voice of mind - by ルイランノキ


 身辺多忙15…『会話』

 
アールとヴァイスは一旦モーメル宅に戻った。アールはモーメルにモチキジを渡して、携帯電話を見遣った。まだ、エイミーからの折り返し電話はない。
 
「すまないが少し留守番を頼めるかね」
 と、モーメル。
「お出かけですか?」
「1時間ほどで戻るよ」
 と、部屋の端に置いていた紙袋を持ち、出て行った。
「最近モーメルさん忙しそうだね」
「あぁ」
 二人はダイニングテーブルの椅子に座った。
 
なにもすることがない。飲食したばかりで飲み物を用意する気にもなれないため、テーブルの上で伸びて眠っているスーを眺めた。時間が過ぎて行く。
 
「ヴァイスは……シドのこと心配してる?」
「……どうだろうな」
「あまり興味ない?」
 と、少し寂しそうに訊く。
「いや、そういう意味ではない。奴のことだから心配はいらないだろう、という意味だ」
「なるほど」
 と、笑顔が戻る。「私も」
 
アールは眠気を感じて欠伸をし、テーブルに顔を伏せた。
 
「ヴァイスも欠伸したりする?」
 と、時間潰しにどうでもいい会話をはじめる。
「ハイマトス族も欠伸はする」
「ふふふ、ごめん。欠伸するイメージないから。ヴァイスもルイも」
「…………」
「うとうとしたりする?」
「時にはな」
「ふーん。イメージできないや」
「…………」
「ヴァイスもたまには話題探してなにか訊いてよ」
 と、ネタ切れ。
「…………」
 ヴァイスは少し考えた。急に言われてもな、と思う。話題を作るのは苦手だ。
「私に興味ない? ……あ、変な意味じゃなくて」
「訊かれたくないのではないか?」
「……気を遣ってくれてるんだ。好きな食べ物とかなら答える」
「メロンだろう」
「そうだけど。でももうしばらくメロンはいいや」
 と、テーブルに伏せたまま笑う。
「ヴァイスはお豆腐でしょ?」
「あれは冗談だ」
「え、わかりずら……」
 と、顔を上げる。「じゃあなにが好き?」
「…………」
「ヴァイスってあまり食に興味が無い人?」
「どうだろうな」
「もう。それ口癖?」
「…………」
「今またどうだろうなって言おうとしてやめたでしょ」
「見透かされているようだな……」
 
アールは笑って、また欠伸をした。
 
「寝不足か?」
「ちょっとね。多分みんなもそうでしょ? 色々ありすぎて……」
 と、あることを思い出し、表情が曇る。
「どうした」
「……シオン、覚えてるでしょ?」
「あぁ」
「カイがシオンの写真を撮ってたんだけど……私が見ていたシオンとは別人だったの」
 と、アールはカイに写真を見せてもらったときのことを詳しく説明した。
「…………」
 ヴァイスは話を聞きながら、怪訝な表情を浮かべる。
「変だよね……やっぱ私どっかおかしいのかな」
 と、また顔を伏せた。
「…………」
 
モーメルの家はとても静かだった。周囲に他の家は無いし、人も通ることが無いため、誰もしゃべらなければしんと静まり返る。アールはその静けさに眠気が強くなってゆく。
 
「……婚約者は」
 
ヴァイスが口を開いて言った言葉に、アールの眠気は一気に覚めた。
 
「どんな男だ」
「…………」
 アールは顔を伏せたまま、目を開けている。
「……なんで?」
 と、間を置いて聞き返した。
「興味がある」
「…………」
「…………」
 
アールの脳裏に雪斗の顔がぼやけて浮かんだ。いつまで経ってもくっきりしない。
 
「ゲーム好き」
 と、答えた。
「…………」
「…………」
「カイに似ているのか」
「ううん」
 と、微かに笑う。「あんなにぶっとんでない」
「…………」
「……それにみんなみたいに強くもない」
「…………」
「みんなと比べたらひょろひょろだよ」
「…………」
「強くある必要なんてないから。なにかと戦う必要ないからね。魔物とかいないし。襲ってくる野生の動物と出くわすことも滅多に無いし」
「敵は魔物だけではないだろう」
「……世の中には変な人もいるけど、襲われることも滅多に無いよ」
「それでも大切な人を守るには強くあるべきだと思うが」
「…………」
「…………」
 
アールはむっとした表情で顔を上げ、ヴァイスを見遣った。
 
「いざというときは助けてくれるような人だよ」
「勝てる強さを持っているのか」
「勝てるかはわかんないけど……」
「自分を犠牲にする強さか」
「……こっちの世界と向こうは全然違うの」
「そのようだな」
「…………」
 アールは腑に落ちない様子で大きくため息をついた。
「さっきからなんか感じ悪い……」
「気のせいだ」
 と、立ち上がる。
 
ヴァイスは二階への階段を上がってゆく。アールも立ち上がり、ヴァイスの背中に向かって言った。
 
「言いたいことあるならはっきり言ってよ答えるから」
 
なにか、雪斗のことで誤解されているような気がした。頼りなさそうな奴と思われてはいないだろうかと、不安になる。もっといいところばかり言えばよかったと後悔した。
 
「…………」
 ヴァイスはなにも言わずに階段を上がって行った。
 
二階に用事など無いはずだ。自分との会話が嫌になって上がって行ったに違いなかった。
 
「私の世界だけど、普通に生活していく上で危険なものなんてほとんど無いの。だから体を鍛える必要なんてなくて」
 と、階段を上がってゆく。
「体鍛えてる人もいるけどなにかと戦う為じゃなくて、ほとんど自己満足っていうかッ──わ?!」

アールは次の段差に躓いてガグンと膝をついた。その瞬間にバランスを崩して体が真後ろへと倒れかけたので咄嗟に手すりに手を伸ばしたが間に合わず階段下へ頭から落下した。

「きゃあぁ!!」
「──?!」
 ヴァイスが慌てて階段へ駆け寄ると、階段から転げ落ちたアールが床の上でうずくまって頭を抑えていた。
「アールッ!」
 階段を駆け寄り、抱き起こした。「大丈夫か?!」
「だから……とにかく……その、そういうことだから」
 と、まだ話を続けた。
「頭を打ったのか? 痛むか?」
「どこまで話したっけ……?」
「お前が婚約者を思う気持ちは理解した」
 ヴァイスはアールを抱きかかえて階段を上がると、二階の一室にあるベッドに寝かせた。
「頭痛い……」
「氷を持ってこよう」
 とヴァイスは階段を下りて行った。
 
ガンガンと痛む頭を抑えていると、携帯電話が鳴った。痛みに顔を歪めながら画面を見遣ると、エイミーからの電話だった。
 

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©Kamikawa
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