voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国2-6…『脱落』

 
スーは氷の上をゆっくりと滑りながら体の一部を突起させて進む道をコントロールしながらゴールへと向かった。しかしあまりスピードを出さずに氷エリアに入ったため、あと少しというところで停止してしまった。人間なら氷の床を蹴ってもその床自体異常に滑るため蹴ることさえも出来ないが、スーはスライムだ。体からにゅっと手を伸ばしてゴールの地面に叩きつけると、そのまま体を引き寄せた。
 
「さすがスーさんですね」
 そう言って代行しようと掛け出そうとしたルイの手首をカイが掴んだ。
「今度はオイラが行くよー」
「よろしいのですか?」
「順番こね。障害物次第では代わってちょ」
 と、カイはスーの元へ向かった。
 
カイは次の障害物へと繋ぐコースを走りながら、お腹を摩った。──沢山吐いたし、だいぶ落ち着いてきた。少しは体を動かして消化しなければ。お腹が出ていると女の子にもモテなくなってしまう。
 
「……『カイ君って、お腹割れてるのね。ぷよぷよしてると思ってたのに、意外と男らしくってびっくりしちゃった』ははは、俺のお腹がぷよぷよしてるだって? そんなことあるわけないじゃないか。この6つに割れた腹筋はシックスパックと言ってね、それぞれには俺の心に入りきれない君への愛が詰まってるんだよ。6つじゃ足りない。『ふふふ、6つ以上に割れたら気持ち悪いじゃないの』だから困っているのさ。俺の腹筋が120個に割れてしまう前に俺の愛、受け取ってくれるね?『もう……仕方ないわね!』ふふ……ふふふ、ふはははははは!」
 
茣蓙の上にいるアールは隣に座っているルイを不安げに見遣った。
 
「カイ、頭おかしくなったのかな」
「いえ、いつものカイさんだと思います」
「あ、そっか。最近元気なかったから」
「元気が戻ったのはいいのですが、結局なんだったのでしょうね」
「頑なに口を閉ざしていたもんね……」
 
二人の会話を、シドは黙って聞いている。
 
「頑なに話さないということは触れてほしくないのでしょう。見守るしかありません」
 ルイは独り言を発しながら走っているカイを見遣った。
「……カイの好きな人って、誰だと思う?」
「え?」
 と、アールに目を向ける。
「トーマさんが言ってたよね、カイには好きな人がいるって。その話をしたら顔色が変わるっていうか。カイの元気がなかったのって、その好きな女性が関係してるのかなって」
「…………」
 ルイもカイの反応を思い返してみる。確かに、普通ではなかった。
「ミシェルさん……でしょうか」
「え、ミシェル?!」
「わかりませんが、ご結婚されたので……と思ったのですが、カイさんの元気がなくなったのはもっと前からでしたね」
「あ、そっか。うん、もっと前だと思う。最近元気ないなって思ったのは若葉村で。綺麗な女の人が竪琴鳴らしてたじゃない? カイが反応しそうだなって思ったのに目がハートになってなかったし」
「それよりも前……」
 
カイが次の障害物出現エリアへ入ったとき、シドが鼻で笑うように言った。
 
「本気か?」
「え?」
 と、アール。「なに?」
「…………」
 シドは口を閉ざし、目線を逸らした。
「どういう意味? なにか知ってるの?」
 険しい表情で訊いても、シドはそれ以上なにも言わなかった。
 
シドの一言で、アールの心には余計にわだかまりが残った。カイの様子を気にかけてその原因に思い当たる節はないかと探っているのをまるでバカにしているような言い方だった。『本気か?』って。本気で言っているのか? 本気でわからないのか? と。
 
「おい、助けに行かなくていいのか?」
 と、ベンが言った。
「え?」
 シドの言葉にルイも頭を悩ませていたが、コースを走っているはずのカイの姿がないことに気がついた。
「落ちたぞ」
「落ちた?!」
 
アールとルイは茣蓙の上に立ち上がり、カイがいた場所まで近づいた。巨大な穴に溜まった氷水の中にカイがいた。
 
「さむっ!」
 凍えるカイの周囲を氷の塊がぷかぷかと浮かんでいる。
「大丈夫ですか?! 踏み外したのですか?」
「いんや、走ってきた勢いでひょいひょーいって渡って行こうと思ったら、最初に飛び乗った岩が安定してなくて落ちた。なんかふわふわしてるんだよねぇ」
「勢いで渡ろうとするからですよ……」
 カイを引き上げようにも手が届かない。カイは脱落者扱いとなり、アールたちのチームはひとりメンバーを失ったことになってしまった。
「カイさんが凍傷になる前に先を急ぎましょう。バランスが大事です、ヴァイスさん、越えてもらえますか?」
 
ヴァイスはなにも言わずに選手交代を引き受け、岩と岩の間が大きく離れている場所もふらつくことなく容易く渡りきって見せた。
アールは2番手にいるチームが氷エリアで苦戦しているのを見て、今度は自分が走ると名乗り出た。走るだけなら自分にも出来る。後ろのチームとの差もだいぶある。このまま行けば1位でゴールできるはずだ。
 
「障害物が現れたら止まってくださいね!」
 ルイの忠告に頷き、走り出した。
 
アールは風を切りながら、視界の右上に入ってきたラジコンヘリのカメラに気付いた。──そうだ、映ってるんだ。ちょっと恥ずかしいかも。
 
「シドさんはなにかご存知なのですか?」
 ルイはコースを走るアールを見ながら、訊いた。
「…………」
「まるで自分はわかっているような言い方でしたが」
「…………」
「……やはり、僕らよりカイさんと過ごされた時間が長かった分、よくご存知なのですね」
「はぁ?」
 無視を決めこんでいたシドが苛立ち、ルイを睨み付けた。
「僕らには気付けない、カイさんのささやかな変化にもあなたは気付けるのでしょう」
「胸糞わりぃ言い方すんじゃねぇよ」
 と、シドは怒気を含んだ声で言い捨てた。
 
アールは額の汗にへばりついた前髪を指で払いながら、段々と近づいてきた高台を見遣った。どう見ても頂点にある旗へと続く真っ直ぐな坂道は滑り台になっている。どうやって上るんだろうか。スーなら上れるだろうか。いや、転がり落ちるだろうか。
 
しばらく走り進め、次の障害物が見えてきた。自分でも越えられそうなら越えるつもりだったが、その足はぴたりととまった。障害物を見上げ、無理だなぁと諦める。高さ20メートルはあるロープがぶら下がっている。脇の看板には《のぼれ》と3文字の言葉がシンプルに書かれていた。棒ならまだなんとか行けそうな気もしなくもないが、ロープとなれば安定していない分、腕の力で上って行かなければならない。
アールが仲間に助けを求めようと目を向けると、すぐ目の前にシドが立っていて驚いた。
 
「どけ」
「あ……はい」
 
アールがコースから出ると、シドはロープを掴んで腕だけの力で上がり始めた。腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮かび上がる。
 
「すごい……」
「アールさん、休んでください」
 と、茣蓙に乗っているルイ。
「あ、ありがとう」
 と、アールは茣蓙に腰掛けた。
「先ほど少し……シドさんを怒らせてしまいました」
「え? なにかあったの?」
「えぇ、少し。カイさんのことで」
「なのによく助けに来てくれたね……苛立ちを発散?」
「そんなところかと。僕が頼まなくても自ら行かれましたから」
「そっか……助かるけど」
 

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©Kamikawa
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