voice of mind - by ルイランノキ


 一日三秋8…『異性』

 
「是非、行ってきて下さい」
 と、喫茶店にいたルイは笑顔で言った。
 
カイは椅子の上で横になって眠っている。
 
「でも本当に私たちだけ、いいの?」
 と、アールはカイの足を折り曲げて座るスペースを確保し、腰を下ろした。
「えぇ。僕はまだカイさんが心配ですし」
「お薬は飲んだんでしょ?」
「はい。薬を飲んだあとすぐに眠ってしまったので」
 
ヴァイスはアールがカイの隣に座ったので、ルイの隣に腰掛けた。
 
「電話で言ってた宿ってもう予約したの?」
 この後の予定を一度ルイに電話をして訊いていた。カイの体調も心配だからと宿を取ることにしましたと話していた。
「いえ、まだ。これから向かいましょうか。アールさんたちも夜まで時間がおありでしょうし」
「カイ起こす?」
「えぇ。もしまだ頭痛がするようでしたら僕だけ行ってチェックインしてきます」
「カイ、起きて」
 と、わき腹をくすぐると、カイはガバッと起きた。
「早い……」
 ルイは驚いた。
「頭痛はどう?」
「グワングワンする……」
 と、テーブルに伏せた。
「宿とるから、移動しよ?」
「アールおんぶして」
「やだ。」
 
ルイはカイの頭痛が落ち着くまではあまり動かないほうがいいと判断し、自分だけ宿へ向かって部屋を取りに行った。
 
「アールが添い寝してくれたらこの頭痛も治ると思うんだ」
「なに言ってんの」
「じゃー頭撫でて」
「…………」
 アールは仕方なく軽く3回ほど撫でた。
「その躊躇しないのつらい」
「意味わかんない」
「異性として見ていない証拠だ」
「…………」
 
おもしろいな、と、アールは思った。確かにそうかもしれない。あくまで人によることだけれど、私は好きな人ほど近づくだけで緊張して、触れるなんて以ての外だ。異性として見ていない人ほど簡単に触れることが出来る。そこに緊張感がないからだ。
 
「あ、でも、シドには躊躇するけど」
「シド好きなの?!」
 と、伏せていた顔を勢いよく上げたため、ガンガンと頭が痛んだ。「痛い……」
「そうじゃなくて。躊躇したからといって好きだからとは限らないって事」
「頭痛い……」
「シド怖いもん」
「今更ぁ? いつも言い合ってたくせにぃ」
「野良犬の大型犬っぽい。触ろうとすると急に吠える、みたいな」
「あぁ、そっか。わかるー…」
 と、カイはまたテーブルに伏せた。
「カイは小型犬」
「じゃあもっと触って」
「ルイ宿取れたかな?」
 携帯電話を見遣り、誰かから連絡が入っていないかを確かめた。
「ヴァイスんは? 躊躇する?」
「…………」
 
誰からも連絡は来ていなかった。
 
「聞いてる?」
「ヴァイスは唸るでしょ?」
 と、笑った。「虫ずが走るって。ね?」
 アールはヴァイスを見ずにそう言った。
「…………」
「男はさぁ、好きな子ほど触りたいよねぇ」
 と、カイ。
「…………」
「…………」
 アールとヴァイスはどこか意味深に無言だった。
「え? なんでふたりして無言なの?」
「……男の人も好きな人ほど気安く触れないんじゃないの?」
「なんでさ。俺ちょー触りたいんだけど」
「それって……違うんじゃないの?」
「違うって?」
「んー、どういえばいいんだろう」
「…………」
 カイはシオンを思い浮かべた。
 
きっとシオンに抱きつかれていたら叫ぶほど喜んでいたに違いない。──と、思ったが、小首を傾げた。リアルに想像をしてみる。シドに釘付けだった彼女が自分に好意を向けて抱きついてきたら、と。
 
「……お?」
「ん?」
「お? あれ?」
「え? なによ」
「え? いやいや……ん?」
「なんなの?」
「あぁ! そうか、なんか違う気がする」
「なに? 自己解決?」
 
カイは思った。きっとシオンから本気で抱きつかれていたら。きっと硬直してしまうだろうと。昔はそうだった。好きな子がいて、なかなか手が出せなかった。あれは自分が臆病だったからだと思っていた。シドもそんな俺をダサいと言って笑っていたし。でもいつからか平気になった。いや、さすがに一線を越えるのは今でも戸惑うけれど。
あの時なかなか手が出せなかった子を思う気持ちと、その後出会った女の子たちを思う気持ちはどこか違うような気がする。シオンのときは少し、昔好きな人に抱いていた感情と似ていたような気がした。
 
「アール」
「ん?」
「でさ、俺の頭を撫でるのに躊躇しないのは……」
「うん」
「異性として見ていない証拠だ」
「そう。」
「どうやったらそこまで自分の気持ちを隠し通せるわけ?」
「はい?」
「そんなに俺に対する気持ち、気づかれるの恥ずかしい?」
「どうやったらそこまで自分の考えを押し通せるわけ?」
「どういう意味?」
「めんどくさいからいい。ていうかそういう話はおしまい」
 
シラコさんといい、デリックさんといい、カイといい、入り込んで欲しくない場所に踏み込んでくる。
 
「頭痛い……」
 と、アールは頭を抱えた。
「アールもー?」
「誰かさんのせいでね」
「ヴァイスん?」
「なんでよっ」
 

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