voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町22…『再び起きる騒ぎ』

 
ゼフィル城、正面玄関前。
 
血を流して倒れているゼフィル兵の死体がいくつも転がっていた。腕や足、首をへし折られている者、上半身を潰されている者、腹部を抉り取られている者など、悲惨な光景を目の当たりにして、リアは言葉を失っていた。
 
朝からずっと騒がしい。助けを呼ぶ声と指示を出す声が交差して、叫び声が途切れることがない。
 
「リアさん?! こんなところでなにを?!」
 と、廊下を駆け寄ってきたのはコテツだった。
「コテツくん……」
「ゼンダさんが捜していましたよ! 早く安全な場所へ!」
 と、リアの手首を掴んだ。
「待って……みんなは? みんなを放っておけないよ……」
「なにを言っているんですか?!」
 強引にリアを引っ張り、走り出した。廊下の突き当りから4本足の魔物が現れ、行く手を塞いだ。
「リアさんは下がっていてください!」
「下がるのはあなたよ、見くびらないで」
 リアは両手を構えた。魔法で対抗する。
 
早朝、血しぶきが突然雨のように降りだした。なんの前触れもなく、正面玄関の警備を破って魔物が現れたのである。魔物は次々と兵士を襲い、噛み殺した。魔物を退治しようと緊急指令が飛び交ったが、仕留めても仕留めても魔物の数が減らない。むしろ、増えていた。
 
「ゼンダさん!」
 地下牢がある東の塔にいたゼンダの元へ、一人の兵士が切羽詰った表情で走ってきた。
「どうした」
「魔物をよこした犯人はムスタージュ組織の第二部隊です!」
「目的は」
「エテルネルライト……保管所の結界が破られました」
「なに……?」
 ゼンダはダブル顕現を使って自分の分身をつくった。本体は塔に止まり、足早に保管所へ向かう。
 
息絶えた兵士や魔物に足場を奪われる。時折粘り気のある血を踏んで滑りそうになった。
護兵がゼンダに付き添い、保管所まで誘導したものの、たどり着いたときには既に厳重な扉は開かれ、そこにあったエテルネルライトは輝きを失って濁っていた。
 
エテルネルライトの研究を任されていたヨーゼフが腕に負った傷を庇いながら歩み寄って来た。
 
「研究資料も奪われました……」
「…………」
「ゼンダ様!」
 と、声を荒げて保管室に入ってきたのはジェイだ。
「今度はなんだ」
「第二部隊の一人を捕らえました!」
「案内しろ」
 
あれだけで終るはずはないと警戒していたというのに、この様はなんだ?
ゼンダは捕らえられている男の元へ向かうと、男はリアを人質にとっていた。リアの背後に回り、20cmほどある刃物を首に当てている。
血相を変えたコテツがゼンダに頭を下げた。
 
「すみません……少し目を離した隙に……」
「コテツくんのせいじゃないわ」
 と、リア。「私は大丈夫」
「目的は何だ」
 ゼンダは男に問う。男はフードを深く被っており、そこから覗かせる黄ばんだ歯が見え隠れした。
「お前がよく知っているだろう、ゼンダ国王。我々を欺き、お前の欲望で塗り固まれた創造の世界など誰も望んでいない。我々の心は常にシュバルツ様と共にある。彼こそが正義。お前のような卑劣な人間の思い通りにはさせないさ」
 と、男がちらりと腕時計を確認したのを見逃さなかった。
「時間稼ぎか。下っ端の役割だな。──ジェイ、第二部隊を逃がすな。まだ中に居るはずだ。命令を下せ。城内には罠の発動を。敷地から出すな。袋のネズミにしてくれよう」
「…………」
 ジェイは困惑し、動かなかった。
「なにをしている。早く行け!」
「足りません……兵が足りません」
 
リアを捉えていた男が吹き出すように馬鹿笑いをした。
 
「人間は愚かだな。命令に従い本能で生きる魔物には敵わんだろう。人間には恐怖や恐れがある」
 
男はナイフの刃をリアの首に押し当て、引いた。鮮やかな血しぶきが真っ白い壁に模様を描き、リアは首を押さえながら膝をついた。その場にいた者たちが彼女に駆け寄ると同時に男は走り去り、透明マントで視界から消えた。
 
「これくらい……自分で治せるわ……」
 リアは回復魔法で首の傷を塞いだ。
「ゼンダさん。彼が言っていた、貴方の欲望で塗り固まれた創造とは一体なんのことですか……?」
 コテツはゼンダを見上げた。けれど、ゼンダは目も合わさず、答えなかった。
「ジェイ、侵入した魔物はどうなった」
「少し前に全滅したとの報告が。ただ、正面玄関の護衛兵も全員……」
「…………」
「命を持って、大半の魔物は食い止めたようです」
「生きている者の手当てに当たれ」
「しかし……奪われた情報は……」
「誰の手に渡るのか、検討はついている」
「…………」
「お父様……」
 血まみれになったコートを纏ったリアが、ゆっくりと立ちあがった。
「着替えてきなさい」
「お父様、組織についてなにかご存知なら話してください。城の者たちは、詳しいことは知らされないまま、言われるがままに命を張って戦っています。きちんと説明を」
「話すことはない」
「信用できませんか……? それとも、私たちにも話せないことがあるのですか?」
「余計な詮索はするな」
「余計な……? 沢山の兵士が犠牲になったのよ?!」
「まぁまぁ、そう怒りなさんな」
 と、そこにやってきたのは返り血を多く浴びたデリックだった。
「生きていたか、デリック」
 と、ゼンダ。
「ゼンダさんにはお考えがあるのでしょう。責めるなら俺を責めてください。城の正面結界を破って侵入しそうになった数十匹はいた魔物を、自爆して食い止めろと命令したのはこの俺なんでね」
 ポケットからしわくちゃの煙草を取り出して口にくわえた。
「そんな……」
「処分なら受けますよ」
 煙草に火をつけ、一服してからゼンダを見遣った。
「いや、それでいい」
「お父様っ?!」
「それでもエテルネルライトは守れませんでしたけどね」
「奴等が侵入したのは恐らく別の場所からだろう。エテルネルライトはまだ迷宮の森にある。すぐに連絡を取れ」
 ゼンダはジェイに指示し、その場を離れた。
 
「大丈夫ですか?!」
 倒れそうになったリアを、コテツが支えた。
「父がなにを考えているのかわからないわ……」
「リアさん……」
「だから母も愛想を尽かすはずね」
 と、苦笑し、救護所へ向かった。
 

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©Kamikawa
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