voice of mind - by ルイランノキ


 一日三秋22…『誤解です』

 
ヴァイスの目が覚めたとき、室内はしんと静まり返っていた。体を起こすと額の上に乗っていたタオルがぽとりと落ちた。
 
「…………」
 
気分はさほど悪くない。周囲を見遣るがアールの姿がない。体を捻り、ベッドの左下を見遣った。アールがうつ伏せで大の字になって伸びきっていた。
 
「……アール」
 
声を掛けたが眠っているようで反応がない。喉の渇きを感じ、棚に置いてあったペットボトルに手を伸ばした。半分ほど一気に飲み干し、体温計を口にくわえた。そのまま静かにベッドから下り、部屋の出入り口に掛けてあった自分のコートを持ってアールに掛けた。ベッドの布団だと大きすぎたからだ。窓際に行こうとして、なにか足に当たって蹴ってしまった。アールの携帯電話だ。拾い上げると、送信されていないメール画面が開いたままだった。
 
【ルイ、起きている? 起こしたらごめんなさい。ヴァイスの熱が下がらないの。氷買ってきて額を冷やしてるところ。ヴァイスは苦しそうに寝てる。どうしたらいい? 他に何かできることあるかな…40度もあるの】
 
「…………」
 ヴァイスは携帯電話を棚に置いてから、アールを眺めた。
 
夜な夜なずっと看病をしてくれ、疲れきったのだろう。ベッドの掛け布団をはがしてから、アールをゆっくり抱き上げた。爆睡していて全く起きそうにない。ベッドに寝かし、布団を掛ける。
アールの顔に掛かった髪の毛を退かそうと手を伸ばした時、ドクンと心臓が跳ね上がった。
 
「…………」
 
突然跳ね上がった心臓はドクドクと鼓動を早め、アールの髪に触れようとすればするほどにその鼓動は狂ったように繰り返し、かすかに手を震わせた。
ヴァイスはかすかに震える自分の手を眺め、胸中がざわめくのを感じずにはいられなかった。
 
アールは電話の音で目が覚めた。いつの間にか眠っていた自分に驚いて体を起こすとベッドにいる自分にもう一度驚いた。部屋の出入り口にある棚の上の電話に出て対応しているヴァイスが視界に入る。窓の方を見遣ると、カーテンの隙間からほんのり明るい光が見えた。
 
「10分前だそうだ」
「ヴァイス……熱は?」
「平熱だ」
「ほんとに? 下がったの?」
「あぁ、お前のおかげだ」
 と、微笑んだ。
「よかった!」
 アールは嬉しそうにベッドから降りた。いつの間にかヴァイスはいつもの防護服に着替えている。
「あ、私も着替えるね」
 と、脱衣所へ。「あ、お弁当……」
「朝食としていただいた」
「よかった! あと10分だよね? 急ぐね!」
 
いつもの防護服に着替えたアールは髪をひとつに束ね、軽くストレッチをした。朝ストレッチをする習慣は、シドのおかげで身についたものだ。軽く、ではあるけれど。
 
「おまたせ」
 と、脱衣所を出たアールに、ヴァイスは携帯電話を渡した。
「あ、ありがとう。ルイに連絡……」
 と、ケータイを開いて送信しなかったメール画面を見遣る。その本文を全て消してから、文章を打ち直した。
 
【おはよう。これからチェックアウトです。バスの時間がわかったらまたメールします】
 
アールは自分のコートを羽織り、部屋を出ようとしたがその前に、と振り返ってヴァイスに頭を下げた。
 
「ヴァイス、昨日は本当にごめんなさい……。せっかく貰ったディナーチケットも無駄にしてしまったし、美味しいディナーもなくなったし、何時間も雪の中待たせてしまって……」
「気にしなくていい。私の電話が壊れていた。連絡のしようがない」
「ううん。ヴァイスのケータイが壊れたのは関係ないの。だって、連絡が行き届いてないって気がついたのは約束の時間大分過ぎてからだったから……」
「なにがあったんだ?」
 と、ヴァイスは穏やかに訊いた。
「シラコさんのお母さんが病院に運ばれて……」
「付き添っていたのか」
「うん……私のせいでもあるから」
 と、アールは簡単に説明をした。
「事情はわかった。もう気にするな」
「でも……」
「ならば、近いうちにでも埋め合わせを願おう」
「うん。絶対埋め合わせする。あとお金返す! あと……ありがとう。ずっと、待っていてくれて……」
「…………」
 
ヴァイスはアールの横から手を伸ばしてドアを開けた。
 
「気にするな。そう言ってもお前は気にするのだろうな」
「そりゃそうだよ……だって……」
 と、ヴァイスに軽く背中を押されて部屋を出た。
「だって普通激怒してもおかしくないのに……」
「お前は怒るのか?」
「……相手による」
 と、素直である。
「ふっ、確かにな」
 と、笑ったヴァイスははじめて会った頃を思い返すと表情が豊かになった。
 
アールはフロントで働いている女性に「お騒がせしました」と言って体温計を返した。
 
「お大事にね。よかったらどうぞ」
 と、半額チケットを渡した。
「あ……お気持ちだけで」
 と、返した。
「冗談よ」
 女性は笑った。
「では失礼します」
 
アールは待っていたヴァイスと一緒にホテルを出た。
 
「おっと。靴紐ほどけてた」
 と、アールは立ち止まって靴紐を結び始めた。
 
ヴァイスがアールが靴紐を結び終えるのを待っていると、聞きなれた声がした。
 
「アールさん……?」
「はい?」
 と、アールは顔を上げる。ヴァイスも声の主を見遣った。
 
そこにはコートを着込んだカイとルイが立っていた。
 
「あれ?! なんでここにいるの?!」
 と、目を輝かせたアールとは対照的に、ふたりに笑顔は無かった。
「?」
 アールは二人の視線がホテルに向けられていることに気づき、慌てふためいた。
「ち、ちがう……これはあの……」
「アールとヴァイスんが泊まったホテルって……」
 と、怪訝な顔でカイはホテルを見上げた。
 
「ち、違うから! いや、違わないけど! でも違う!! 違うから!! 誤解しないでーっ!!」
 

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©Kamikawa
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