voice of mind - by ルイランノキ


 有為転変9…『組織はいずこへ』

 
その日
私が見た夢は以前も見た夢だった。
 
母が仏壇の前で正座をしている。仏壇の引き出しが開いていて、何かを取り出して眺めている夢。
母は背中を丸めて、なにかを大切そうに胸に抱いていた。
 
私はそれがなにかを確かめることはできなかった。夢の中で、これは以前にも見た夢だと気づいたのに、母が大切そうに抱いているそれを覗き込むことができなかった。
夢の中の私はただただ、母の背中を眺めているだけだった。
 
実際にあったことが夢の中で再生された。
確かめることができないから何度も見るのかな。
 
それとも、実際にあったこの夢は、私に何かを伝えようとしているのだろうか。
わからない。
 
──と、アールはそう書き綴ったペンを置き、青いノートを閉じた。
 
「ルイ、新しいノート買ってもいい?」
 と、モーニングコーヒーを飲みながら言った。ルイはテーブルの上で朝食の準備をしている。
「えぇ。すぐ必要であれば、未使用のノートがありますが」
「ほんと?」
「何冊かセットで買うとお得だったので。大きさはそのノートと同じくらいです」
 と、ルイは味噌汁をかき混ぜていた手を止め、シキンチャク袋から未使用のノートを取り出した。オレンジ色のノートだ。
「もらっていい?」
「えぇ」
 
アールはルイから新しいノートを貰った。
カイはまだ本棚の前で布団を敷いて眠っている。そんなカイに目を向け、席を立ったアールは彼を起こしにかかった。
仰向けで寝ているカイの寝顔を覗き込む。彼は自意識過剰で自分をかっこいいと思い込んでいるが、確かにこうして眺めてみると、クラスにいたらモテる顔をしている。黙っていれば、だ。縛っている前髪を見遣り、いたずら心に火がついたアールは、彼の自慢の前髪を縛っているゴムを外した。ちょっとやそっとでは起きないことは知っている。
ルイは味噌汁の味見をしながらアールに目を向けた。アールがなにやらカイにイタズラしようとしていることに気づいたが、にこりと微笑んで止めることはしなかった。
アールはカイの前髪を三つ編みにしはじめた。そして、最後をゴムで縛ると、ちょうちんアンコウのようになった。
 
「ふふふっ」
 思わず笑う。
 
カイのシキンチャク袋から勝手にカメラを拝借し、アンコウ化したカイを写した。
カイは「うぅーん……」と唸りながら体を動かしたが、起きる気配はない。
 
「これじゃあ坊主にされても気づかないよね」
「そういえば以前」
 と、ルイは出来上がった朝食を器に分けながら言った。
「シドさんが、寝ているカイさんの口にイメチェンディを放り込んだことがあって」
「私が仲間になる前?」
「えぇ、僕も仲間になる前です。これはシドさんから聞いた話なので。それでカイさんは寝たまま飴を食べて、起きたときになんだか頭がスースーするなと思ったらスキンヘッドになっていたそうで、大騒ぎだったとか」
「あはははは! それは大変! 坊主ならまだいいけどスキンヘッドなんて髪型にこだわりがあるカイには刺激が強すぎたね」
 と、大笑い。
「ずっと布団の中に頭を突っ込んで、出てこなかったそうです。それで、シドさんがイメチェンディを食べさせたと言ったら激怒して刀を抜いて追いかけてきたそうです」
「あははは! 許してもらえなかったんだ?」
「髪の毛が無くなるショックは計り知れませんから」
「?!」
 アールは以前ルイがイメチェンディを食べてフランシスコザビエルのようにハゲてしまったのを思い出した。ショックだったらしい。
「長髪だったら怒らなかったかな」
 と、カイを見遣り、アンコウ姿に笑う。
「長髪が似合う男性はなかなかいませんね。ヴァイスさんやシラコさんはよく似合っておられますが」
「ルイも似合いそうだよ? 女性と間違えられちゃうかな?」
「僕は坊主に憧れているのですが」
「え」
「似合わないのですよね。シドさんは似合うでしょうけれど」
「わかる! ……私ショートにしようかな」
 と、急に思い立つ。髪がだいぶ伸びてきた。
 
