voice of mind - by ルイランノキ


 切望維持11…『ルイコン』

 
翌朝、誰よりも早く目が覚めたルイはいつの間にか眠っていた自分に驚いた。そして、眠る直前まで読んでいた本が綺麗に枕の横に置いてあるのを見て、誰かが意図的にそうしてくれたのだと察した。
シキンチャク袋に出しっぱなしだった本と布団をしまったあと、ヴァイスの布団が既に畳んであることに気がついた。彼は外へ出て行ったが、あの後帰ってきたのだろうか。一先ずヴァイスの布団も片づけ、ベッドではアールとカイが静かに眠っているのを確認。携帯電話を開いて誰かから連絡が入っていないかを確かめ、物音を立てないように気をつけながら洗面所へ移動して歯磨きと洗顔を行ってから朝食作りを始める。
部屋に設置されている小さなキッチンで食材の準備をしながら、時折アールとカイに目をやった。起きたら朝食が出来るまでの間、コーヒーでも入れてあげる予定だ。
 
けれど、結局ふたりは朝食が出来ても起きることはなく、ルイは出来上がった朝食にラップをしてメモ用紙に一言書き添えた。
 
《朝食です。お腹が空いたら食べてください。お昼には戻ります》
  
ルイはひとりで朝食を済ませ、自分が使った食器を洗ってから出かける準備を始めた。
服を着替え、二度目の歯磨きも済ませてから、部屋を見渡し、そうだとシキンチャク袋からちゃぶ台を出して壁に立て掛けてから部屋を出た。スマイリーという男性と連絡が取れたため、転送コインロッカーにてお金を受け取る。
 
ルイが部屋を出て行ってから30分ほどして、アールが目を覚ました。まだ眠気が酷く、二度寝をしようかと思ったが美味しそうな香りに体を起こした。大きく欠伸をして、キッチンに目を向ける。キッチンにはドアがないためベッド側から見えるのだが、ルイの姿は無い。隣のベッドでまだ寝ているカイに目を向け、ベッドから下りて洗面所のドアをノックした。返答がない。ドアを開けて確かめたが、ルイもヴァイスもいないようだ。
アールはもう一度大きな欠伸をして、目を覚ますためにも顔を洗った。面倒くさがりのアールは口の中を除菌する液体をコップの水に数滴入れてから口をゆすいだ。歯を磨くのはいつも朝食が終わってからだ。
 
キッチンに入ると鍋に入っているシチューと、お皿に分けられたサラダ、そしてサンドイッチが置いてあった。サンドイッチは卵と、カツサンドと、シーチキンの3種類。シチューはまだ十分に温かかったが、温めなおしながらカイを起こすことにした。お菓子の香りで起きるカイだが、シチューの香りでは起きないようで、ゆすっても起きないのはいつものこと。アールはカイの名前を呼びながら、消臭スプレーを買ったときにバニラの香りにしておけばその香りで起きたのではないかと思った。でも、バニラの香りはあまり好きではない。
 
「カイ。シドんとこ行くんでしょ?」
「んー……」
「朝食出来てるよ」
 と、腕を引っ張って無理やり起こすも、そのまま倒れて眠ってしまう。
「あ、そうだ」
 アールはいたずらっこのような表情を浮かべ、カイから掛け布団を奪うとわき腹をくすぐりはじめた。
「おりゃおりゃ」
「んー……ふふ、あ”−! くすぐったい!!」
 と、体をよじりながら目を覚ました。
「おはよ。朝食できてるよ」
「…………」
 カイは寝ぼけ眼で周囲を見遣り、アールしかいないことに気がついた。しかもくすぐられながら起こされた。そして朝食が出来ているという。
「なにこれ。新婚ごっこ!?」
「ルイが作ってくれてたの」
 と、ベッドルームに運ぼうと思ったが、テーブルがない。しかしすぐにちゃぶ台が壁に立てかけてあることに気がついた。
「運ぶからそこにあるちゃぶ台出しといて」
「出てるけど」
「そうじゃなくて中央に出しといてってこと」
 普通わかるでしょ、と若干イラッとする。「あとカーテン開けて電気つけてくれる?」
「朝からこき使わないでほしいなぁ。ルイは全部自分でやってくれるのにぃ」
 
