voice of mind - by ルイランノキ


 有為転変10…『知り合い』

 
げっそりとやせ細っている男がなにもない空き地の、なにも植えられていない花壇の縁に座っていた。男は時折顔を上げて空を見遣ったが、すぐに視線を落として小さくため息をこぼした。
そこに、足音が近づいてきた。男はその足音に神経を移した。足音はすぐ傍で止まると、誰かが同じように花壇の縁に腰掛けたのがわかった。男はそれが何者か気になったが、確認することはしなかった。
 
少しの時間が流れた。カチカチと小さな音がしたかと思うと、懐かしい香りが鼻をついた。男の視界に煙が舞う。煙草の煙だった。その香りで誰なのか察しがついた。
 
「お前も吸うか?」
 傍に座っている男が言った。
「……用はなんだ」
 
空き地でただただ時間が過ぎるのを待っていたのはジムだった。そして、そこにやってきたのはジャックだ。ジャックが吸う煙草の煙が空を漂う。
 
「ちょっと知り合いの顔を見に来ただけだ」
「…………」
 
なにかあったであろうことくらいわかる。
 
「まだ生きていたんだな」
 と言ったのはジムの方だった。
「それはこっちのセリフだ」
 と、ジャックは言い返して笑った。
 
互いに危うい立場にいる。いつ死んでもおかしくはなかった。
ふたりは静かな時間に身を委ねた。決して居心地のいい時間とは言えないが、悪くもない。
 
「俺に出来ることってなんだろうな」
 と、ジャックは独り言のように言った。「ずっと探してる」
「…………」
「ずーっとだ」
「…………」
 
相変わらず自分の立場と言うものをわかっていないなと、ジムは思った。こうして自分と会うことでさえ危険かもしれないというのに。
 
「変な女が現れるしな」
 と、苦笑する。ローザのことだった。
「変な女、か……」
 と、ジムは反応した。
 
3日ほど前、ジムの前にも妙な女性が自分を訪ねてやってきたのである。その女ははじめ遠くから様子を伺っており、ジムがひとりになったのを見計らって声を掛けてきた。
 
「ジムさん、よね」
「…………」
 ジムは怪訝な表情で彼女を見遣った。
「元、ムスタージュ組織の」
 
ジムは組織の名前を聞いても顔色を変えなかった。自分の名前を知っていてコンタクトをとろうとしくる者は組織関連の人間以外考えられなかった。
ジムは無視を決め込み、廃材を探しに向かったが、女はしつこくついてきた。
 
「家族を犠牲にして組織から足を洗うことが出来たあなたは、今はどちらを崇拝しているのかしら」
「…………」
「家族を殺されたのだからきっと、組織を憎んでいるのかしら」
「……ついてくるな」
「ジャックからどこまで話を聞いているのかしら」
 
ジャックの名前を聞き、ジムは足を止めた。
 
「ジャックにどこまで話をしたのかしら」
「知っているような口調だな」
 振り向きもせず、そう言った。
「ある程度は」
 と、女は自慢げに言った。
「なんの用だ」
「別に? ちょっと、ジムってどんな奴か見てみたかっただけ。居場所もきちんと把握しておきたかっただけ」
「…………」
「今はまだ、これといって用はないわ。今後お世話になるかもしれないけれど」
「迷惑だ。二度と来るな」
「女には優しくするよう、教わらなかったの? またね、ジムさん」
 と、女は去っていった。
 
ジムは女の名前を知らなかったが、ジムと接触したのはローザだった。
 
「一人での行動は危険だ」
 と、ジムは立ち上がる。
「怪しいことしてなきゃ問題ない」
 と、ジャックは煙草を吹かした。
「十分怪しいぞ」
 そう言って立ち去ろうとするジムに、ジャックは花壇に腰掛けたまま言った。
「まだ取り返せてねぇんだ。アーム玉」
「…………」
「もう渡っちまったかな、シュバルツ様によ」
 と、敬称をつけ、悲しげに笑った。
「…………」
「あの子は面白いぞ。自分で自分を疑ってやがった」
「…………」
 ジムは足を止め、アールの顔を思い浮かべた。
「自信ないって感じでよ」
 と、笑う。
「……そうか」
「けど、不思議と信じてんだよ仲間は。……ガキだから単純なんだろうな」
「…………」
「根拠もなく信じれる。大人になると難しいな」
「…………」
「その純粋さが、世界を救うには必要なのかもしれねぇな」
 

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