voice of mind - by ルイランノキ


 イストリアヴィラ14…『いかだに乗って』

 
森の奥深く。ジョーカーの鎌が陽の光を反射させた。
彼の目の前には蠢く黒い塊が地面を転げまわっている。魔物と人間を合わせたような呻き声が続き、黒い塊は次第に大きくなってゆく。
 
ジョーカーの背後に人影が現れた。シドにアーム玉の力を与えたアサヒだった。
 
「不気味だなぁ」
 と、徐々に巨大化していく黒い塊を眺めた。
「…………」
「大した力もない者が見よう見まねで下級の悪魔を召喚して力を貸してもらうとなるとろくな結果を招かないよ」
「構わん。私達の命は既にシュバルツ様と共にある」
「素晴らしい忠誠心だけど、これ、コントロール出来るの? 彼もまさかこんな姿になるとは思っていなかっただろうね。このまま身体が持たずに死んでしまうかもしれない」
「そのために悪魔を召喚したのだ。普通の人間では既に死んでいる」
「まぁ、コントロールできるならいいけど、どこまで巨大化するんだ?」
 
アサヒとジョーカーは黒い塊を見上げた。黒い物体の中に顔らしきものが歪んで見える。クラウンだった。
地面には元々シドがアールからもらったブレスレットが落ちている。それに気がついたのはアサヒだった。
 
━━━━━━━━━━━
 
ヴァイスが見つけた古い小屋は、トーマの家と比べるとしっかりとした佇まいで、いかだを作るのに必要な道具はほとんど揃っていた。
 
「この小屋は長らく使われていないようですね」
 と、小屋の中を見回すルイ。
 
低い天井には蜘蛛の巣が張り巡らされており、小屋に置いてあった釣りに使う道具や端に寄せられたテーブルなどには砂埃がかぶさっていた。床についた足跡は一行のものだ。
丸太を頑丈なロープで繋げた簡単なものではあるが、時間をかけて全員が乗っても安定する大きさのいかだを作り、海に浮かばせた。
 
「5人乗っても余裕がある広さですから、これなら安定感もあるでしょうね」
 と、ルイ。
 
小屋の隣には放置されていた小型ボートがあったが、ひどくさび付いていて大きな穴が空いており、エンジンも壊れていた。使い物にならなかったが、小屋内の奥に立てかけてあったオールは使えそうだ。
 
「いかだの上に乗せる板があれば結界を張れるのですが……」
「丸太の太さもバラバラだしちょっとでこぼこしすぎだよね」
 と、アールは丸太に触れる。
 
不安はあるものの、腕の時計が目に入ると急かされる。一行は自作のいかだに乗り込み、ミンフラが向かった島へ向かった。
 
海は穏やかで、いかだを大きめに作ったこともあって落とされそうになるほどの揺れはない。トーマが一番前に腰を下ろし、船を漕ぐ。その後ろでカイがもうひとつのオールを使って楽しそうに漕いでいた。
 
「静かすぎて不気味なくらい」
 と、アールは言った。
「なにごともなく島に着けるとは思えんな」
 そう言ったのはベンだ。
「浮き輪がなかったのが残念」
 泳げないアールは一抹の不安を口にした。
「あ、俺浮き輪もってる」
 と、カイ。
「ほんと?」
「アーム玉探したときにシキンチャク袋の中身全部外に出したじゃん? そんときにシワッシワになってた浮き輪が出てきた」
 と、カイは顔をしかめてシワシワを表現した。
「持ってること忘れてたの?」
「うん、食べかけのドーナツも出てきた。カビってた」
「最悪……」
「食べ物は食料用のシキンチャク袋に入れておかないとダメですよ」
 と、ルイ。
「あとね、これも出てきた」
 と、カイは首にかけているものを服の中から引っ張り出した。5円玉だった。
「5円玉! 懐かしい! そういえばあげたね! ていうかシキンチャク袋の中に放り込んでたんだ……せめて財布の中に入れておいてよ」
「あとで入れようと思って数ヶ月」
「あるあるだけどさ」
「ネックレスにしてみました」
「うーん……5円玉をネックレスにしてる人なんて初めて見た」
 
