voice of mind - by ルイランノキ


 有為転変5…『赤い石の欠片』

 
ルイはおもちゃ屋の試供品に触れ、ブロックを少し組み合わせてみてから、店内をくまなく見て回った。カイが思わず手に取りそうなものに片っ端から触れてみる。そして、お店を出ると今度は大きな木が目に入った。根元にはベンチがある。ベンチに座るという行動も含まれるかどうかはわからないが、ものは試しだ。誰かが座ったかもしれないと思い、しばらく腰掛ける。
 
シドも試供品に触れた後、外に出て周囲を見遣った。武器屋を見つけ、思わず立ち寄ってしまう。珍しい武器が多く、ゆっくり見て回りたかったが意味の無い世界だ。本の外へ持ち出せない武器など見てもしょうがない。
ヴァイスもおもちゃのブロックに触れ、外に出た。大きな木が目に入るが、ベンチには多くの人が座っている。視線をずらし、誰かが立ち寄りそうな店を探す。武器屋が目に入ると、シドの顔が浮かんだ。
 
「…………」
 
面倒くさそうに小さくため息をこぼし、その店に向う。
 
ベンはパン屋の試食に手を伸ばした。あのカイという少年が思わず食いつきそうだと思ったからだ。それからは武器屋を発見し、迷わずそこへ向った。
 
なかなか全員が同じ行動を取ることがなかったため、この考え自体間違っているのかもしれないと思い始めていた。けれども、全員が目を奪われたものがあった。それは楽器を鳴らしながら大通りを練り歩く大道芸だった。一番前を歩く男はオカメインコのように頬を赤く染めて、大小の太鼓を背負って胸の前ではアコーディオンを抱えて足と手で慣らし、その後ろではユニークなメイクを施した女性がラッパを吹き鳴らす。一番最後は小さな男の子がカスタネット、鈴、小さなシンバルを持って一生懸命に後ろについて歩いている。もしかしたら親子なのかもしれない。
 
「かわいい!」
 
アールは思わずその男の子に目を奪われた。時折前を歩く母親女性が振り返って子供がきちんとついてきているかを確認している姿もまた、微笑ましかった。そして、大道芸人が大通りを曲がろうとしたところで、どこからか悲鳴が聞こえてきた。大道芸人が大きな音を奏でているためその音に消されて気付かない町の住人たちがいる中で、アールたちはその悲鳴を聞き逃さなかった。とても小さな悲鳴であったが、助けを求めているようなその声に一同は足を向けた。
声が聞こえた路地裏に向うと、小さな赤ん坊を抱えている女性が、怯えるように立っていた。その怯えた視線の先では、じりじりと低姿勢で歩み寄る魔物の姿があった。その魔物は狼に似て、ハイマトス族に似ているが毛並みも色も違う。
 
「魔物……?」
 
こんなところに?
アールはすぐに斬りかかろうとしたが、その魔物の首には首輪が掛けられていることに気付いた。
 
「助けて……」
 
震える声で女性は言った。アールは殺さないようにと鞘に納めたまま剣を振るった。手加減をしたが、魔物はしつこく襲ってくるため、顔面を目掛けて剣を振るうと鈍い音と共に「ギャン!」と痛々しい声を出して逃げ去った。アールは少しやりすぎたかなと心を痛めた。
 
「ありがとうございます……」
 と、女性は言った。
「いえ……さっきの、魔物ですか?」
「えぇ、フェンリルです。でも私がいけなかったの。勝手にソンさんの敷地内に入ってしまったから……」
 女性はそう言って、子供をあやすように体を揺らした。
「ソンさん?」
「フェンリルの飼い主よ。この町では一番の大金持ちで、ちょっと怖い人。フェンリルは番犬代わりに庭で飼っているのよ。普段はおとなしくていい子なんだけど、勝手に侵入してくる人にはどこまでも追いかけてきて……」
「なんで勝手に入っちゃったんですか?」
「この子が騒ぎ始めちゃって、おしゃぶりをあげようとしたら手で弾いちゃったの。そのとき庭に入ってしまって。チャイムを鳴らしたんだけどお留守みたいで、手を伸ばしたら届きそうな距離だったの」
「回収できました?」
「えぇ、なんとか。義母にいただいたものだから、なくすわけにはいかなくて」
「色々と……お察しします」
 と、互いに笑顔を交わした。
「あ、そうだわ。お礼になるかわからないけど、これ、貰ってくださる?」
 女性はそう言って、赤ん坊を片腕で抱っこしてロングスカートのポケットから何かを取り出すと、アールに手渡した。
 
