voice of mind - by ルイランノキ |
本町のゲートから向かった先は、田舎を思わせるとてものどかな町だった。雰囲気は町というよりも村だ。敷地面積で考えると町になるが、人々の暮らしは数十年前から止まってしまっているような雰囲気があった。田畑が一行を向かえ、田んぼ道を歩いてゆく。田んぼに植えてある稲に赤トンボが止まっていた。
「落ち着くー」
と、カイ。
「老後に過ごしたい感じ」
アールはそう言って大きく深呼吸をした。なんだか空気が澄んでいるような気がしたからだ。
「俺と共に?」
「ルイもこういうところ好きでしょ?」
「えぇ、ゆったりとした時間が流れていて、いいですね」
「ヴァイスは好き?」
と、振り返る。
「あぁ」
アールは前方を見遣り、少し距離を開けて先に歩いているシドの背中を見遣った。彼はこんな町、好きではないんだろうなと思う。なにもない、つまらないと思っていそうだ。せめてVRCでもあればいいのだろうが、武器屋らしき店もなさそうだ。
「若いお姉ちゃんいないのは嫌だなー」
と、カイ。
「老人になっても若い子を求めるつもり?」
「わしの若さの秘訣は若いおなごとの交流じゃ」
しわがれた声をつくり、言った。
「あはは、カイのお嫁さんになる人は大変そうだね」
「へ? アールのこと?」
「夫が若い子好きだったらシワが増えるたびに憂鬱になりそう」
「俺アールのシワまで愛する予定」
「そういうのは将来のお嫁さんに言ってあげなさい」
ふと、アールの脳裏に雪斗の顔が浮かんだ。
雪斗は私が年をとって老けてしまっても愛してくれるだろうか。可愛いって、言ってくれるだろうか。やっぱり若い子がいいなって思ってしまうのだろうか。
「共に過ごした年月の分、シワが増えるのは素敵なことだと思いますよ」
と、ルイ。「愛する人が年齢を重ねてゆく姿を傍で見られることの幸せもあると思うのですが」
「よく出来た息子だよ……」
と、アールは涙をぬぐうふりをした。
「息子……?」
「どういう生き方をしたらそんな大人びた考えを身につけられるの? 10代の男の子なんておっぱいにしか興味ないと思ってた」
言いすぎである。
「それあながち間違いじゃない」
と、カイは人差し指を立てた。「1におっぱい、2におっぱい」
「3、4が無くて5におっぱい?」
「おっぱいしかないじゃんそれ!」
と笑うカイに対してルイは少し気まずそうに咳払いをした。
「おっぱいのなにがいいのかわかんない」
「それはアールにおっ……うん、そうか、うん」
「ちょっと! 今なんて言おうとしたの?」
と、ムッとする。
「なんも」
「うそ! ぜったいなんか失礼なこと言おうとしたでしょ!」
「10代の男の子なんておっぱいにしか興味ないとか失礼なこと言うアールに言われたくなーい」
「それはちょっと言い過ぎたけど……」
シドは一番前を歩きながら、後ろが騒がしいなと思った。そして、カイがなにを言おうとしていたのか見当がついてた。「それはアールにおっぱいがないから」とでも言おうとしたんだろう。
「なんか賑やかだな、後ろは」
と、ジャック。
「騒いでいられるのも今だけだろう」
と、ベンは腕を組んだ。
「俺が旅をしてなかったら1日の半分はおっぱいのこと考えてたと思う」
カイはうんうんと頷きながらそう言った。
「なに真面目に言ってんの」
「残りの半分はおもちゃとお菓子」
「今は? 旅のことちゃんと考えてるんだ?」
「今は1日に3時間くらいおっぱいの時間がある」
「赤ちゃんよりあるじゃん」
「よしませんか、その話はもう……」
と、痺れを切らしたルイが話を止めた。
「男としての性だよねぇ。ルイはお尻のほうが好きなわけ?」
「人がいたらゲートボックスの場所を訊きましょう」
「んもぉー。ルイもヴァイスんもつまんない!」
と、ふて腐れるカイ。
アールはそんなカイを呆れながら見ていたが、そうか、と思う。シドがいた頃はこんなバカ話も楽しそうにしていたっけ。ルイもヴァイスも真面目だから、カイはつまらないんだろうなと思う。
「この次がロープウェイ?」
アールはルイに訊く。
「いえ、もうひとつ町を通ります」
「お金……大丈夫?」
「えぇ、心配しないでください」
「内職とかあったらいいのになぁ」
「内職、ですか」
「旅の途中の休憩時間にやれそうな仕事」
「それってぁ、薬草取りとかでいいじゃん」
と、カイ。
「そういうのは近くに薬草がないとダメじゃない。こう、手作り物とか。造花作って売るとか」
「造花なんて誰が買うのさ」
「例えばだよ……。なにか作って街に寄ったときに売れそうなものとか、そういう仕事募集してるとか」
「そんなのはさー、街に住んでて時間が有り余ってる人たちがやっててお金にしてるけど外で生活してる合間にやったって大したお金にならないしせっかくの休息もとれないよー」
と、カイがはじめるわけでもないのに面倒くさそうにうな垂れた。
「そっか……」
「アールさんのお気持ちは嬉しいのですが、休むときはしっかり休んでいただきたいですし、お金の心配はなさらないでください」
ルイは笑顔でそう言った。
「うん……」
ジャックはシドたちの一番後ろを歩きながら、アールたちの会話に耳を傾けていた。──お金に困っているのか。手持ちはいくら持っていただろうかと考えても貸せるだけのお金は持っていない。
「なぁジャック」
と、ベンが前を向いたまま声を掛けてきた。
「ん、なんだ?」
「お前、どこに行ってたんだ? 仮面の男に追い払われた後は」
「……あ、あぁ、ちょっと近くの町をぶらついてた」
「連絡くらいしろ」
「あぁ、わかったよ」
と、目を泳がせた。
Thank you... |