アールはそう言って、カイの首に掛けられた5円玉を眺めた。──久しぶりに、5円玉を見た。
穴の空いた金色の5円玉。懐かしいと感じるほど、この世界の硬貨を見慣れてしまった。
なんで穴が空いているの?と訊かれて憶測で適当に話していたらシドがつっこんできて。あの頃はタケルのこともまだ聞かされていなくて、今以上に知らないことが多かった。
 
「波が……」
 と、ルイ。
 
一行はルイの視線の先を見遣った。不自然に一部だけが盛り上がった波が近づいてくる。
アールは剣を抜き、ヴァイスは銃を構えた。
 
「転覆しないように」
 とルイが言ってみたものの、まずそれは難しい。
 
目の前まで迫ってきた波の中から、大きなクラゲの魔物が飛び出してきた。
 
「クラゲ速ッ」
 アールが剣を振るい、真っ二つに引き裂いた。引き裂かれたクラゲは海の中へぽちゃんと落ちた。
「呆気ない終り方でした」
 と、カイが言ったが、視線を水平線に向けると四方八方からクラゲの波がやってくるのが見えた。
「数が多い……」
「クラゲは毒があります」
 と、ルイ。
「だと思った」
「散弾銃なら半数は減らせるだろう」
 と、ヴァイスがショットガンを構えた。
「え? え? ヴァイスっち散弾銃も持ってたの?」
 カイが漕ぐのをやめてブーメランを楯にした。
「ヴァイスさんの武器は魔銃ですよ」
「まんじゅう?」
 
銃口から発射された散弾は飛び出してきたクラゲの半透明な体を貫いた。アールも視界に入り込んでくるクラゲを次々と斬ってゆき、ベンも応戦した。背後に迫ったクラゲはルイがロッドをふるって追い払い、カイもブーメランを投げ飛ばすことは出来ないが振り回していかだを漕ぎ続けているトーマの身を守った。
 
いかだは大きく揺れ、海水によって足元はびしょ濡れ、いかだの上にはゼリー状に伸びきったクラゲの死体がいくつも揺れている。それらをアールたちは足や武器で払いのけた。
 
「誰も落ちなかったことが奇跡……」
 と、アールは膝をついた。
「休む暇もなさそうですよ」
 ルイが上空を見遣った。黒いなにかが飛んでくるのが見える。
「通り過ぎますように」
 と、カイが祈る。
「急降下してきます」
「海に突っ込みますように」
 と、カイが祈る。
 
ヴァイスの散弾銃がここでも役に立った。次々と上空の魔物を打ち落としてゆく。しかし弾にも限界がある。アールは気を集中させ、剣を振るって魔力を放った。攻撃を交わした魔物もいたが、ルイの攻撃魔法エンラファーガによって海へと落とされた。
 
「お前たち強いんだな」
 と、トーマ。
「ルイ、大丈夫? 攻撃魔法なんか使って……」
「えぇ、アーム玉の力を授かったことで、攻撃魔法の威力も上がりましたし僕自身も成長したようで、以前ほどの疲労や消費は感じません」
「よかった……」
 
ヴァイスが構えていたショットガンがハンドガンへと形を変えた。
 
「ヴァイスもそれ、強化かなにかしてもらったの?」
「そういえばモーメルさんから聞きましたがその武器を改装した方に会いに行ったとか」
 と、ルイ。
「あぁ」
「ヴァイスん、アールとルイからの質問に一言で返すの巻」
 と、カイ。
 
それからはこれといってトラブルもなく、漕ぎ進めることに集中することができた。そして、ようやく島までの半分の距離までやってきた。目的地の島が大きく見える。島に着いたら着いたで、なにが待ち受けているかは想像もできない。
水面が小刻みに揺れはじめた。海底から振動が伝わってくる。
 
「嫌な予感しかしない」
 と、カイ。
 
警戒心を向け、一同は体を強張らせた。どこからなにが現れるのか息を飲んで注意を払う。
振動が止まり、不気味な静けさが襲う。ずっと漕ぎ続けていたトーマも、オールを片手に錆びた刀を構えた。
 
10メートルほど離れた水面が、急に盛り上がってきた。
 
「大物……すぎない?」
 
水面から顔を出したのはワニだった。ただ、大きさに絶句する。
 
「いかだごと鼻の穴に入れそう……」
 と、カイが言った。
「ゴジラ……?」
 と、アール。
「ごじら?」
 と、カイ。
 

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