voice of mind - by ルイランノキ


 有為転変18…『異性関係』

 
『もしもし、ご連絡が遅れてすみません。モーメルという方の名前を伝えたところ、あなたに会いたがっています。これから言う病院まで来ていただけますでしょうか』
 
残念ながらその電話を貰ったとき、ギップスは病院とは反対方向にある自宅へ向かっていた。ソリはルートが決まっているため途中で降り、あまりの寒さに咳き込みながら徒歩で向かっていたが、運よく通りかかった若い男に声を掛けられて自家用ソリで病院まで送ってもらえることになった。
 
「見ず知らずの私にここまでしてくださるとは、感謝致します」
 と、ソリに乗り込む。
 自家用ソリを引くのは4匹の狼だった。
「良いってことよ。昔この辺で人が倒れていて助けようと思ったんだが手遅れだった。それが心残りで困っている人を見かけたら放っておけないんだ」
 20代半ばの男はそう言って手綱を引き、ソリを走らせた。
「そうでしたか。ありがとうございます」
「ま、それにちょうど俺もそっち方面に用があったからな。本当は明日行く予定だったんだが、用を済ませるなら早いほうがいい」
「どういった御用が? 差し支えなければ……」
「いやぁ……見合いの話が来ていてね」
「お見合いですか」
「あんたがこれから向かう病院の近くに俺の実家があるんだ。1週間くらい前から見合いしろってうるさくてね」
「お相手の方は?」
「写真があるからとりあず見に来いって言われていてね。それで渋々明日にでも行くかって」
「そうでしたか」
「母親が言うには『おとなしそうでいい人そうよ』って。けっして美人だとか可愛いとは言わねんだ」
 と、笑う。
「美人な方が好みですか?」
「まぁ美人じゃなきゃいけないってことはないが、美人にこしたことはねぇのが本心だ」
「なるほど」
「兄さんはどういう女性が好きなんだ? 見た感じ……真面目そうだな。結婚は?」
「いや、残念ながらまだ。相手もおりません」
「好きな人は」
「そういうのも長らくいませんね」
「仕事一筋って感じか」
 男はギップスの身なりを確認するように一瞥した。分厚いコートの下にはびしっとスーツを着こなしている。
「今のところは、そうですね」
「どこに住んでるんだ? 田舎か?」
「実家は田舎に。私はゼフィール国生まれです」
「へ?! なんだそうだったのか。ゼフィール国かぁ、いいな。ならここは寒くてしょうがないだろう」
「えぇ、顔の感覚がほとんどありません」
 と、笑う。
「だろうなぁ……ここ数年どんどん寒くなってきてるんだ」
「ほんとうですか」
「困ったもんだよ。──田舎なら、結婚急かされないか?」
「ははは、どこの田舎もそうなんですかね。実家に連絡を入れる度に彼女は出来たのかと聞かれますよ」
「彼女作って親に紹介して安心させてやりたいが、そうもいかない」
「わかります」
「こればっかりはなぁ……こっちばかりがんばってもしょうがない」
「えぇ、本当に」
 と、二人は異性の話で盛り上がる。
 
━━━━━━━━━━━
 
洗濯物や掃除を終えたミシェルは姿見の前で服を選んでいた。出かけると言っても遠出するわけではないしひとりで出かけるのだからお洒落をする必要は無いが、女としてそれなりの身だしなみはしておきたかった。以前付き合っていた男はあまり化粧を好まなかったが、アールにメイクをしてもらってからお洒落のひとつとして休みの日は特に楽しんでいる。ワオンは「すっぴんも可愛いが、化粧をした姿も綺麗だ」と言ってくれている。まだ不慣れなところがあるのと、越してきたばかりでお金に余裕も無いから使うのはスーパーで見つけた一番安い化粧品だ。
 
「よし!」
 メイクを終えて、鞄の中に財布、携帯電話、メイクポーチ、ハンカチとティッシュを入れた。
 
家を出るときは鍵をかける。家の鍵はひとつしかないため、遅くなるときは表札の裏にある隙間に入れておくのだが、今日は遅くても夕方には帰る予定だ。鍵も鞄に入れて、街の商店街へと向かった。
 
