voice of mind - by ルイランノキ


 一日三秋19…『のぼせる』◆

 
ルイは寝ているカイの掛け布団を肩までかけてやり、風呂上りの自分の髪をドライヤーで乾かした。効きの悪いドライヤーをフロントで換えてもらったのはアールのためだったのだが、肝心なアールは別のホテルに泊まっている。ドライヤーの温風を浴びるたびにアールが髪を乾かしてくれたことを思い出しては胸が痛くなった。
いつもはサラサラになるまで乾かしていた髪も中途半端に終わらせ、電源を切った。自分の布団を敷き、電気を消して布団に入る。あれだけ今日は眠れないと吠えていたカイはすっかり眠っている。言うほど気にしていないのかもしれない。自分はこんなにも落ち着かないというのに。
 
「…………」
 
携帯電話を取り出して、アールにメールを打った。
 
【もう寝てしまいましたか?】
 
布団の中で携帯電話を握ったまま目を閉じた。少しして、マナーモードにしていた携帯電話が鳴った。アールかと思ったが、メールをくれたのはシラコだった。
 
【お返事が遅くなり、申し訳ありません。母のことでアールさんにご迷惑をかけてしまいました。今病院におりますが、母は大丈夫ですとお伝えください】
 
「…………」
 
詳細はわからないままに、ルイは【わかりました。お大事になさってください】と返事を打った。
ルイは携帯電話に表示されている時間を見遣った。時刻は0時過ぎ。彼女たちがホテルに着いたのは何時くらいだろうか。芯まで冷えた体をお風呂で温め、食事もするとなるとまだ起きているはずなのだが。
カイの妄想のせいで余計なことばかり考えてしまう。大きく息を吸い込んで、ふうと吐き出した。またメールを受信したことを知らせるバイブレーションが鳴る。今度はアールからで、体を起こしてメールを確認した。
 
【起きてるよー。今お弁当食べてるの。ハンバーグ弁当なんだけど、ハンバーグの下にあるパスタっている? から揚げ弁当にもから揚げの下に敷いてあったの】
 
「…………」
 ルイは思わず笑った。
 
【おかずの油を吸い取るために敷いてあるのですよ。から揚げなどの場合は高熱のままプラスチック容器に入れると溶けてしまうので】
 
【知らなかった! でもその扱いかわいそうじゃない? ルイは眠れないの?】
 
「…………」
 
ヴァイスはもう寝ているのだろうか。それとも一緒にお弁当を食べているのだろうか。具合が悪いと言っていたから先に寝ているのかもしれない。
 
【アールさんが心配で…】
 と、打ったものの、送信はせずに打ち直した。
【お風呂から上がったばかりですのでもう暫く起きていると思います。ヴァイスさんの具合はどうですか?】
 
【ヴァイスは今お風呂。熱冷ましのお薬飲んだよ。】
 
アールの返事が返ってくるのに少し間が空くのはお弁当を食べながら返しているからだろうと想像する。邪魔をしてはいけないかなと思いつつも、落ち着かない心をどうにか落ち着かせようとこちらからはすぐに送ってしまう。
 
【アールさんも十分に温まれてくださいね】
 
【うん、ヴァイスが出たら入るよ。明日は雪、止むかな? あ、もう今日だね】
 
ルイは慌てて布団から起きるとノートパソコンを取り出して天気予報を調べた。
 
【今日も雪ですが、気温は昨日よりは温かいようなので吹雪は落ち着くと思いますよ】
 
【そっか、よかった! シドの病院から連絡は?】
 
【幸か不幸か、来ていません。怪しい人物がうろついていたので、悪い報告がないだけいいのかもしれませんね】
 
【そっか、そうだね。朝そっちに戻るバスの時間わかったら連絡するね】
 
「…………」
 メールのやりとりが終わってしまう。そう思うとまた心寂しく、そして不安になる。
 
【食事中にすみませんでした。ご連絡お待ちしております】
 
堅苦しい文章になってしまったことを送信してから後悔した。けれど、アールから来た最後の返事に、ルイの心は安堵した。
 
【ううん、眠れなかったらまたメールしてね。起きてたら返すから】
 
 
アールはハンバーグの最後の一切れを口に頬張りながらルイに返事を打ち、携帯電話を閉じた。お風呂場から聞こえていたシャワーの音が止まり、少々あたふたする。
 
「えっと……えーっと……ごみ」
 と、食べ終えたお弁当の容器を買い物袋に入れる。ヴァイスのお弁当は冷蔵庫に入れておいた。飲み物だけはベッドの棚に。
 
ふと、外の天気が気になって窓際に移動した。閉められていたカーテンを開けて外を見遣ると部屋の明かりが窓に反射して見えづらかったが、下の街頭の明かりに映し出された雪を確認することが出来た。
 
ガタン、と大きな音がして振り返ると、風呂から上がったヴァイスがふらついてガラスドアに寄りかかっていた。アールは慌てて駆け寄ろうとしたが躊躇した。いつも束ねていた髪はほどかれ、バスローブ姿だったからだ。
 
「あ……えと……だい、大丈夫?」
 と、アールはシドロモドロに近づき、視線を逸らしながら手を貸した。
「熱が上がったようだ……」
「39度から?! 死んじゃう!」
 ヴァイスはアールの手を借りずにベッドまで行こうとしたが視界が歪み、後ろへと倒れかけたのをアールは両手を伸ばして小さい体で支えた。
「重っ……」
 アールを下敷きに倒れかねないと思い身体の向きを変えて足を踏ん張り、壁に片手をついた。
 
アールは壁とヴァイスの間に挟まれ、硬直した。バスローブを着たヴァイスの胸元が目の前にある。お風呂上りの熱と香りに心臓がバクバクと鼓動を速めた。
 

 
「アール」
「あ……あの……」
 見る見る顔がのぼせていくアールに、男としての悪戯心が騒いだ。
「顔が赤いが」
「や……あの……」
 アールはドッドッドッと叩くような鼓動に息苦しさを感じて胸を押さえた。
「お前も熱でもあるのか?」
  
ヴァイスはもう片方の手を壁につけてアールを見下ろしたとき、アールは腰が砕けたように力なくへたり込んでしまった。
そのあからさますぎる動揺に、ヴァイスも困惑した。
 
「……正気か? 動揺しすぎだ」
 と、上から手を差し出すと、アールは震える声で言った。
「ち……ちち、ちかっ……近いっ!」
「…………」
 

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