voice of mind - by ルイランノキ


 トーマの冒険記22…『おとぎの国の静かなる願い』

 
ライリーの祖母の名前を聞いたテトラは、驚き、納得したように頷いた。そして、年のせいで物忘れが酷くなったことを嘆いた。
 
この本を作ったのはライリーの祖母である魔術師だった。テトラに依頼されたもので、白紙のままテトラの元へ送られた。その際に孫が突然いなくなったという話を聞かされていた。
 
ライリーは試作段階だった本を開き、まだ物語のない白紙の世界、無の世界へ入り込んでしまったと思われる。その後、テトラによって本の中の世界(物語)が生まれ、彼女の存在はテトラが把握していない部分での登場人物になってしまたようだ。そのため、テトラは彼女の存在を知らないままに助け出すことができなかったという。
 
ライリーが本の中へ入り込んでしまってから、現実の世界では20年の年月が経っていた。
そして、ライリーには更に受け入れなければならない現実が待っていた。
 
「ライリー、君のおばあさんは4年ほど前に亡くなっている」
 
言葉でそう言われたからといってすぐに信じられるわけもなく、その目で確かめるまでは涙など出はしなかった。
ライリーはテトラから自宅までの帰り道を聞き、一先ず家へ帰ることにした。テトラが言っていることが事実だとしても、両親は元気に違いない。弟もきっと。
 
「君を見て驚くだろうな。年をとっていないのだから。君の弟は君よりも年をとっているはずじゃよ」
 
ライリーはぎこちなく笑って、アールに歩み寄った。
 
「アール、連絡先教えてくれない? それで、私に居場所がなかったら一緒に旅がしたいな」
「あ……うん、連絡先はいいけど……」
 と、ルイを見遣った。
「危険ですよ、外を旅するのは。おすすめできません」
「わかってる。でも私……」
「とにかく、電話番号教えておくね」
 と、アールは携帯電話を持っていないライリーのために紙に連絡先を書いて渡した。
「ありがとう」
「その後のことは、まずは家に帰ってからゆっくり決めるといいよ」
「うん。そうする」
「俺っちの連絡先はこちら」
 と、脇からカイも紙を渡した。
「ありがとう。じゃあ私はここで。助けてくれてありがとう」
 
ライリーはイストリアヴィラを出て、20年経った実家へ戻って行った。
アールはカウンターに金のプレートを置いた。
 
「これは? これを集めろってこと?」
「そうじゃな。次は《おとぎの国の静かなる願い》という本を探すのじゃ」
「それも時間制限内? 少し休みたい……」
「夜も遅いからの。翌日にでも挑むとよい」
「ここで寝泊りさせてくんない?」
 と、カイが申し出る。
「構わんよ。今日はもう閉店じゃ」
 
とはいえ、本探しは早いほうがいい。アールは《おとぎの国の静かなる願い》を探しはじめた。ルイはテーブルを出して夕飯の準備を始める。もちろん、テトラに許可を得て。カイはそそくさと布団を出して部屋の隅に敷いた。
 
「ジョーカーのことだが」
 と、シドはテトラに訊く。「一人で本に入ったんだろ?」
「あぁ、そうじゃ」
「……その前に誰か入ったか?」
「入ったのぉ。白塗りの男じゃったが、様子がおかしかった。目はうつろでかろうじて意識を保っているようじゃった」
「…………」
「どうした」
「いや」
 
シドは隣に立っていたジャックに言った。
 
「本が見つかったら連絡しろ」
「お前はどうするんだ」
「こんな埃くせぇ場所にいられるかよ」
 と、本屋敷をあとにした。
 
しばらくしてジョーカーも本屋敷を出て行った。ベンはため息をこぼしながらも次の本を探す。ジャックも空腹のお腹を摩りながら本を探すのを手伝った。
 
ヴァイスは肩のスーをルイが出したテーブルに移動させた。ルイがスーのために水を出した。
 
「ヴァイスさんもなにか飲まれますか?」
「コーヒーを頂こう」
「かしこまりました。」
 椅子に座り、本棚を眺める。
 ルイはそんなヴァイスをちらちらと気にかけた。
「なんだ」
 と、視線を感じたヴァイス。
「あ、いえ……。食事会でご一緒だった女性とはどうなりましたか」
「…………」
「本の中の住人ですからどうなるわけでもないのですが……」
「ならなぜ訊く」
「すみません……」
 と、ヴァイスにコーヒーを渡し、近くで本探しをしているアールを一瞥した。
「僕らが本から出たとき、《トーマの冒険記》の本を見たらまだページ数が3分の1ほど残っていました。もしかしたら彼の本格的な冒険はこれからなのかもしれませんね。僕らと出会ったのは冒険に繰り出すきっかけに過ぎなかっただけで」
「…………」
「今日はカレーですがヴァイスさんも食べますか?」
「あぁ、頂こう」
 

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