ミシェルとワオンの新居は《スタビリタ》という街にある。これといってお洒落な街というわけでもなく、田舎ががんばって都会に近づこうとしている感じが否めない街だが、それがふたりにとってはちょうど居心地がよかった。この街の貸家を紹介したのはワオンの同僚だったトーマスだ。トーマスの兄弟がこの街に住んでいるとのことだった。
この街のゲートから行ける場所が他の街と比べて少なく限られており、アパートの一室程度の広さしかない平屋の家賃は安かった。これも二人がここに決めた理由のひとつだった。
街の中ではワゴンバスが走っているが、自転車で移動する者が多い。ミシェルはまだ自転車を持っていなかったが、先日ワオンがトーマスから引越し祝いはなにがいいか訊かれていると言い、ミシェルは真っ先に自転車!と答えていた。
 
「運動、運動」
 
徒歩で商店街まで行くのは距離があったが、今日はこれといって特に予定も無い。運動がてらのんびり歩いて行く事にした。
途中、子供連れの親子とすれ違い、女の子が「こんにちはー」と可愛らしく挨拶をしてくれた。ほほえましく思い、子供も早く欲しいなとワオンとの子供を思い描く。でも今はまだ難しいかもしれない。ワオンはまだ通院中だった。彼の心の完治が先だろう。
 
「こんにちは」
 と、背後から声を掛けられた。40代半ばの女性が頭を下げた。ご近所さんだ。
「あ、こんにちはー」
「今日はお休み?」
「えぇ、たまにはひとりでのんびり映画でも観にいこうかなと思いまして」
「あら、じゃあここから商店街まで歩いていくの? 若いわねぇ」
 と、驚きながら感心する。
「自転車で行きたいんですけど、持っていなくて」
「あ、それならね、うちにお古があるわよ。お古といってもちゃんと乗れるし、そこまでボロボロじゃないから、自転車買うまでの間でも使う? 貸してもいいし、あげてもいいわよ」
「ほんとですか? 助かります!」
「じゃあ……どうしようかしら。今日使う? 多分長らく使ってないから空気が入っていないと思うの」
「いつでも構いません。嬉しいです」
 と、感激した。
「だったら明日、時間があるときにでもうちにおいで? 自転車出して待ってるから」
「わー、ありがとうございます! あの、おいくらか出しましょうか……」
「なに言ってるの」
 と、笑う。「いらないわよ」
「ほんとですか?」
「どうせ近々処分しようかなって思っていたところでね。実は再来月くらいに引っ越すのよ」
「え、他の街にですか?」
 せっかく親しくなれたのに、と残念に思う。
「村にね。主人の実家があるの。お母さんが倒れてしまって、もう長くないんですって。こっちで同居しないかって話したんだけど、生まれ育った村から離れたくないみたいで。それで相談し合って私たちが向こうで一緒に暮らしましょうってことになったのよ。元々私田舎暮らしに憧れていたから、私自身はなんの問題もないの。畑仕事しながらのんびりするのが夢だったから。ただ、主人のほうがね……そこそこお給料のいい仕事していたから」
「辞めてしまわれるんですか?」
「ぎりぎりまで考えてたんだけどねぇ……。村へ直通するゲートがないし、遠いから行き来するにはゲート費が結構かかるの。息子はここに残りたいって言うし、私だけでも向こうに行くわよって言ったんだけどね……変に優しいところあるから。ひとりだけ行かせられないって」
「素敵な旦那さんですね」
「でも優柔不断なのよ」
 と、笑う。「結局仕事やめたの。今はお引越しの準備中」
「大変ですね……。息子さんはおいくつでしたっけ?」
「今年で17。ひとりじゃなんにも出来ないくせに『もう一人で生きていけるから俺は残る!』って物凄い剣幕で言うものだから、よっぽど村には行きたくないのねって思ったら、昨日けろっと『俺も村に行く』って。どんな心境の変化があったのかしらと思ったわよ」
「考え直したんですね?」
「そうじゃないの。彼女よ」
「彼女?」
「そう。お付き合いはじめたばかりの彼女がいたらしくて、離れたくなかったみたいなの」
「あら……」
「でも振られたみたい」
 と、女性は笑う。「だからやけくそで了承したのよ」
 

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