赤いガラスのような破片である。
 
「これは?」
「お守りよ。カダルの石といって、世界に6つしかないっていう噂なの。あなたが助けに来てくれたのも、このお守りのおかげかしら」
 と、女性は笑った。
「6つ……」
 
ちょうど本の中に入り込んだ人数分である。カイの顔が浮かんだ。彼もちゃんと助けただろうか。
 
「それじゃあ私はこれで。助けてくださってありがとう」
 女性は会釈をして、アールの前から立ち去った。
 
アールはその赤い破片を眺めた。小さな傷ひとつない、綺麗な破片だ。飴のようにも見える。
大通りへ戻りながら考えた。ルイは同じ状況にいたら絶対に助けるだろう。ヴァイスも、助ける。シドは……彼もきっと助ける。もしかしたらフェンリルを殺してしまうかもしれないけれど……。カイは心配だった。小さな悲鳴を聞き逃していなければ様子くらいは見に行って……綺麗な女性が怯えていたら助けるはず。ベンはどうだろう。魔物に襲われそうな女性を見て、シドのお姉さんを思い出してはいないだろうか。
 
「…………」
 
この空間の法則に気付いていれば、流れとして助けるだろう。ベンがシドのお姉さんのことを思い出すとしたら、シドも思い出すだろう。
 
「ありがとうございます……」
 と、女性はシドに言った。
「…………」
 シドは血を流しながらとぼとぼと帰ってゆくフェンリルを見送り、刀をしまった。
「死んでしまうのでしょうか……」
「急所は外した」
「よかった……普段はおとなしい子なんです。でも私がいけなかったの。勝手にソンさんの敷地内に入ってしまったから……」
 女性はそう言って、子供をあやすように体を揺らした。
 
シドは興味なさそうに女性に背を向けたが、女性はシドを呼び止め、赤いガラスのような破片をお礼に渡した。
 
「お守りです。カダルの石といって、世界に6つしかないっていう噂なの。あなたが助けに来てくれたのも、このお守りのおかげかもしれないわ」
 そう言って優しく笑った女性の顔が、姉のヒラリーと重なった。
「……今後は気をつけろ。」
「えぇ、ありがとう」
 
シドは破片を無造作にポケットに入れ、大通りへ向った。
ベンも赤い破片を手に入れ、女性からお礼の言葉をもらっていた。大通りへ戻りながら、デジャビュのような感覚に囚われた。そして、数年前の出来事を思い出した。今は亡きワードの薄ら笑いが蘇り、アールの言葉を思い出す。
 
「裏切りやがって……」
 沸々とこみ上げてきた怒りに顔を歪めた。
 
アールの心配をよそに、女性から赤い石の破片を貰ったのはカイだった。
 
「いやぁー、お礼を言われるようなことはしてないんですけどねぇ」
 と、照れ笑い。
「本当にありがとう。あなたは命の恩人よ。それじゃあ私はこれで」
 女性はカイに軽く会釈をして、その場を去った。
 
グンッ!とまた突然後ろへと引っ張られる。またか、と思ったときには仲間と背中合わせに激しくぶつかり、尻餅をついている。3度目にもなると文句も出ずに体を起こした。そして、誰かから何かを言い出すこともなく、全員手に入れた赤い破片を見せ合った。
 
「元は丸い石のようですね」
 ルイがそう言うと、全員ルイに破片を渡した。
 
ルイはパズルのように破片を組み合わせ始めた。ヴァイスは周囲を見回した。なにもない、真っ白い空間が広がっている。
 
「そういえば大道芸、見た?」
 と、アールがカイに訊く。
「見た見た! チャンチャカチャンチャカパッパラパーって鳴らしながら歩いてた!」
「あ、じゃあ同じ町にいたのかな。男の子が可愛かった」
「俺もついて歩こうかと思った!」
「…………」
 
一同は“それは真似できないな”と思った。
 
「みなさん、欠片を合わせたらひとつの丸い石になりました」
 と、ルイがそれを見せた瞬間、なにもなかったその空間に森が広がった。
 
かすかな風が吹き、サラサラと木の葉が擦り合う音がする。一向は森の中にある一本道に立っていた。
 
「よかった。今度はみんな一緒だね」
 と、アールは安堵して笑った。
 

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