voice of mind - by ルイランノキ


 身辺多忙19…『陽月の恋人』

 
この世界で年を重ねた陽月は69歳で亡くなったと言っていた。相手の男性の年齢はわからない。似顔絵を見る限りでは10歳以上の年の差があるようには見えない。あったとしてもせいぜい5歳くらいだろう。相手の男性が70歳前後だとして、彼はまだ組織にいるだろうか。調べる方法はあるだろうか。シドが目を覚ましたら訊いてみようと思った。
 
アールとヴァイスは店を出て、ホームに向かった。またあの満員列車に押し込まれると思うとため息が出る。
 
「ねぇヴァイス。陽月はこっちの世界に来たとき、既に妊娠していたの。その相手が似顔絵の男性だとしたら……組織の人間が私の世界に来ていたってことになるよね?」
「…………」
 ヴァイスは話を聞きながら、頭の中で考える。
「お付き合いしていたその男性は突然消えたって言っていたし。それで陽月は途方に暮れて……。普通に考えると、私がこっちの世界に来る前に、こっちの世界の人間が私の世界に来ていて、陽月と出会って恋に落ちた……ってことだよね」
「そうだな」
「仮にそうだとして、じゃあ何しに私の世界に来たの? なにか用がない限り別世界に行ったりしないよね」
「…………」
「もうひとつ考えたのは、相手の男性も元々は私や陽月がいた世界の人間だったってこと。なんらかの理由でこっちの世界に呼ばれて、組織の人間になった」
「腕に属印があった。出会ったときには既にあったと思われる。後者であるならお前の世界からなんらかの理由でこっちの世界に呼ばれ、組織に入ってまたお前の世界に戻って陽月と会い、またこっちの世界に戻ったことになる」
「そっか……そんな何度も行き来できるものとは思えないね。どっちにしても、理由がないと。それに……誰が別世界への扉を開けたの?」

私が知っているのは
私をこの世界へ呼び寄せたのはギルトという男。
 
ギルトはそれよりも前に一度別世界への扉を開けていたのだろうか。いや、陽月の年齢を考えても、それはない。陽月がこっちの世界に来たのは21歳の時で、亡くなったのは69の時。少なくとも50年以上は前になる。ギルトの年齢はいくつだろうか。
 
私がこの世界へやってくる前から世界はどこかで繋がっていた。
 
「頭おかしくなりそう」
 と、アールは立ち止まり、ノートを取り出して整理するようにメモを取った。
 
デリカ町からリトナ街へ戻る列車は行きよりもかなり空いていたが、それでも座れる場所はなかったし、乗り合わせた人との密着は避けられなかった。けれどもここでもヴァイスはアールを動揺させた。窓際に移動し、彼女の前に立って押しつぶされないようにと身体を張ったのだ。それも少女マンガなどでよく見かける“壁ドン”状態で。
 
「あ、ありがとうございます……」
 助かるけど、向かい合わせは気まずい。窓の外を眺めた。
 
しかし列車は森の中走っているため、木々が通り過ぎていくばかり。それを見ていると酔いそうになる。結局内側を向いて、視線を落とした。
 
「大丈夫か?」
 と聞かれ、アールはコクコクと頷く。
 
列車に揺られていると、アールの携帯電話が鳴った。マナーモードにしていなかった!と焦るものの、周囲を見れば普通に電話をしている人やぺちゃくちゃと大声で話している人もいる。
画面を確認すると、ルイからだった。
 
「電車の中って電話していいの?」
 と、念のためヴァイスに訊く。
「……あぁ」
 近距離で見上げられたヴァイスは視線をそらした。
「もしもーし」
 と、少し声を張る。
『アールさん、今どちらですか?』
「電車の中。戻ろうかなって思ってたとこ。なにかあった? シド起きた?」
『いえ……残念ながらまだ。先ほどニッキさんから連絡がありまして』
「ニッキ……」
 父の顔にそっくりな人だ。そう思い、ハッとした。シオンは久美に似ていたが、写真で見ると全くの別人だった。もしかしたら彼も……。
『魔物が街に入り込んだようで手を貸してくれないかと』
「え?! 大変じゃない……」
『なので僕はこれから行ってこようかと思います。カイさんは病院に残るそうです』
「ひとりで大丈夫? 無理しないでね」
『えぇ、ありがとうございます。またご連絡いたします』
 と、電話が切れた。
 
アールはルイからの電話の内容をヴァイスに伝えた。
 
「ニッキさんって……なんていう街にいたかな」
「キャバリ街だ」
「そっか」
 と、考え込む。
「行くか?」
「……確かめたいことがあって」
「付き合うぞ」
「ありがとう」
 と、笑顔を向ける。
 
「ちょっとやめてよー」
 と、アールの隣にいた女性が目の前にいる男性に向かって言った。
「いいじゃん」
 と、男性は女性にちょっかいを出そうとしている。
 
痴漢かと思ったが、女性は笑顔だった。横腹を突き合い、なんとも楽しそうである。
 
「変なとこ触んないでったらー」
「触ってないし」
「触ったじゃん今ー」
「どこを?」
「どこってー言わせようとしてるでしょー」
 
「…………」
 アールは気まずそうにカップルに背を向けた。
 
「ちょっと近いからぁ」
「しょうがないだろ、人多いんだし」
「もっと後ろ行けるでしょー?」
「んー無理」
「嘘ばっか」
「嘘じゃないし。お前が俺を惹き寄せるんだろう?」
「やだー」
 
──ヤなのはこっちだ。と、アールは思った。
イチャイチャがヒートアップするのを背中で感じながら早く着かないかなと思う。
 
ヴァイスも同じ思いであった。
 

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