voice of mind - by ルイランノキ


 一日三秋21…『ドタバタ』

 
やっと髪が乾いた。
髪が痛んでいるのと乾かし方が悪いのか、乾かした直後はごわごわしていて不恰好だ。くしで髪をといてみても広がってしまう。洗面所の縁に置かれた化粧水や乳液の中に洗い流さないトリートメントがあった。広がりを抑えると書いてある。キャップを外して匂いを嗅いでみると、いい香り。ためしに少し手に取り、髪につけてみた。髪全体に伸ばしてくしでもう一度といてみると、髪がまっすぐに整った。
 
「おぉ! すごい……」
 
どこのメーカーだろうかと、チェックしてノートにメモを取っておいた。高くなかったらお金に余裕があるときに買ってみよう。
そっとガラス戸を開けてベッドを見遣ると、ヴァイスは眠っているようだった。物音を立てないように気をつけながらベッドの横に移動して、この辺でいいかなとシキンチャク袋から布団を出した。すぐに布団に入って寝ようと思ったが、電気が点いたままだ。消さなくては。
部屋の出入り口にあるリモコンで部屋の明かりを落とした。アールは真っ暗よりも薄暗い明るさの中で寝るのが好きで、そうした。布団に戻ろうとしたがふとヴァイスに目を向けた。心なしか息苦しそうに呼吸を繰り返している。
 
「…………」
 
アールはベッドに近づいて寝ているヴァイスの顔を眺めた。額に汗が滲んでいるのは熱があるからだろうか。枕元の棚に目を向けると体温計が置かれていて、40.2度と表示されている目を丸くした。──死んじゃう!
 
どうしようとその場であたふたと足踏みをして、熱があるときは額を冷やすのが一番だと思い冷凍庫を開けた。冷蔵庫の上に小さな冷凍庫もついていたが、残念ながらなにも入っていなかった。
 
アールはそっとコートを羽織ってフロントへ。氷は貸してくれるだろうか。貸す、というより貰うことになるのだが。しかしフロントには誰もおらず、御用の方はベルを鳴らしてくださいと呼び鈴が置かれている。
悩んだが、売店へ行くのが確実だと外へ。時刻は深夜を回っており、外は一段と冷えていた。一気に身体が冷えていく。急ぎ足で売店に入り、店員に氷はないかと尋ねるとアイスクリームやちょっとした冷凍食品などが入っている冷凍庫にあると教えてくれた。袋に入っている氷を買って、急ぎ足でホテルへ。フロントの置奥から顔を覗かせた女性は小首を傾げた。
 
「まだ男性の具合が悪いのかしら」
「どうした?」
 と、一度も表には顔を出さないが奥で働いている男性の声。
「ほら、ここがラブホテルだと気づかずに入ってきた女の子。氷買って来たみたい」
 
アールはそっと部屋のドアを開け、ヴァイスが眠っているのを確認。風呂場で洗面器に水を溜めて、氷を入れた。ハンドタオルを氷水に突っ込んで、こぼさないようにベッドの横に運ぶ。そっと氷水からタオルを出して絞り、ヴァイスの額に乗せた。
 
「…………」
 
こんなので熱が下がるんだろうか。ドラマなどでよく見るし、小学生のときに高熱で寝込んだとき母もこうして看病してくれたけれど。
アールは洗面器の氷水に目を遣った。すぐ溶けるかな……。
冷凍庫を見遣るも、洗面器ごと入りそうにない。
 
「あ、そうだ……」
 
洗面器を冷蔵庫の前まで運び、風呂場からハンドタオルを全部運んできた。全部といっても4枚だ。全てのハンドタオルを氷水につけて絞ってから、額に乗せられるくらいの大きさに畳んで冷凍庫へ。
 
「…………」
 
これって、カチカチに固まって使いづらいんじゃ……。
アールは冷凍庫ではなく冷蔵庫に移動させようかとも思ったが、冷蔵だとすぐにぬるくなってしまうのではないだろうか。しばし考え、2枚だけ小さく畳んで冷凍庫に、残り2枚は冷蔵庫に入れておいた。
氷水が入った洗面器を再びベッドの横に持ってくる。ヴァイスの額に乗せていたタオルを取って触れてみるともう温くなっていた。氷水につけて絞り、額に乗せた。──冷たくて手が痛い。
 
冷凍庫に入れたタオルは氷の代わりになればいいと思った。冷蔵庫のタオルで包めば氷枕みたいにならないだろうか。
 
「…………」
 
氷枕はさすがに売ってないよね……。
アールはヴァイスの顔色を眺めた。苦しそうだ。40度もあるのだから無理も無い。
 
「どうしよ……」
 
アールは携帯電話で時間を確認した。午前2時を回ろうとしている。
さすがにルイはもう寝ただろうか……。ダメ元でメールしてみようか。起こしてしまったら申し訳ないけど、このまま朝になってもしもヴァイスが冷たくなっていたら……?
 
