voice of mind - by ルイランノキ


 身辺多忙5…『お見舞い』

 
アールたちがモーメル宅を出た後、スーは水から出ると体をぶるぶると震わせて水気を払い、テーブルの上からモーメルを眺めた。
 
「行かなくてよかったのかい」
 モーメルはスーの視線に気づいてそう尋ねた。
 
スーはテーブルを下りて床を飛び跳ね、モーメルの足元に移動した。
 
「あたしに用があるようだね」
 スーはパチパチと拍手をした。
「なんだね。しゃべれるようにしてほしいのかい?」
 スーはバツをつくった。
「……あんたも、強くなりたいのかい」
 スーは高速拍手をしてその思いを伝えた。
「魔物の強化はいくら国家魔導師とはいえしてはいけないんだよ」
 スーは悲しげに視線を落とした。
「もっとあの子達の力になりたいようだね。自分の不甲斐無さでも感じたかい」
 
モーメルは紅茶を飲み干し、スーを見下ろした。
 
「スライムであるお前にしか出来ないことは沢山ある。これまでもあの子達の力になってきたんだろう? 胸を張りなさい。もっと力になりたいと思うなら、頭を使いなさい」
 スーは丸い目をぱちくりとさせた。
「頭を使えるようになると、やれることも増えてくるものさ」
 
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病室に入ると、シドが眠っているベッドの横でドア側に背を向けるように座っているルイの姿があった。その背中はいつも冷静で姿勢正しいルイにしては丸く、頼りなさげで、寂しそうに見えた。
 
「ルイ」
 と、アールが声を掛けると、今気づいたのかルイは驚きながら振り返った。
「いらしたんですね、すみません、ぼーっとしておりました」
「シドの様子はどう?」
「ずっと、眠っています」
 アールとカイはベッドに近づいてシドを見遣った。
 
ヴァイスはルイの斜め後ろに立った。そんなヴァイスにルイが言った。
 
「また来てくださったんですね」
「あぁ」
「シドぉ……」
 カイはシドの名前を呼んで体を揺さぶったが、反応は全くない。
「カイさん、座りますか?」
 と、ルイが立ち上がる。
「アールさんは?」
「私はいい」
 
カイは椅子に座り、シドに近づけるだけ近づいた。そして、つい、手に触れようとしてそこに腕が無いことに気づき、言葉を失った。肩から先が何重にも巻かれた石膏包帯で覆われている。
 
「ごめん……シドごめん……」
 カイは掛け布団をにぎり、肩を落とした。
「カイさん……」
 ルイはカイの背中をさすった。
 
アールはポケットに入れていた携帯電話で時刻の確認をした。
 
「ルイ、今ゼフィル城ってどうなってる?」
「え、ゼフィル城ですか? ……第二部隊に襲撃されたあと、場内の修復や新たな兵士の派遣、それから迷宮の森に残っているエテルネルライトの管理等でまだ慌しいのではないでしょうか」
「そっか……」
「どうかしましたか?」
「シドの家にあったタケルの私物、棺に戻しておこうと思って。それと、タケルが使ってた武器をモーメルさんのところへ持っていきたいの。前にモーメルさんがタケルのアーム玉を装備してくれるって言ってくれたから」
「なるほど……以前アールさんが使っていた武器にクロエが宿っていたように、タケルさんの思いを剣に宿す、ということですね」
「うん」
「その武器はアールさんが使うのですか?」
「…………」
 アールは眠っているシドを眺めた。
「本当はシドにって思ってたけど、なかなか起きないようなら私が」
 と、微笑する。
「そうですね。……きっと、シドさんも喜ぶでしょうね、タケルさんがまた仲間になったと知ったら」
「コテツくんにでも連絡して城の様子訊いてみる。行って迷惑じゃなさそうならちょっと行ってくる」
「お一人で、ですか?」
「うん。用が済んだら連絡するね」
 
アールはそう言って、カイのことを気にかけながらも病室を出た。すぐにコテツに電話を掛けようと思ったが、通りかかった看護師に電話は外でお願いしますと言われてしまった。
廊下を歩いていると後ろからコツコツと音がする。足を止めて振り返るとヴァイスが立っていた。
 
「ルイに頼まれたの?」
「あぁ」
「子守役は大変でしょ」
 と、笑いながら歩き出す。
「…………」
「城に行くだけなのに」
「…………」
「一人で行かせるのが心配って、ほんとルイは心配性だよね」
「…………」
「私大人なんだけど」
「…………」
「心配かけてばかりだから仕方ないかな」
 
病院を出て、コテツに電話を掛けた。なかなか出なかったため、忙しいのだろうかと電話を切ってゼフィル城へ向かうか迷っていると、コテツから折り返しの電話がかかってきた。
 
『すみません、少し手が離せませんでした』
 と、少し早口で言うコテツは忙しい合間を縫って電話をかけてくれたようだった。
「ううん、忙しいときにごめんね。まだ城のほうは大変なの?」
 と、ゼフィル城の状況を聞き、タケルの私物について話した。
『だいぶ落ち着いてきましたので大丈夫だと思いますよ。なんでしたら僕が出迎えますが』
「ありがとう。じゃあ今から行くね」
『お一人ですか?』
「あ……ううん。ヴァイスが一緒」
『ヴァイス……さん? あ、ハイマトス族の』
「あそっか、会ったことないんだったね」
『皆さんは今どちらに?』
「…………」
 アールはシドのことを話すべきか迷った。いずれは耳に届くだろう。
『もしもし?』
「ちょっと、病院」
『病院?』
「会ったら詳しく話すね」
『……わかりました。お待ちしております』
 
アールは電話を切って、ヴァイスを見上げた。
 
「ヴァイスって……ゼフィル城に行ったことあったかな?」
「いや」
「そうだよね。じゃあリアさんとか会ったことないよね」
 二人は会話をしながらゲートボックスへ向かう。
「王女か。会ったことはないな」
「あのね、超綺麗なの! ゼンダさんに似てないの」
「…………」
「ゼンダさんの奥さんは見たことないんだけど、きっとリアさんはお母さん似なんだと思う」
「…………」
「惚れちゃダメだよ?」
 と、冗談で言うと、ヴァイスは微かに笑った。
「明るいな」
「え?」
「カイは沈んでいたが」
「……だって、私まで沈んだらダメだよ。カイも気にするだろうし」
「そうだな」
「それに、シドはきっと大丈夫。じっとしてるタチじゃないから、突然バッて起き上がって、『魔物はどこだ魔物斬らせろー!』って叫ぶよ」
「想像できる」
「でしょ? 『まだ動いてはダメですよ!』ってルイが言うんだけど『寝すぎて体がなまっちまったじゃねーか!』って。『刀持って来い!』って言うの」
「目に浮かぶようだ」
「ずーっと寝てるなんて、シド自身が許さないよ」
 
このまま目が覚めないで、世界の行く末を見届けないで、彼の人生が終わるなんてことは、絶対にない。そう思えるのは、シドの強さを信じているのと、私が心から彼を必要としているからだ。
私を支える光のひとつ。絶対にこんなところで消えたりはしない。
 

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