voice of mind - by ルイランノキ


 トーマの冒険記23…『星の少ない夜に』 ◆

 
夕飯を食べ終えたアールは、外の空気を吸いたくなって屋敷を出た。イストリアヴィラという本屋敷の周りは木々に覆われており、屋敷に続く一本道がカーブを描いて森の奥へと伸びている。
テトラによればこの辺りは結界で囲んでいるため魔物は出ないという。
道なりに進んで行くと、その道は途中で消えていた。道の先は高さ130メートルはある崖だったのだ。その下には広々とした草原が広がっているが、暗くて月明かりの光でぼんやりと見えるだけだった。改めて朝にまた来ようと道を引き返していると、携帯電話が鳴った。
 
『もしもしアールちゃん?』
 
優しい女性の声。聞き覚えがある。特定するのに時間がかかった。
 
『私。サンリ。お土産ありがとうね』
「あ……はい。無事に届いてよかったです」
 
フマラの、おばさんだ。この世界で母親代わりになる人。
海底の町で買ったお土産が届いたらしかった。
 
『旅は順調?』
「はい。今のところは」
『そう、よかった』
「……サンリさんは? マークは元気ですか?」
『うん、みんな元気よ。もう寝ちゃったけど』
 
違和感のある会話だ。少し気まずい。
 
「そっか。また、どこか素敵なところに寄ることがあったらお土産送りますね」
『ありがとう、楽しみにしてるわね』
 
電話を切って、空を見上げた。星がちらほらと見える。少し曇っているのだろうか。
視線を落とすと、ヴァイスが立っていた。
 
「……ヴァイス。向こうにはなにもないよ。草原が広がってるけど、道は途切れてる」
「…………」
「スーちゃんは? 一緒じゃないの?」
「先に寝たようだ」
「そう。じゃあ私ももう寝ようかな。おやすみ」
 
アールがヴァイスとすれ違おうとしたとき、腕をつかまれた。驚いて振り返ると、ヴァイスの手がアールの髪に伸びた。思わず身を縮めたが、グローブを身に着けていたヴァイスの指につままれたのは尺取虫だった。
 
「やだ!! きもい!」
 と、咄嗟に振り払った手がヴァイスの腕に当たり、尺取虫は飛んでいってしまった。
「あ、ごめん……」
「いや」
「軟らかい虫ってどうも苦手……」
「今のはクリームシチューの味がするらしい」
「冗談やめてよ……」
「…………」
「冗談じゃないの?!」
「食したことはないが、まろやかな味だと聞く」
「食べようと思ったわけじゃないよね?」
「…………」
「食べようと思ったの?!」
「いや」
 と、微かに笑った。
「もう! おやすみ!」
 
屋敷の戻ろうとして、はたと足を止めた。生ぬるい夜風が袖を捲くった腕を撫でてゆく。
 
「食事会のとき……」
 と、振り返らずに訊く。「一緒にいた女の子可愛かったね」
「…………」
「意外と、ああいう子、好き?」
 と、笑顔で振り返る。
 
ヴァイスは無表情でアールを見下ろしている。
 
「何故だ?」
「……なんとなく。ほら、ヴァイスってあんまり人と話してるの見ないから。あんな感じの積極的な女の子が好きだったりするのかなーって」
「…………」
「あの、婚約者のスサンナさんってどんな人だった?」
 
なんで
こんなことを訊くんだろう。
 
訊いてどうするんだろう。
なんで訊かずにいられなくなったんだろう。
 
「……お前は」
「え?」
「婚約者がいるのだろう?」
 と、アールの薬指に視線を向けたヴァイス。
 
「あ……うん」
 
反対側の手で、指輪を撫でるように隠した意味を
私は知る気になりもせず……。
 

第三十三章 トーマの冒険記 (完)

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -