voice of mind - by ルイランノキ


 一日三秋18…『羞恥心』

 
電話を切ったルイは、ため息をこぼした。
 
「お風呂に入りますね。アールさんたちは近くのホテルに泊まるそうです」
「ふたりで?!」
 と、カイ。
「えぇ。ヴァイスさんの体調が悪いようですし、帰りの交通手段はもうありませんからね」
「ふたりきりでアールが看病してんの?! なんて羨ましいんだ! こっちはルイなのにぃ!」
「僕ですみません……。朝の6時にチェックアウトだそうです」
 と、シキンチャク袋から着替えを取り出した。
「い、一夜をアールとふたりで過ごすの?! 男と女が……20代の大人の男と女が! 邪魔になるスーちんさえもいない、れっきとしたふたりっきり!」
「……よしてください。妙な妄想は」
 と、浮かない表情のルイは風呂場へ向かう。その後ろをカイはついてゆく。
「ルイは平気なのっ?!」
「なにがです? 脱ぐので出て行ってください」
「俺やだよぉ……『ヴァイス先にお風呂入る?』『いや、お前が先に入れ』みたいなやりとりぃー。絶対するじゃーん……その後なにもないとしてもさぁこのやり取りってさぁ、嫌でも連想するじゃーん……男なら連想するじゃーん……」
「出て行ってください……」
 と、ルイはカイを脱衣所から追い出し、ドアを閉めた。
 けれどカイはドア越しにまだうだうだ言っている。
「大人な展開にならなくてもさぁ、意識はするじゃーん……ふたりきりだったら意識するじゃーん……子供じゃないんだからさぁ……」
「二人に限ってそんなことはありませんよ」
 と、脱衣所から声がする。
「わっかんないじゃーん……ルイだって意識するくせにぃー…」
「…………」
「え、ルイも意識すんの? 同じ状況だったら」
「しませんよ。お風呂に入りますから、カイさんはもう先に眠っていてください」
「先に眠っててっていうセリフも男女だったら卑猥に聞こえる……」
「…………」
「俺今日は眠れない! もう沢山寝たのもあるけど、アールとヴァイスが二人きりでホテルに泊まっているなんて考えたらもう眠れないよ!!」
 
しかしルイが風呂から上がるとぐっすり眠っていたことは言うまでもない。
 
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アールは部屋の前で立ち尽くしていた。あんなにも抵抗なくヴァイスを“連れ込んだ”部屋も、そういうホテルだと知った途端にこのドアに触れることを躊躇させる。
 
「……知らない。知らない。私は知らない。気づいていないおバカさん。──よし。」
 と、ドアノブに手を伸ばすも、すぐに引っ込めた。
 
──ヴァイスは私がラブホテルだと知っていて連れ込んだと思ってないだろうか。フロントの女性は普通なら気がつくと言っていたし。もしも私がそういうホテルだと知った上で連れてきたと思われていたとしたら……? そういう行為を望んでいると思われてはいないだろうかっ!!
 
