒の雪国 ペオーニア。
アールはシラコからの手紙を手に、この国を離れた。
 

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