voice of mind - by ルイランノキ


 静かなる願い2…『絶望』

 

 
午前5時半。
朝食を作り終えたルイは仲間を6時に起そうと一先ずラップをかけてからノートパソコンを開いた。
 
検索バーに《緊急時伝言サービス》と打ち込んでそのサイトを開いた。更にそこから仲間の名前をフルネームで検索していく。──そして。
 
「アールさん!」
 と、思わず声を上げてしまった。
 
その声にアールは掛け布団を払いのけて起き上がる。
 
「はい……」
 眠気眼で返事をして、大あくびをした。
「すみません起してしまいました……」
「どうしたの?」
 と、目を擦り、布団を畳んだ。
「シェラさんから……メッセージが」
「え……?」
 
アールは椅子に座ってパソコンを開いているルイの横に移動し、画面を見遣った。掲示板にシェラ・バーネットという名前でアール宛にメッセージが書かれていた。
 
《 宛先:アール・イウビーレ様
 差出人:シェラ・バーネット
 
【伝言】
アールちゃん、シェラです。お元気?
この度、仮釈放が決まりました。
それで、真っ先にアールちゃんに連絡しようと思ったんだけど、連絡先がわからなくて。
旅は順調? 私はこれからどうしようかなって少し途方にくれています。
母のお墓に手を合わせに行きたいけれど、前科つきの私が故郷に戻ったって追い払われてしまうかな、なんて柄にもなく不安で。
刑務所に入れられている間にすっかり小心者になってしまったみたい。
アールちゃんは今どの辺りを旅しているのかしら
よかったら教えてね。
 
返事待っています。》
 
「これって……ほんとにシェラ?」
「えぇ、おそらく。お返事書きますか?」
「書けるの? でも誰でも書けちゃうんじゃ……なりすましとか大丈夫?」
「このサイトは有料ですし、個人情報の登録、証明書が必要なので滅多になりすましは現れません。互いに【お友達登録】していれば無料で送り合えますが、初めての場合はメッセージを読むにも返事を書くにも別途料金がかかります。そこまでしてなりすます方は滅多にいません。全くいないとは言い切れませんが」
 と、キーボードを叩いて返信画面を開いた。
「どうぞ」
 と、席を立つ。
「え、私パソコン使えない……」
「メッセージを打つだけなので大丈夫ですよ」
「…………」
 アールはパソコンの前に座った。
「簡単入力にしましょうか」
 ルイが横からキーボードを操作した。
 ローマ字入力から平仮名入力に切り替った。
「えーっと……」
 アールは人差し指で一文字一文字探しながら返事を打ち始めた。
「コーヒー入れましょうか」
「うん……」
  
《【伝言】
しえら!元気だよ!仮釈放おめでとう!しえらシエラしえええええ》
 
「……ルイ、シェラの小さい【ぇ】ってどう出すの? ていうか……代わりに打ってくれない?」
 すぐにお手上げ。そしてルイに丸投げ。
「わかりました」
 ルイはコーヒーをアールに渡し、席を替わった。
 
アールが打った奇妙な文章を見遣り、くすりと笑って打ち直した。
 
《【伝言】
シェラ!元気だよ!仮釈放おめでとう!》
 
「この後はどうなさいますか?」
「えーっと……『シェラも元気そうでよかった』」
 アールが言った言葉をルイは文章に起していく。
「ハートマークとか使えない?」
「使えますよ」
 と、ハートマークを打ち込んだ。
「それから──」
 
《【伝言】
シェラ!元気だよ!仮釈放おめでとう!
シェラも元気そうでよかった(ハート)
このサイトのこと知らなかったんだけどシェラからメッセージが届いてるってルイから聞いて驚いた。嬉しかったよ、ありがとう。
お墓参りのことだけど、みんなシェラの帰りを待ってると思うよ。誰もシェラのこと責めてなんかないよ。》
 
「シェラさんの故郷にお邪魔したことは書かないのですか?」
 キーボードを打つ手を止めて、隣に立って画面を見ているアールを見上げた。
「……今思うと、頼まれたわけじゃないから。勝手に行って、勝手に満足してた」
 と、椅子に座る。「余計なお世話だったかなって」
「ですが……シェラさんが故郷に戻ればアールさんが来たことを知ると思いますよ?」
「うん、そうなんだよね……じゃあ『実は勝手ながら』──」
 
《実は勝手ながら、シェラの故郷、カモミールに行きました。そこで、シェラのおばあちゃんや、お兄さんとお会いしました。そして、勝手ながらシェラのお母さんのお墓に手を合わせに行きました。
余計なお世話だったと思います。ごめんなさい。
でも、カモミールでシェラのこと知れてよかった。みんなに愛されてるなって思ったよ。だから、会いに行ってあげてください。
そういえばお兄さんと沢山会話したのに、名前を訊きそびれました。よかったら教えてね》
 
「ねぇルイ」
「はい」
「シェラはなんで今私たちがどの辺りを旅してるのか訊いてきたんだろ」
「…………」
 ルイは文面を見遣り、考えた。
「なんとなくかな? それならいいんだけど、もしも会いに来ようとしてくれてるなら教えるのはやめようかなって。危険だし。シェラはもうお尋ね者じゃなくなって街のゲートとか使えるようになったんでしょ? 街の中で堂々と生活も出来るようになったんでしょ? なのにまた“外の世界”に呼ぶのは気が引ける……」
「アールさん……」
「自意識過剰かもしれないけどね」
 と、笑う。
「……いえ、シェラさんは心優しい方ですから、きっと居場所がわかれば会いに来てくれるのだと思います」
「やっぱり?」
「えぇ……」
 
そして、ルイは話そうかどうか迷っていたことを口にした。
 
「アールさんに話していなかったことがあります」
「なに?」
「シェラさんのことですが、実は……全て知っているんです。アールさんが別の世界から来たことなど」
「え……?」
「アールさんが精神的に疲れて倒れてしまったときに、彼女はアールさんのことを心から心配していました。旅をやめさせたほうがいいとおっしゃられて」
「…………」
「あまりにも真剣だったので、僕らも彼女と真剣に向き合おうと思い、話しました。彼女は半信半疑ではありましたが、最終的には信じてくれたようで、自分のことのようにアールさんを思い、僕らを叱りました」
「叱った?」
「残酷すぎる、と、そう言って」  
   
ルイが当時のことを思い出しながらアールに伝えたのはシェラの言葉の一部だけだった。
 
「シェラさんは『こんなの勝手すぎる。普通に生活していた女の子が突然、別世界に引きずり込まれ、危険な旅に連れ出されて、彼女からすればよく今まで歩いてこれたものだ。たった一日が、彼女にとってどんなに長いか』と」
「そう……」
「それから……僕らはアールさんを守る為にいるというより、無理矢理歩かせて絶望に追いやる為にいるようにしか思えないと、おっしゃられて」
 と、ルイは視線を落とした。
 
“犠牲”や“死”という言葉が飛び交ったことは口にしなかった。
 
「絶望……」
 と、アールは呟いた。そして。
「絶望は見たことないな……」
「え……」
「みんなと一緒にいて、絶望を見たことはないよ。絶望的になったことはあるけど」
 と、笑う。「未来に絶望は見てないよ」
 
アールははっきりとそう言った。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -