voice of mind - by ルイランノキ


 トーマの冒険記7…『心の動揺』

 
洞窟内から雨が落ちてくるのを眺めていた。
このまま永遠に止むことはないような気がしてきて、青空を恋しく思う。
 
ヴァイスがそんなアールの横に立ち、同じ空を見上げた。灰色の空。冷たい雨を降らせ続けている。
 
「寒くはないか?」
「うん、大丈夫。コートごめんね」
 と、ヴァイスに借りたコートを脱ごうとしたアールの肩に、ヴァイスの手が乗った。
「着ていろ」
「ヴァイスも寒いでしょ?」
「……いや」
「さっき寒そうに腕摩ってたの見たよ?」
 と笑うアールだったが、ヴァイスはアールを見つめたまま彼女の腕を掴んで引き寄せた。
「──?!」
「なら、温めてくれるか」
「え……」
 
ヴァイスはゆっくりとアールを押し倒し、頭を打たないようにと彼女の頭に手を添えた。そして、彼の息がアールの頬を撫でた。
 
  * * * * *
 
「わッ?!」
 と、アールは飛び起きた。
 
体にかけていたヴァイスのコートがはらりと落ちた。
心臓が壊れたようにバクバクと音を立て、胸が苦しくなる。
 
「どうした」
 洞窟の出入り口にいたヴァイスが振り返り、アールに歩み寄った。
「ち、近寄らないで!」
 と、立ち上がり、後ずさった。
「…………」
 
ヴァイスは黙ったままアールを見据え、静かに視線を逸らしてコートを拾い上げた。
 
「あ……ごめん。違うのッちょっと……変な……おかしな夢を見ちゃって……」
 動揺するアールに、ヴァイスは言った。
「怖い夢でも見たのか」
「違う……ヴァイスが出てきたんだけど……」
「悪い夢か」
「え……?」
「お前にとって、悪い夢を見たのだな」
「…………」
 
 悪い夢 ?
 
「…………」
 言葉が出ない。否定も肯定もできない。
 
 なぜ
 
「着ていろ」
 と、ヴァイスはその場から動かず、コートをアールの方へと放り投げた。
 
アールは咄嗟に受け取った。ドクドクと脈打ち、汗を滲ませた。そして、思い立ったように薬指の指輪に触れた。
 
アールの携帯電話が鳴る。慌てて電話に出ると、カイからだった。
 
『もっしー? アールん? 今なにしてる?』
 カイの声に、少し安堵した。動悸が落ち着いてくる。
『もしもーし』
「カイ……今どこ」
『んっとねー、集落』
「どこの集落よ」
 と、笑うものの、うまく笑えない。
 
盗み見るようにヴァイスに目を向けたアールだったが、そこに彼の姿はなかった。
 
「あれ……?」
『ん? どしたの?』
「あ……ううん」
『元気ない? 馬の声でも聞く?』
「馬? 馬がいるの?」
 と、洞窟の内壁に寄りかかり、その場に座った。
『わーって鳴くからビックリしたんだ』
「わー?」
『おっさんの声で、「わーっ。わーっ」って鳴くんだよ』
「きもちわるっ」
 と、笑う。でもやっぱりぎこちない。
『でしょー? これからさぁ、ミンフラがいるところに行くんだ。励ましてよ』
「トーマさんと?」
『うん』
「大丈夫なの? 合流するの待ったら?」
『そんな時間ないかもしれないじゃん』
「そっか……」
 と、腕を見遣った。時刻は16時26分。
『無理はしないよ。だからとりあえず行ってみて、無理そうなら戻ってアールたち待っとく』
「うん。それがいいよ。無理はダメだけど、がんばってね。気をつけて」
『カイなら大丈夫って言って』
「カイならきっと大丈夫」
『カイかっこいいって言って』
「カイはかっこいいよ」
『カイ大好きって言って』
「好きだけど、仲間としてね」
 そう言いながら、ヴァイスが脳裏に浮かぶ。
 
また、息苦しい。薬指に嵌めた指輪に違和感を覚える。毎日嵌めていて体の一部と化していたのに、急に存在の主張をはじめる。
 
『んもう、照れ屋さんなんだから!』
 と、電話が切れた。
 
アールはヴァイスのコートを持って洞窟の出入り口へ移動して辺りを見回した。雨は降り続けている。ぬかるんだ地面にヴァイスの足跡があったが、雨ですぐに消えた。
 
どしゃぶりの中、どこに行ったんだろう。
不安になる。
 
「私……」
 酷いことを言ってしまったと改めて思う。近寄らないで、だなんて。
 
コートをたたんで端に置き、ヴァイスを探しに出ようとしたが、ちょうど彼が帰って来た。びしょ濡れで髪から滴る雨。驚いたアールに差し出した手には、ブレスレット。
 
「あ……」
 アールは思わず自分の手首を見遣った。仲間とのお揃いのブレスレットがない。コボルトに襲われたときに切れたのだろう。
「探しに行ってくれたの……?」
「…………」
 
雨が滴る前髪の隙間から見えた彼の赤い目は、とても寂しそうだった。アールは視線を逸らし、ブレスレットを受け取った。
 
「ありがと……」
 
彼は黙ったまま洞窟の奥に移動し、腰を下ろした。
アールは切れたブレスレットを手首に回して、硬結びをした。コートを拾い上げ、ヴァイスに返そうと思ったが、奥で静かに座っている彼を見て、思いとどまった。肩に羽織り、その場に座った。
雨音に耳を傾け、膝を抱える。
 

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©Kamikawa
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