voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国2-5…『信じたいもの』

 
埃を舞い上げながらバラバラと何冊もの本が棚から床へと落ちた。棚に背中を強打したジャックは、苦痛に顔を歪めながら両手で自分の首に手を回すと、ぎりぎりと絞め始めた。
 
「がっ……がはっ……」
 
見る見るうちに顔が真っ赤に染まり、こめかみや額に血管が浮き上がってくる。宙に浮いている足がガクガクと震え出し、白目を向いて意識を失いかけたとき、ようやく自分の首を絞めていた自分の手の力が抜け、ジャックの体は糸が切れた操り人形のように床にどさりと落ちた。
 
ジャックの体はしばらく痙攣し続け、治まったときには息苦しかった呼吸もなんとか吸えるようになり、喉を押さえながらふらつく足で立ち上がると呆然と周囲を見回した。
 
「…………」
 
嫌な汗が滲む。
 
イストリアヴィラの本屋敷内にはジャックの姿しかなかった。足元に散らばっている本を拾い上げようとしたとき、ドアが開き、ビクリと体を震わせた。全身の血の気が引いてゆくのを感じたが、外から入ってきたのは出かけていたテトラだった。
 
「おや。何事だね」
 と、2冊の本を脇に挟んでいるテトラは顔色が悪いジャックの周囲に散乱している本を見て言った。
「いや……その……すまねぇ。今片付ける」
 ジャックは慌てて本を拾い上げ、本棚に戻していった。
 
テトラはレジのカウンターテーブルへ移動しながら、屋敷内に漂う不穏な空気を感じ取っていた。2冊の本を、沢山の本に覆われたテーブルに重ねるように置き、椅子に座りながら髭を摩った。体中を刺すような空気が消えずに残っている。──禁じられた魔術でも使ったか。
 
「アールたちは……」
 と、ジャックが本を片付けてテトラに歩み寄った。「まだ時間がかかるのか?」
「どうじゃろうな」
「……そうか」
「顔色が悪いな。もう一人はどうした」
 
ジャックは動揺して目を泳がせた。
 
「仮面の男はどうしたと訊いておる」
「……気付いたらいなかった。用でも出来たんだろ」
 と、テトラの目を見ることなく答える。
「ほう、弱みでも握られたか」
「…………」
 
ジャックは部屋の隅に移動して本棚に寄りかかると、力なく床に座り込んだ。
 
うまくいかないことばかりだ。問題ばかり降り注ぐ。
それらは全て自分が引き寄せているのだと聞いたことがある。誰のせいでもなく、今この場所にいるのは自分が生きてゆく上で数え切れないほどの選択肢を選んできた結果なのだから、誰かのせいではないと。そして絶望的な事態も、今後の選択肢で抜け出すことも更なる絶望を迎えることも出来る。
 
ジャックは呆然と一点を見つめた。
自分はここからどの選択を選んで、どの道を進むべきか。誰の為に、残りの人生を生きてゆくか。自分が最も守りたいものはなにか。自分が最も身を置きたい場所はどこか。
 
「悪に染まりたくはねぇなぁ……」
 
消え入りそうな声で呟いた。悪の組織に身を置きながら、矛盾した言葉がこぼれ落ちる。ムスタージュ組織は悪。そう思っている。理由はわからない。ただ、あの小柄で仲間思いで純粋な目をしているアールという女の方が信じられると思った。──いや、正確には、居心地の悪いこの場所より、彼女を“信じたい”だけなんだろう。彼女が正義である確証はどこにもないのだから。
そしてもしも、自分が選んだ信じたいものが間違っていたとしても、それも誰のせいでもない。自分に見る目がなかったというだけだ。
このまま誰の役にも立たず殺されるわけにはいかないと思った。一番大切なものを守るためにどこまで身を削れるだろう。一歩間違えれば悪に染まって殺される。そんな首の皮一枚で繋がるような選択を、選ぼうとしている自分がいる。
 
ジャックは大きくため息をついた。
 

生きていれば、想定外のことが降り注ぐこともある。
そのとき上手く対処できるかどうかは、どう生きてきたかで変わってくる。
変化に怯え、変わることを避けてきた者にとって急に降り注いできたトラブルは厄介なものでしかなく、どう逃げればいいのかを真っ先に考えてしまうけれど、変化を受け入れ様々な経験をしてきた者にとっては、そのトラブルに立ち向かういくつもの選択肢が頭に浮かぶものだ。
 
私はこの世界に来たばかりの頃、選択肢などなかった。
言われるがままに動くしかなかった。
 
でも、今はどうだろう。
私はこの世界に来て、この場所に辿り着くまでに、様々なものを手にしては失ってきた。
何も知らない頃の私はもういない。
 
ここから次のステージへ向かう道はひとつではないけれど、はっきりと、くっきりと、私の目の前に切り開かれている道は、ひとつだけ。
他は心細い道ばかり。
 
あとは覚悟と、一歩踏み出す勇気と、信じぬく心を備えるだけ。
 

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