voice of mind - by ルイランノキ


 トーマの冒険記18…『バニップ』

 
E地区の木々を押し倒しながらD地区へ向かおうとするバニップの前に立ち塞がるのはシドだ。E地区を囲む塀の上に立ち、魔力を溜める。その間にヴァイスも塀の上に移動し、銃口を頭に向けて引き金を引いた。銃弾は動き回るバニップの肩をかすめた。バニップは口を大きく開け、怒りをあらわにした。
 
アールとルイは塀の下からシド等に声をかけた。
 
「C地区には行かせないで!
「E地区から出さないでください!」
「無茶苦茶だな……」
 シドは魔力を放ったが、バニップは自分を守る結界を使えるらしく、交わされてしまった。
 
ルイの目に、バニップがいるにもかかわらずE地区へ入っていこうとする男の姿が見えた。
 
「危険ですよ!!」
 と、ルイが慌てて駆け寄ったが、その男性の頭上にバニップの手が迫っていた。
 
ルイは結界で男を守ろうとしたが間に合わず、バニップに捕らえられてしまった。そのまま口へと運ばれる。
 
「助けてくれッ……助けてくれッ!!」
 
その様子を見て、ヴァイスは塀を蹴ってバニップに飛び乗り、目玉を狙って銃弾を放った。
その瞬間、男を握っていた手に力が入り、バキリと嫌な音がした。バニップは男を離し、目を押さえながら叫んだ。落下していく男を結界で囲んだルイの脇を、次から次へと島の男たちがすり抜け、E地区へ入っていく。
 
「危険ですよッ!!」
 危険も顧みずに飛び込んでゆく彼らは一体E地区になんの目的があるのか。
「私が始末しよう」
 と、突然ルイの背後に現れたのはフードを下ろしたジョーカーだった。
 
ジョーカーに気付いた一行は思わず行動を一時中断させた。
ジョーカーは視線を浴びながらワイヤーで吊られているかのようにふわりと浮かび上がり、塀の上に着地した。そこにはシドがいる。
 
「てめぇ……これまでどこにいやがった」
「…………」
 ジョーカーは何も答えずにバニップの頭頂部に移動し、すぐに戻ってきた。
 
「今なにかした?」
 と、アール。
「ここからではよく見えませんでした」
 ルイは中に入っていった男たちを気にかけながら答えた。
 
そして、ジョーカーが片手を懐の中に入れた瞬間、バニップの巨体が突然真横にへし折れた。生き物の鳴き声とは言いがたい声を出したバニップは、そのまま泡を吐きながら倒れ込んだ。
 
アールはゾッとし、二の腕を摩った。人間は目の前で起きたことを頭で理解できる範囲を超えると恐怖を抱くものだ。それが生き物の命を奪うことだとしたら尚更だ。
 
「一瞬にして殺した……」
「彼の力でしょうか……」
 
ジョーカーはバニップが動かなくなったのを確認し、塀から地面へ降り立った。
 
「一体なにを……?」
 ルイがそう訊くと、ジョーカーは妙なことを口にした。
「クラウンはどこだ?」
「え……」
「クラウン? まだ会ってないよね」
 と、なにも知らないアール。「ていうか、クラウンも来てたの?」
 
アールはオーガの正体がクラウンであることを知らずに倒していた。
結界で守られていた男が呻いている。
 
「アールさん、すみませんが彼に回復薬を渡してもらえますか」
 と、アールに回復薬を託した。
「あ……うん」
 それと入れ違いに、ヴァイス、シドたちがジョーカーの元に集まった。
「あのオーガは、クラウンだったのでは?」
「てめぇが連れて来たんだろうが」
 と、ルイとシド。
「オーガ? オーガに変身したのか」
「なにすっとぼけてんだよッ。二人してどこに行ってやがった」
「今話すべきか?」
 と、ジョーカーはアールに目を向けた。負傷した男に手を貸しながら歩いてくる。
「この人、骨折れてるみたい……」
「この近くに病院はありますか?」
「ないがゲートがある……そこから病院へ向かうよ」
 と、冷や汗をかく男。
「一体、この地区になにがあるのです?」
「…………」
 男は答えず、後から来た彼の知り合いに連れられてゲートへ向かった。
 
「人が多くいましたし、この騒ぎで怪我をされた方がいるかもしれないので、僕は一通り様子を見に行ってみようかと思います」
「私は……トーマさんたちが気になるし、片付けもあるから先に戻ってるね」
「片付けは僕がしますからそのままでいいですよ」
「わかった」
 と答えるものの片付けるつもりだ。
 
ルイはA地区へ向かった。案の定、この騒ぎで海に飛び込んだ人やバニップから逃げようとしていた人々に押し倒されて怪我をしている人が多くいた。
アールはB地区へ。そして、残された一同は改めてジョーカーに問う。
 
「──で? てめぇはどこにいたんだ」
「クラウンを追って本の中へ。途中、見失った。化け物化しかけていたからな」
「詳しく話せ」
 と言ったのはヴァイスだ。
「ベンが持っていたアーム玉を奪ったのは確かだ。だが、奪ったのは私ではない」
「クラウンか」
「奴は君を許してなどいなかった」
 と、ジョーカーはシドを見遣った。そしてこう続けた。
「三部隊は十部隊に仲間を紛れ込ませ、クラウン等がグロリアのアーム玉を奪おうとしていたのを邪魔した挙句、仲間を殺した。そのうらみつらみを捨て切れなかったのだろう。アーム玉を奪い、使えるものを利用した。ただ、その利用の仕方を誤ったようだ」
「黒魔術で力を取り入れ、化け物化したのか」
「そうだ。私の静止を無視してな」
「本当かどうか疑問だな。クラウンは女を狙ってた」
 と、シドは鼻で笑う。
「コントロール出来なくなっていたんだろう」
「俺たちが本の中に入ったのはあんたが本の中へ入って行った後だ」
 と、ジャック。「テトラからあんたひとりで入っていったと聞いたぞ」
「なにか間違っているか? 確かに入ったときは私ひとりだった。その前にもう一人いたということだろう」
「……チッ、なんか腑に落ちねぇな」
 シドは苛立った。
「テトラに訊くといい」
「お前には俺等にうらみつらみはないのか」
 と、黙って訊いていたベンが口を開いた。
「元々この私が十部隊という下位の隊長であることに疑問を抱いていた。三部隊に招かれるのは光栄だ」
「それでアーム玉はどうした」
「残ったものだけだが、回収した」
 と、アーム玉が入った瓶をシドに渡した。
 
シドは減った中身を確認し、アールたちのアーム玉は無事であったことに安堵した。
 
「それで、オーガと化したクラウンはどこに行ったのだ」
 と、ジョーカー。
「……殺した。グロリアがな」
 と、シドは言った。
 
ジョーカーは「そうか」と短く答え、これ以上の話はしなかった。
嘘を並べるのも一苦労だ。バニップも、金でテトラに頼んだことだった。
 

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