voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国1…『感情と力のコントロール』

 

 
『でね? 彼のこと好きかもしれないって言うの。私その話を聞いてキュンキュンしちゃった! 最初はやめときなよって言ったの。だって、彼女には恋人がいるんだもの。恋人がいるのに他の人にときめくなんて、信じられないって思って。でも、恋人とはうまくいってないみたいだし、遠距離でお互いに仕事があるからなかなか時間も合わなくて今ではこっちから連絡しないと向こうからは連絡くれないって言うのよ。電話しても素っ気無いって言うし。それって、終わってる気がしない? だからもういっそのこと、新しい恋をはじめてもいいんじゃないかなって思うの。あ、もちろん、お付き合いするのならきちんと彼とは別れてからにしないとねってアドバイスしたんだけど』
「…………」
『あれ? もしもし、聞いてる? アールちゃん?』
「あ、うん、ごめん、聞いてる……」
 
アールは慌てて返事をして、返す言葉を探したが見つからなかった。
電話はミシェルからだった。朝早くに彼女から電話があり、めずらしいしなにかあったのだろうかと心配してすぐに出てみると、新しい職場で仲良くなった女友達の相談だった。
本屋敷・イストリアヴィラを出て玄関前で対応に追われている。
 
『恋愛相談なんてされたのどのくらいぶりだろう! なんだか舞い上がっちゃった。本人には悪いけどね』
 と、電話越しにくすりと笑ったのがわかる。
「新しい友達できてよかったね。新しい職場もいいところみたいだし」
『うん! 今のところはね。あまり浮かれていられないけど』
「ワオンさんは元気?」
 と、彼の名前を口にするたびに思い出すのは、ログ街での一件だ。
 
彼は人を殺め、そのトラウマに日々うなされている。その支えになっているのが結婚したばかりのミシェルだ。
 
『うん、元気よ。最近はほぼ毎日お酒を飲んで帰ってくるから困っちゃって。でも、お酒を飲んだ日は、悪い夢を見ないみたい』
「そっか……」
『病院はちょっと遠いけど先生は優しいし、欠かさず通ってる。カウンセリングを受けてるんだけど、人に話すだけでも楽になってるみたい』
「それはよかった。ミシェルもあまり無理しないでね? 体壊したら大変」
『ありがとっ』
 と、ミシェルは弾むように礼を言った。
『アールちゃんは最近どう?』
 
──最近どう?
久しぶりに誰かと連絡を取ると、必ずと言っていいほど耳にする言葉。
 
「んー…変わりないかな」
 深く話すようなことは、あるようでない。大雑把に訊かれると大雑把に答えてしまう。
『シドくんとは……相変わらず?』
 ピンポイントで訊かれるほうが答えやすいけれど、それはそれで困ることもある。
「相変わらず」
 と、苦笑した。「でも今は先にやらなきゃいけないことがあるから」
『そう……』
「終わったら、きちんと向き合うよ。このままで終わらせる気は無いから」
『うん。昔みたいに、またみんなが仲良くしてるところ見たいな』
「あはは、仲良かったのかなぁ……」
 と、思い出に少しだけ浸る。
『私、いつもうらやましかった。私も魔法が使えたら、仲間に入れて欲しいって思ってたの』
「……そう? 大変だよ」
 ミシェルが旅仲間に加わるなんて、いまいち想像ができない。
『うん。危険だもんね。ごめんね、気安くこんなこと言って』
「ううん。危険で大変なことばかりじゃないのは確かだから。楽しいことも沢山あるよ」
『うん。──あ、急に連絡してごめんね?』
「いいよ、いつでも連絡して? すぐに出られないことのほうが多いかもだけど、女の子と話したくなるときあるから。ガールズトークって結構大事」
 と、笑う。
『それわかる! 女同士だから盛り上がる会話とかあるわよね! アールちゃんもいつでも連絡してね?』
「うん、ありがとう」
 
電話を終えたアールは、壁に寄りかかってその場に座り込んだ。
朝は少し冷える。
 
 “新しい恋をはじめてもいいんじゃないかなって思うの”
 
「…………」
 
自分なら、どうアドバイスしただろうか。実際のところ、彼女側の言い分しか聞いていない状態で、恋人と全くうまくいっていないと判断してじゃあ次の恋をしたら? なんて気安く言えるだろうか。その相談を持ちかけてきたという女性もひとつの意見として第三者に訊いてみただけかもしれないけれど。
 
「恋人がいるのに……」
 
他の誰かにときめく? どうして? もう、彼に対する思いが薄れているから?
 
アールは考え事を断ち切るように、首に掛けていた武器を元の大きさに戻して構え、刃先を眺めた。
見つめれば見つめるほど、握った柄から手を使って全身に広がってくる熱を感じる。熱を持った血液が自分の身体と剣を繋いで流れているかのような一体感。
 
昨夜、シラコによって新たな力を手に入れていた。腕試しをしようにもこの辺りには魔物がいない。ふと思い立ち、崖まで走った。
 
切り立った崖の下には草原が広がっており、いたるところで魔物が群れを作っている。襲ってくるわけでもなくのびのびと生活をしている魔物を目掛けて突然魔法攻撃を放つつもりはないが、空にぶっ放してみるにはちょうどいい場所だ。真っ直ぐに飛ばせば遮るものはなにもない。
 
「…………」
 
アールは握り締めた剣を体の斜め後ろに引いてから目を閉じ、剣から伝わる魔力を出来る限り全身に溜めていった。そして。
 
剣身から飛び出した巨大な三日月形の光が赤みを帯びて遠くの山を目掛けて放たれ、空気に溶けたように消えていった。眼下にいた魔物たちは攻撃を受けたわけではないが危険を察して落ち着かない様子で散ってゆく。
アールの背中にじわりと汗が滲んだ。
 
「まだ……」
 
まだ、物足りない気がした。まだ大きな攻撃が出来る。そんな気がした。まだ使いこなせていないもどかしさがある。
剣を握った手を見ると、微かに震えていた。身体がまだ欲している。
 
「痛ッ!」
 突然、ズキンと頭が痛んだ。こめかみを押さえ、顔をしかめた。
「体がついていけていないのです」
 と、背後からルイが声を掛けた。
「ルイ……」
「使い慣れたパソコンに新しい機能をダウンロードできても、対応していなければインストールできないようなものです」
 と、心配そうにアールを見遣った。
「……ごめん、パソコンわからないからダウンロードとインストールの違いがわからない」
「簡単に説明すると、ダウンロードはデータの保存、インストールはそのデータを使えるようにすることです」
「私自身が成長しないといけないってこと? でもどうやって……」
「僕からしてみればアールさんは十分成長されていると思うのですが……」
「何が足りないんだろう。パソコンなら新しいものに買い換えればいいけど、人間の場合どうしたらいいんだろう」
 
ルイはアールが魔法攻撃を放った方角を見遣った。シドたちが来たことを知らせに出てきたのだが、まさかアールが試しに軽く放った魔法攻撃の威力を目の当たりにするとは思わなかった。
 
「頭痛は大丈夫ですか?」
「うん、なんとか」
 アールは心配かけまいと笑顔を作った。
「よくならないようでしたら、言ってくださいね。先ほど、シドさんたちが来ました」
「ほんと? ベンさんも?」
「はい。ジョーカーさんも」
「え……」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -