voice of mind - by ルイランノキ


 身辺多忙20…『今はまだ駄目だよ』

 
シドが眠る病室で、カイは一人、窓の外を眺めていた。
 
「ねぇーシド」
 と、話しかける。
 
ベッドの脇のテーブルには、ルイが用意してくれたおにぎりと飲み物が置かれており、病院内の売店で買ったお菓子も置いてある。足りなければと、お小遣いも封筒に入れて置いていったルイ。
 
「シドがいない間、俺ちょっとつまんなかったんだ。アールや、ルイや、ヴァイスやスーちんがいても、どこかずっと寂しかったんだ」
 ちらりとシドを見遣るが、もちろん反応はない。
「あ! 俺の顔踏んだの覚えてるー? あれ結構痛かったんだからねぇー。でも……腕を斬られた痛みより全然だと思うから、気にしなくていいよ」
 カイはおにぎりに手を伸ばし、かぶりついた。 
「ん、おかかが入ってる……」
 と、味をかみ締める。
「早く目を覚まして、ルイの美味しい料理、また食べたくない? 組織と食べるごはん、美味しくなかったでしょー」
 お茶に手を伸ばして、飲み込んだ。
「アールの……なんだっけ。ほら、みんなで焼いたやつ。なんだっけ」
 再び窓の外を眺めながらおにぎりにかぶりつき、思い出す。
「──あ、おこのみーだ。お好み焼き。あれもさ、またみんなで食べたいねぇ。そういえばアールってレシピ本持ってたはずなのに全然作らないね」
 おかかも美味しいが、海苔を巻いてくれていたらもっと美味しいのに、と贅沢を思う。
「レシピ本って確かシドが選んで買ってきてくれたんだよねぇ。応募ハガキのところが破れててさぁ、アールがふて腐れて。いつまでもふて腐れてるからシドが怒って仕方なく返品しに行ったんだ。懐かしいなぁ」
 と、笑う。
 
どんなに話しかけても、シドから返事が返ってくることはない。
時間を刻む時計の音だけが、カイの言葉が途切れる度に主張する。
 
カイはおにぎりをひとつ食べ終えると、また窓の外を眺めては流れてゆく雲を見遣った。
 
「いつか死ぬのかな」
 と、そんなことを思う。
「俺も、ルイもヴァイスも。でも、今はまだ駄目だよ……。てゆーか!」
 カイは窓を閉めて、寝ているシドに歩み寄った。
「アールが元の世界へ帰るのを見届けるまでは、死んじゃだめだよ。ちゃんと、ありがとうって言って、幸せになってねって言って……笑顔でお別れしなきゃ……アールが安心して帰れるように」
 
時計の音が虚しく時を刻む。
 
「ちゃんと見届けようよ……この世界の未来と、アールの勇姿をさぁ」
 みんなでその日を迎えたいと切に思う。
「んでさ、国からお礼の大金貰って俺おもちゃ屋開くから遊びに来てよ。それか一緒にアイドルする? あ、シドはアイドルって感じじゃないか……。バンドにする? アイドルバンド! いいかもしんなーい! 俺メインボーカル。シドはギターとドラムどっちがいい? ギターとか繊細っぽいからドラムのほうが似合うかもしれないねぇ。ヴァイス誘う? ヴァイスは……ベースだよねぇ。そしたらルイは絶対キーボードじゃん。イケメンアイドルバンドの──」
 
頭の中で、リアルな妄想をした。妄想は得意だった。きっとシドはライブの日にも遅れて来るんだ。ヴァイスもそう。ルイだけは時間を守って来てくれて。ヴァイスはぎりぎりになって少し面倒くさそうにベースを持つ。ライブが始まって、2曲くらい終わってちょっと休憩でお客さんとの会話を楽しんでいるときにシドがやって来るんだ。片手にドラムスティックを持って。こう言うのだろう……。
 
『片腕しかねぇのになんでスティックが2本あんだよ』
 
「…………」
 カイは寝ているシドの腕を見遣った。
「……足の指で挟んでドラム叩く?」
 と訊いてみる。
 
もちろん、つっこみも返っては来なかった。
 

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©Kamikawa
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