voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国2-10…『複雑な事情』

 
「最終ステージ、参加できないのかと思ったら違うのね」
 と、幼馴染チームの女の子、サチが言った。
「そうなの? じゃあまたライバルかぁ」
 と、アールは複雑な笑みを浮かべた。
 
サチとアールは仲間から少し離れた木陰で話している。ファイナルステージがはじまるまでまだ30分はあった。
 
「それにしてもアールさんの仲間、強いのね。ビックリしちゃった。あのチームが勝つと思ってたから」
 サチはそう言って遠くに見える男が5人いるチームを指差した。第一ステージでアールに手を貸さなかった男、そしてカヌーで意図的にぶつかって来た男がいるチームである。
「なんで?」
「なんかあの人たち感じ悪くない? でも結局そういう人たちが周りを蹴飛ばして先に行くのよ」
「あー、わかる! でも私は二人組みのチームだと思ってた。たった二人しかいないのに凄いなって」
「あぁ! あの二人はベテランだから」
「ベテラン?」
「私たちは月1で参加しているけど、毎回見かけるの。実力もあるみたいだし、ベテランだと思う」
「へぇ……手ごわいなぁ」
「あ、そうだ」
 サチは急にポケットから四角いチョコレートを取り出した。「ひとつあげる」
「いいの?」
「うん、午前中のゲームでポイントをくじに使ったらチョコレート5つだったの。ひどくない?」
「ポイントいくつでチョコレート?」
「50ポイントでくじ一回。大当たりでポイント500。ハズレはどれもお菓子なの」
「それは残念……」
 貰ったチョコレートの紙をはがして、口に入れた。ほろ苦いチョコレートだ。
「でもよく見て」
 チョコレートの包み紙を広げてみせるサチ。「フォリバのチョコレートだったの!」
「……ん?」
「フォリバだよ! チョコレートメーカーの! 高級チョコ!」
「そうなの?!」
 知らないけど。「え、一個貰ってよかったの?」
「いいのいいの。私虫歯だから」
 と、サチは笑う。
 
高級と言われると、このほろ苦さもなんだかお洒落なチョコレートを演出しているようにも思えてくる不思議。一粒いくらくらいなんだろう。
 
「確か一粒600ミルくらいだったかな」
「?! 一粒で?!」
 おどろきだ。今口の中に広がってる高級なチョコレートよりコンビにで買えるチ○ルチョコの方が好きだけれど。
「仲間にもあげたんだけど、苦いって言うの。それだけ。男の人にはわからないのね、この高級感あふれる味が」
「あはは、それは残念」
 と、言いつつ、自分もよくわからなかった。
 
アールが木陰に腰を下ろすと、サチも隣に座った。
 
「アールさんの仲間って沢山いるのね」
 サチは遠目からアールの仲間を見遣った。
 
ルイたちはまだ茣蓙の上にいた。茣蓙が浮いた状態で止まっているため、椅子代わりになっている。時折ルイがこちらを気にかけて目を向けているのがわかる。
 
「全員仲間ってわけじゃないけど……」
「そうなの? どういうこと?」
「色々と事情があって、商品の金のプレートが必要だから協力し合おうってことになって」
「仲が悪いわけではないんでしょう?」
「仲……悪いねぇ」
 と、苦笑い。
 
仲がいいとか悪いとか、そんな可愛らしい表現は相応しくなさすぎて笑えてくる。
 
「えー、よくチーム戦で協力し合ってるね。──あ、当てていい? 誰が仲間で誰が違うか」
「お。いいよー、当たるかなぁ」
「ヒントだけ頂戴? 何人仲間?」
「仲間の方が多いから仲間じゃないほうを言うね、……二人。二人、仲間じゃないの」
 シドは、仲間じゃない。そう言いながら、心のどこかで納得しておらず、引っかかっている。だから心の中で、“今は”と付け加えた。今は仲間じゃない。
「ふたりかぁ。んー、あの前髪を縛っている子と、さっきからちらちらアールさんを気にかけている男の子は確実に仲間よね?」
 カイとルイのことである。
「当たり!」
「仲悪いって言ってたから、このふたりとはそんな感じしなかったし」
「うんうん」
「あとは……難しいなぁ。あの人が微妙なんだよね。ほら、今立ち上がった人」
「ベンか」
「ベンっていうの? 仲が悪い感じはしないんだよね。仲が悪そうに見えるのはフラッグを手に入れた男の子」
「シドかぁ」
「なんか機嫌悪そう。フラッグ手に入れたのにあんまり嬉しそうじゃなかったっていうか」
「うん、面倒くさそうだった」
「だからー…そのシドって人と、あとあの、髪の長い男の人が仲間じゃない! 当たり?」
「?!」
 アールは思わず吹きだした。端から見るとベンは仲間でシドとヴァイスが仲間ではないように見えるらしい。
「なんで笑うの? ちがった?」
「ひとり正解。シドは……訳あって仲間じゃない」
「意味深な言い方ね。じゃああの長髪の男性は仲間なのね」
「うん、無口なの」
「あーね、なるほど。じゃあベン? しかいないわね」
「そう、シドとベンが仲間じゃないの」
「シドとベン同士は仲間なの?」
「うん」
「訳あって仲間じゃないって、元々は仲間だった?」
「うん」
 と、視線を落とす。
「ケンカでもしたの?」
「んー、よくわからないんだ。まだ。ベンがいる組織が、私たちの邪魔をするの。最初シドは私たちの仲間だったのに、あるとき、実はベンと同じ組織の人間で私たちを騙してたって言い出して」
「なにそれ……じゃあはじめからシドは敵だったってことだよね」
「それがね、その辺がはっきりしないの。だから、私も、仲間も、まだシドを完全に敵として見てはいないの。まだどこかで信じてる」
「ふーん……」
 と、サチはアールの仲間を眺めた。まじまじと観察していると、確かにシドとベンだけ他のメンバーと距離をとっているのがわかる。
「アールさんはシドって人を仲間に戻したいんだ?」
 と、アールを見遣った。
「シドに、その意思が少しでもあるなら」
「なるほど。なんだか複雑なんだね」
「うん、とっても複雑」
 アールはそう言って、大きく深呼吸をした。
 