アールはドクドクと動揺する胸を押さえ、羞恥心で死にそうになった。
 
「……さいあくだ」
 
コツコツと廊下から足音が聞こえた。カップルが歩いてくるのが見える。気まずい!アールは逃げるように部屋のドアを開けた。
 
「あ……」
 勢いで入ったものの、ベッドに座っているヴァイスと目が合って心臓が飛び上がった。
「た、たたた、ただいま……」
 と、声が上ずる。
「…………」
「お風呂……お湯溜まったかなーって」
 と、買い物袋を持ったまま風呂場を覗き込む。まだ湯船の半分しか溜まっていない。──気まずい!
「寒かっただろう?」
 と、ヴァイスの低い声にびくりとする。ヴァイスはスーツのジャケットを脱いでいた。
「あ、うん、でも、そんなにっ、寒かったけどコート着てたから言うほどあれじゃないけど一応熱冷ましの薬買って……体温計あったし!」
 と、文法がめちゃくちゃだ。
 なるべく目を合わさないようにしているアールを見て、ヴァイスは“気づいた”のだと察した。
「…………」
「熱、とりあえず熱測ってね」
 と、目も合わさずに体温計を渡してお弁当を取り出したが置くところがない。
「テーブルないのかぁ……そこでいっか」
 と、ベッドの枕元の棚の上に置いた。
 ヴァイスは例のものを隠しておいてよかったと心底思いながら体温計をくわえる。
「お、お湯溜まるのおっそいね……」
 と、また風呂場に移動。ヴァイスに背を向けて浴槽にお湯が溜まっていくのを眺めた。気まずくてしょうがないのだ。
「…………」
 ヴァイスの体温計が鳴り、確認すると39.7度もあった。アールを見遣るが、体温計が鳴ったことに気がついていないようだ。
「…………」
 ヴァイスがベッドから立ち上がると、ベッドが軋む音にアールがまるで警戒するように振り返った。
「39.7度だ」
 と、アールに歩み寄らず、その場で体温計を見せた。
「あ……え? 39.7度?! 死んじゃう!」
「いや……死にはしないが……」
 アールは慌てて買い物袋から飲み物と熱冷ましを取り出して渡した。
「ハイマトス族って平熱何度なの……? 私平熱36度もないから39.7度なんて死んじゃう!」
「大丈夫か……?」
 平熱が36度も無いとは。
「早く!」
 と、アールはヴァイスの手から薬を奪って箱を開けた。
「あ、頭痛いんだよね? ルイからいつも貰ってる頭痛薬もあるけど、熱があるときは熱冷ましのお薬優先でいいのかな。いい? それで平熱いくつなの? 市販のお薬効く?」
「問題ない」
 と、薬を受け取って口に運ぼうとしたがアールがその腕を両手でがっしりと掴んだ。手に持っていた薬の箱が床に落ちた。
「ちょっと待った!」
「…………」
「ちゃんと説明書読まなきゃ! 食後かも!」
 と、箱を拾い上げる。
「細かいな……」
「薬は飲み方間違えたら大変なんだから!」
 と、箱の中に入っていた説明書を取り出して広げた。
「やっぱり食後だ……先にお弁当食べれる?」
「食欲が無い」
「じゃあせめてから揚げ一個!」
 アールは気まずさも忘れて割り箸を出してお弁当からから揚げ一個つまむとヴァイスの口に運んだ。
「…………」
 それから水が入ったペットボトルの蓋を開けて差し出した。
 ヴァイスはから揚げを飲み込むと、やっと薬を服用した。
「朝食べれそうだったらお弁当食べてね」
「あぁ」
「…………」
「…………」
 アールは説明書を箱に戻しながら、再び訪れた気まずい空気を感じていた。
 互いに立ち尽くし、ヴァイスはもう一度水を飲む。
「あの……ヴァイス……」
 散々迷ったが、勘違いされていたら死にたいと思ったから誤解は解いておくことにした。
「なんだ」
「こ……ここ……ふ、ふつうのホテルじゃなかった……」
 と言ったアールの顔が茹蛸のように真っ赤に染まった。
「そのようだな」
 そんなアールの心境を察して、なるべく冷静に答えた。「気にするな」
「し、知らなかったの……ほんとに……信じれないと思うけど……ほんと知らなくて……」
「無邪気にどの部屋もお洒落だと言っていた時点で気づいていないことはわかっていた」
 と、ベッドに戻る。「あのまま外をさ迷うよりいい」
「…………」
「…………」
 ヴァイスはベッドに腰掛けてアールを見遣ると、顔が絵に描いたように真っ赤だった。そんなアールに心がくすぐられる。
「安心しろ、手出しはしない」
「そ、そそ、そんなのわかってる大丈夫ヴァイスがそういう人だなんて思ってないからただその……あの……」
 
あまりにも取り乱しているアールを見て、からかいたくなってくる。シドがしょっちゅうアールをからかっていた気持ちがわかる気がした。
ヴァイスはベッドから立ち上がってアールに歩み寄ると、アールは身を強張らせておもしろいほど動揺した。
 
「先に入るが……いいか?」
「え? ……あ、うん、か、カーテン閉めてね! 私お弁当食べるから!」
 と、慌ただしくヴァイスから離れた。
「…………」
 ヴァイスは微かに笑って、風呂場に向かった。
 

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