アールはおたまでシチューを容器に入れようとしていた手を止めた。ルイの存在が自分も含めて彼らをダメにしていると気がついたのである。
 
「ねぇまだー? お腹すいたー」
「…………」
 
アールはルイが用意してくれていた朝食をテーブルに運ぶと、カイはすぐに「いただきます!」と言って食べ始めた。
 
「ねぇカイ。今からなら間に合うよ」
 アールは朝食に手をつけずに言った。
「俺たちの婚姻届け?」
 と、サンドイッチを頬張る。
「違う。ルイに頼らず極力率先して自分であれこれやることを身につけることだよ」
「え、なにそれ考えたくも無い」
「このままじゃ私たちやばいって。ていうかカイ、将来、ルイよりもしっかりしていて頼りになる優しい美女と出会えると思ってる?」
 美女、というのはカイの好みである。
「探せばいるよねぇ」
「いないよ!! 二次元じゃあるまいし!!」
 と、完全否定。
「わかんないじゃないかぁ。夢は持ったほうがよいよアール」
「夢と現実は違うのよ」
 まじめに語る。
「なんか怖いよ」
「カイのためを思って言ってるの。私のためでもあるけど……。ねぇ、ルイの優しさに甘えてそれが当たり前になっていたら、ルイのように優しくてなんでもやってくれる女性じゃないと満足できなくなってしまうかもしれないよ。さっきだって私がちょっと頼みごとしただけなのにルイと比べちゃってさ!」
「あぁ、なんだ、ルイに嫉妬したのかぁ」
 と、笑う。
「そーじゃなくて! このままじゃ私たちダメ人間になるってことだよ! なんでもルイがやってくれるからなにをするにも面倒になっちゃって、ルイみたいな人がいないとなにも出来ない人間になっちゃう! それでもいいの?!」
「臨機応変って言葉知っている?」
「…………」
「人は環境によって変わるものだよ」
 と、カイはお水を飲んだ。
「例えばね?」
 と、アールは深呼吸をして、わかりやすい説明をした。
「掃除機よ」
「へ? 掃除機?」
 カイは首を傾げた。
「スイッチを押せば自動でごみを吸い込んでくれる掃除機があって、ずーっとそれを使っていたのにそれが壊れて新しい掃除機が手に入るまでほうきと塵取りで掃除をしなければならなくなったら面倒くさいでしょう?」
「めんどい」
「それから、洗濯機よ。洗濯機のほうがわかりやすいわ」
「手洗いはちょーめんどい」
「そう、それ! 私が言いたいのはそういうことなの」
「でも電化製品は買えばいいじゃない」
「そうなの。電化製品は買えばいい。でも人は? 買い換える? 今の電化製品のように性能がいい人間なんていないんだから。ルイみたいに完璧な人間なんていないんだから。ルイは奇跡の人間なんだから。奇跡のような人間と出会ってしまったばっかりに、私たちはそれに慣れてしまうと他では満足できなくなってしまうのよ」
 うんうんと自分で頷く。
「あれでしょ? マザコン。ママに頼ってばっかりのやつがいざママなしになったらなにもできないってやつ。俺たちはルイコンだね。ルイコンプレックス」
「…………」
 そっちのほうがわかりやすいな……と、電化製品で例えて熱弁した自分に脱力。
「心配しないでよママ」
「ママ?」
「ルイがいるから甘えてしまうけど、いないときは自分のことは自分でやれるからさぁ」
「……じゃあ自分の食器は自分で洗ってくれる?」
「めんどい」
「なにそれ! ルイいないのに!」
 と、サンドイッチに手をのばした。
「出かけてていないだけで帰ってきたらいるじゃん」
「もういい。私が洗う」
 

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