アールはカイのおでこをペチペチと叩いて起こそうとしたが、そんなことで起きるわけがない。
 
「アールさん、ショートにするのですか?」
「んーわかんない。どうしよう。カイを起こすお菓子の匂いのもうないの?」
 カイはお菓子の匂いで起きることに気がついたルイが、お菓子のにおいを放つ小瓶を持っていた。
「ありますよ」
 と、シキンチャク袋から取り出した。
 アールはルイに歩み寄り、それを受け取った。
「アールさんは髪が長いほうがいいかと……」
「やっぱりショートが似合うのは可愛い子だよねぇ」
 と、笑う。
「あ、いえ。ショートも似合うと思うのですが、カイさんは髪の長い女性のほうが好きだと思うので」
「なにそれ初めて聞いた……一応あるんだ、タイプ。女の子全般だと思ってたのに」
「ショートの女性も好きなようですが、あまり短すぎるのは……と話しているのを聞いたことがあります。長いほうが女性らしさを感じるようですよ」
「ルイは?」
「僕は……あまりこだわりは」
 と、器に分けた朝食をそれぞれの席に置いた。
 
アールは寝ているカイに近づくと、すぐ隣に腰を下ろしてお菓子の香りがする瓶を近づけた。三つ編みに縛っていた前髪を解いておこうともう片方の手を前髪に伸ばしたとき、突然カイがガバッと起き上がった。ゴンッと互いにおでこがぶつかった。
 
「いったい!」
 と、仰け反るアール。
「……お菓子の香りに目を覚ましたら愛しの女性の顔がまん前にありましたおはようございます素敵な朝」
「おはよ……」
 アールはおでこを擦った。
 
カイはアンコウのまま席に座った。アールはアールで、もうこのままでいいやと思った。本人が気づいたときに自分で取ればいい。
 
「ヴァイスさんを呼んできます」
 と、ルイは本屋敷を出てヴァイスを探しに行った。
 
屋敷内には組織の姿はない。朝起きたときには誰もいなかったのである。
 
「どこ行ったんだろうね、シドたち。寝るときはいたよね。なにかあったのかな」
 と、アールは席の向かい側に座っているカイを見遣った。
「俺はそんなことよりなんでアールがそっちに座ってんのか気になるんですけどー。アールは俺の隣でしょ」
「どこでもいいじゃない別に」
 
ルイがヴァイスを呼び戻し、朝食を取った。
 
「後で僕がシドさんに連絡してみます」
 と、ルイ。
「地図はルイが持ってるんだよね? 取られて先に塔を探しに行ったとかないよね?」
「朝起きて一応確認しました。きちんとありますよ」
「でもさー」
 と、カイ。
「ルイが寝てる間に地図取って鍵を置いて場所を確かめてから戻したとも考えられるじゃん」
「カイじゃないんだから。ルイなら起きるよすぐに」
「変なもの飲まされてたらわかんないじゃーん」
「変なものを飲まされた覚えはありませんが」
「話の途中ですまないが」
 と、ヴァイス。「スーもいないようだ」
「え?」
 と、アール、カイ、ルイはヴァイスの肩に目をやってから、周囲を見遣った。
「僕はてっきりヴァイスさんと一緒かと……」
「私も」
「どこいったんだろうねぇ、ヴァイスんに嫌気がさしたとか」
「…………」
「そんなことあるわけないでしょ、カイならまだしも」
 と、アール。
「なんかアールからチクチクと攻撃されてる気がする」
「向こうと一緒にいるのかな」
 スーが組織と一緒にいるとは考えにくいが。
「どこかへ連れて行かれた可能性は……考えられませんよね」
「あぁ」
「わかんないじゃん。スーちんは結構役に立つし、組織の仲間にされたのかもー!」
「ないない。スーちゃんに限ってそれはない」
 と、アールは味噌汁を飲み干した。
「組織に勧誘されて、属印を捺しに連れて行かれたんだ!」
 カイは味噌汁をごはんにかけた。
「ないない」
 と言うアールに、ルイも頷いた。
「無事だといいのですが」
「…………」
 

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