【ルイ、起きている? 起こしたらごめんなさい。ヴァイスの熱が下がらないの。氷買ってきて額を冷やしてるところ。ヴァイスは苦しそうに寝てる。どうしたらいい? 他に何かできることあるかな…40度もあるの】
 
メールを送信しようとしたとき、突然ヴァイスが上半身を起こして咳き込んだ。アールは携帯電話を放って慌てて後ろに回り、背中を擦った。吐きそうにえずいたため、咄嗟に両手で器を作り、受け止めた。
 
「2回目は待って!」
 と、アールは風呂場に駆け込んで手をササッと洗い、バスタオルを持って一先ずヴァイスの膝の上へ。
「洗面器空にしてくるから吐きそうになったらバスタオルの上にしてね!」
 と、まだ氷水が入っている洗面器を風呂場へ運んで流し、ヴァイスに渡してから背中を擦った。
「まだ吐きそう?」
「すまない……」
「気にしなくていいから。吐きそうなら吐いたほうがいいよ……」
「あぁ……」
 
ヴァイスは二度ほど嘔吐し、苦しそうに呼吸を繰り返した。アールは洗面器を床に置いてバスタオルでヴァイスの口を拭き、自分のペットボトルの水をヴァイスに差し出した。
 
「こっちで口ゆすいで」
 
洗面器を持ち上げようとしたがよほど体がだるいのかヴァイスの手からペットボトルが落ちてしまった。幸いまだ蓋を開けていなかったので水がこぼれることはなかったが、握る力もないようだ。
アールは一旦洗面器の嘔吐物をトイレに流してから、風呂場で軽くすすぎ、布団越しにヴァイスの膝の上に乗せてからペットボトルの蓋を開けて、ヴァイスの口に運んだ。
 
「口ゆすいでね」
 
ヴァイスは口をゆすぎ、洗面器に吐き出した。それから今度はヴァイスのペットボトルを開けて飲み水として飲ませた。吐いたばかりの口をつけたペットボトルで飲みたくは無いだろうと配慮してのことだった。
 
「もっと飲める? あ、スポーツドリンクって売ってるのかなスポーツドリンクのほうがいいよね?」
「いや……いい」
 と、力なく横になった。
 
アールは洗面器を風呂場に持って行ってから冷凍庫を開けて、まだ固まってはいないが氷並みに冷たくなったタオルを持ってヴァイスの額に置いた。
風呂場に戻り、洗面器を洗う。──そういえば昔テレビで、高熱が出たときや熱中症のときは脇の下や足首など冷やすといいと聞いたことがあった。
 
「あ、保冷剤!」
 
なんですぐに思いつかなかったんだろうと自分の頭の固さに呆れた。アールはまたコートを来て部屋を出て行った。ヴァイスはアールが部屋を飛び出していったことに気がついていたが、声をかける気力も無かった。
 
「あら?」
 と、フロントの女性はアールがまた飛び出して行ったのを見送った。
 
しばらくして、買い物袋を持ったアールが急ぎ足で戻ってくると、女性に一礼して部屋へ。
 
「今度はなにを買ったのかしら」
「どうした?」
「さっきのお嬢さん。また慌しく出て行ったと思ったら売店でなにか買って来たみたい。大丈夫かしら……」
 
アールは部屋に戻ると冷蔵庫から冷やしていたタオルを2枚取り出して、保冷剤を包んだ。二つ用意し、ベッドへ。
 
「ヴァイス……脇に挟んで」
 と、脇の下へ。
「アール……」
「しゃべらなくていいから」
 息を切らしたアールは少し疲れたように床に座り込み、ベッドに顔を伏せた。
「あ、でも、喉が渇いたらちゃんと言ってね。水分補給は大事だから……」
 
アールは時折ヴァイスの顔色を見ながら、保冷剤を入れ替えたり頭に乗せたタオルを変えたりと看病に勤しんだ。少しでも早く熱が下がるようにと願いながら。
 

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