サチは座ったまま腕を上げて背伸びをした。
 
「私のところも実は少し複雑なの」
「え? 幼馴染の?」
「うん。ただ、複雑だって感じてるのはもしかしたら私だけかも。実はあの頭にターバン巻いてる方から告白されてるの」
「えぇ?!」
「でも、私はもう一人の方が好き」
「えぇーっ?!」
「でもそのもうひとりの方には彼女がいるの」
「いやー!!」
 と、アールは両手で顔を覆った。なにこの恋愛ドラマばりのしがらみ。
「いい加減に諦めなきゃって思ってたときに、告白されたの。それまでは友達としてしか思っていなかったのに、急に異性として見るようになってしまって気まずくて」
「告白は断ったの?」
「保留中。少し考えさせてって言ったの」
「検討中かぁ……」
「あいつのことは嫌いじゃないし、友達としては大好き。今更気を遣う中でもないし。私のだめなところもよく知ってくれているし。でも、好きな人のことを忘れるために付き合うのって、最低じゃない?」
「うん……。そのターバンさんはサチさんがもうひとりのこと好きだって知ってるの?」
「知ってる。だって相談してたから」
「ありゃ……」
 さぞ、辛かっただろうなと思う。好きな人から恋愛相談をされるなんて。
「でね、諦めたいって言ったときに、『俺じゃあいつの代わりにになんねぇかな』って」
「わ、かっこいいね」
 少しきゅんとした。
「冗談かと思ったんだけど、真剣な顔して言うから。『お前がずっとあいつのことばっかり見てきたように、俺もお前のことばっか見てた』って言うの。少しドキッとしちゃった」
「するする! それはドキッとする!」
「でしょ? 面と向かって告白なんてされたことなかったし。でも、その勢いで付き合うことはできなかった。でも断ることもできなかった。卑怯かもしれないけど」
「そんなこと……」
 と、言いかけたとき、ズボンのポケットから振動を感じた。「ちょっとごめんね」
 
アールがポケットから携帯電話を取り出すと、ミシェルからの着信が鳴っていた。少し迷い、そのままポケットにしまった。
 
「電話? 出なくていいの?」
「うん、急用ではないと思うから」
「そっか。でね、キープしてるみたいで悪いと思ったから一先ず断ろうと思ったんだけど、もう少し考えてくれって言われたの。いつまででも待つからって。その言葉に甘えちゃった」
「そっかぁ。彼、優しいね」
「うん」
「ふたりで出かけてみたら? 幼馴染としてじゃなくて。もしかしたら異性として惹かれる瞬間があるかもしれないし」
「うん……」
 と、サチは仲間に目を向けている。アールはその視線の先にいるのがターバンの男ではなく、もうひとりの男性だと気付いた。
「振られてからのほうがいいのかもしれないね」
「え?」
 サチは振り返った。
「告白して、ちゃんと振られるの。けじめつけて、気持ちを切り替えるために」
「……振られるのわかってて告白するって、それはそれで怖い。私たちの仲が崩れてしまうよね」
「でも……いつまでも続くとは思ってないでしょ? いずれはそれぞれ家庭を持つ日が来るんだろうし」
「そうだけど……アールさんなら告白できる? 大好きな人に、振られるとわかってて」
「…………」
 
まっさきに脳裏に浮かんだのは、雪斗だった。彼に告白をしたときは、親友の久美の保障があった。絶対にうまくいくって言ってくれて。──あの日、もしも雪斗に彼女がいたとして、それを知っていながら告白していただろうか。どうせ振られるとわかっているならわざわざ告白して振られる必要なんてないんじゃないかと思うだろう。でも、大好きで大好きでしょうがなかったら? 諦められなかったら?
 
「私もずるいかも……」
 と、アールは呟くように言った。
「え?」
「私のことを好きだって言ってくれてる人が他にいたら、振られるの覚悟で告白するけど、いなかったら告白なんてしない。ひとりでは耐えられないから」
 
自分を好きでいてくれて待ってくれている人を、自分が傷ついたときの保険として見てしまう発言に、自分で嫌気がさした。傷ついたらなぐさめてもらおうなんてどこかで思ってる。傷ついても他に私を必要としてくれる人がいるという安心感があるから振られることができる。
女ってしたたかだ。みんながみんなそうではないけれど。
 
「でも振られたからってもうひとりの人と付き合うかどうかはまだ別なんだけどね」
「アールさんって素直ね」
 と、サチは笑う。
「心から信頼していて頼りになる女友達が側にいてくれるときと同じかも。絶対になぐさめてくれる、支えてくれる確信があるから安心して振られることが出来るのかも」
「ちょっとわかる。……告白、してみようかな」
 
サチが仲間に視線を送ると、彼女に好意を抱いているターバンの男が彼女の名前を呼んだ。サチは「じゃあファイナルステージで」と言ってアールの元を離れた。
アールは彼女を見送り、しばらくその場に座り込んでいた。なんとなく、ひとりでいたかったからだ。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -