voice of mind - by ルイランノキ


 一日三秋3…『ペオーニア・バラフ城』

 
カイの妄想癖にはうんざりするときがあるけれど、シオンやシドのことで空元気だったカイが自然とまたふざけられるようになってきたのを見てアールはほっとしていた。
シオンの命を奪うことでしか組織から救えなかったことは、今でも酷く後悔している。他に救う方法はなかったのかと、今でも考える。もしも救う方法があったなら、ますます自分をせめてしまうだろうけれど。
それでいいとさえ思う。私は人の命を奪ったことに間違いは無い。この十字架は一生背負って生きるべきだ。過去へ行き、ハイマトス族を殺してしまったことも、忘れてはいない。思い出すたびに心が抉られ、心臓がバクバクと暴れだす。
だけど、それでいい。命を奪ってもなにも感じなくなるほうが怖い。
 
「ちょっと騒がしい森に入るけどこっちが近道だからごめんねー」
 と、一行を連れたスノードームのような車は森の道へハンドルを切った。
 
雪を被った森はただ静かに立っていたが、入り込んだ侵入者を拒むように突然木々を揺らして雪を払うように激しく波うち、ビュオオと強い風で一行を乗せた車を大きく揺らしては吹雪で視界を塞いだ。
猛吹雪の森は叫びの森と呼ばれ、少し手こずったものの、そこを通り抜けると、汚れの無い真っ白い雪の絨毯が広範囲に広がり、その奥には青みがかった白く輝く大きな城がそびえ立っていた。  
 
「わぁ……氷のお城……?」
 と、アールが思わず呟いた。
 
その城の概観は特殊なクリスタルで出来ており、しんしんと降り積もる雪の中で佇む威風堂々たる姿は一件この国の寒さを象徴しているようであるが精妙な装飾やステンドグラスによってほどよく緩和され凛として咲く花の如く繊細で美しい。
 
「叫びの森もバラフ城の敷地内なの」
 ここまで運転を買って出てくれた女性の名はサルジュ、そして一行を空港まで迎えに来てくれたサルジュの娘の名前はオロルといった。
「サルジュさんはバラフ城で働いているのですか?」
「えぇ。夫がバラフ兵でね、私は城内にある庭園の庭師なのよ。たまにこうして人運びもしているのだけど」
「門番とかいないわけ?」
 と、カイ。
「いないわ。許可を得ていない者は叫びの森を抜けられないようになっているから、ここまで入ってこれないの」
 
車を城の正門の前で停車させると、正門の扉が開き、白い毛皮のコートを身に纏ったシラコが迎え出た。
 
「ようこそペオーニアへ。お疲れ様でした」
「ご招待いただき、ありがとうございます」
 と、車から降りたルイは頭を下げた。
「彫刻の展示会は午後1時からとなっておりますので、それまでは城内でご寛ぎください」
 
昔の少女漫画に出てくる王子様を実写化したようなシラコはクリスタルの城がよく似合っていた。薄い金色の長い髪を靡かせながら一行を客間へと案内する。
 
「シラコっちの父ちゃんって国王なんでしょー?」
 と、カイはシラコの隣に歩み寄った。
「えぇ、ご挨拶したいと、後ほど顔を出すとおっしゃっていました」
「シラコっちのママんは?」
「母は用事がありまして……ご紹介できず、申し訳ありません」
「ちぇー。美人なんだろうなぁって思ったのにぃ。妹かお姉さんはいないんだっけ?」
「ナンパしようとしないの」
 と、後ろからアールが注意をした。
「残念ながら兄弟は兄だけです」
 
白で統一された清潔感がある12畳ほどの客間にたどり着き、一同はコの字に置かれた白いソファに腰掛けた。間もなくして女性の使用人が飲み物とおやつを運んできた。その中でも3段のガラスコンポートに盛られたマカロンや一口サイズのケーキやフルーツにカイの目はキラキラと輝いた。
 
「美味しそう!」
 と、アールの目も輝く。
「お好きなだけお召し上がりください。私は父に知らせてまいります。使用人が部屋の外で待機しておりますので、なにかありましたら彼女に」
 と、シラコは客間を出て行った。
「マッカロンマッカロン!」
 カイはマカロンを両手にひとつずつ持ち、大きく口を開けて丸ごと口の中へ。
「アールさんもなにかいただきますか?」
 と、ガラスの小皿があったため、金色のフォークと一緒に手渡した。
「うん、ありがとう」
 アールはケーキトングでチョコレートケーキを小皿に移した。
「ヴァイスさんは?」
「私は結構だ」
「ヴァイスんの分は俺が食う。シドの分も、俺が食う」
 と、カイは口に入れたマカロンを飲み込む前にチョコレートも口に放り込んだ。
「お昼ごはんが入らなくなるので食べ過ぎないようにしてくださいね」
 ルイも小皿にフルーツとケーキをひとつ乗せた。
「シラコさんのお父さんがお見えになったら失礼のないようにしてくださいね」
「ほーい」
 
暫くして、シラコの父、ペオーニアの国王がわざわざ客間に顔を出して律儀にも一行に頭を下げた。アールたちも慌てて立ち上がって頭を下げたが、国の王の貫禄は風貌だけで気高い服装とは裏腹にゼンダと同様、喋ると近所のおじさんのようであった。
 
「シラコは世間知らずなところがあってな。失礼があったら申し訳ない」
「いえ、よくしてもらっております」
 と、ルイ。
「ゼンダは元気かね。城が襲撃にあったと聞いたが」
「はい。まだ解決していないのでなんとも言えませんが……」
「いつでも手を貸すと言っておるんだが、奴は……まだ私を恨んでいるのか頼ろうとはしてこんからな」
「恨む……といいますと?」
「いや、以前パーティで随分綺麗な女性がいたもんだから『今度おじさんと食事でもどうだね』と声を掛けたらゼンダの娘じゃった」
 そう言いながらしゅんとした顔を見せる。
「リアさんですか……」
「リアちゃんかわゆいもん。しょうがないよねぇ」
 と、カイ。
「最後に彼女を見たのはまだ小さいときだったからまさかあんなに美しい女性に成長しているとは思わなくてな。ほら、ゼンダに似てないし?」
「…………」
 ルイは反応に困ってとりあえず笑顔を向けた。
「父さん、そろそろ……」
 と、シラコが空気を読んで父を退室させようと促した。
「おっと、すまないな。マシューの彫刻を見に行くんだったな、趣味の割にはよくできておった。ぜひ堪能していっておくれ」
 
シラコの父が退室すると、アールたちは一斉にソファに腰掛けた。カイの手がまたお菓子に伸びる。
 
「父が失礼致しました」
 と、シラコ。
「いえ。ゼンダさんもそうですが、フレンドリーな方ですね。マシューさんとお会いできるのも楽しみです」
「兄は展示会場におりますので、後ほど改めてご紹介いたします」
 
シラコはルイの隣に座り、ルイから旅の話を聞いた。
アールはケーキを食べて、カットされた桃も頂いた。メロンが目に入るが、手に取ろうともしない。
 
「アールさん、メロンがありますが」
 と、ルイが気を利かせた。
「あ、メロンはいいの……ちょっと食べ過ぎたから」
「なにそれ?! いつの間に俺に内緒で美味しいもの食べたの?!」
 と、カイがお菓子をほおばった頬を膨らませた。
「話すと長くなる」
 アールは苦笑し、紅茶を飲んだ。
「アールさん」
 と、突然シラコは思い出したように立ち上がり「少しよろしいですか」と、部屋の外に出た。
「え……なんだろう」
 アールはオロオロと戸惑いながらシラコを追って部屋を出た。
 
取り残されたルイたちは目を合わせ、小首を傾げた。
 
「なにごと?」
 と、カイ。
「わかりません。なにかあったのでしょうか……」
 

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