voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町21…『失われてゆくもの』

 
時刻は午後6時。
 
「はぁ?」
 と、不愉快極まりない顔で言ったのはカイだった。
「いや、すまない」
 と、さほど悪気がないように笑顔で言ったのは町長のグレースである。その手には鍵が握られていた。
「はぁああぁぁぁあ?」
 と、いつにもまして珍しくキレるカイ。
「カイさん……落ち着いて」
「アールとシドとその他のみなさんの代わりにブチ切れてみました」
「わかります、僕も少し不快です」
「いやいや、すまないな。どうしてもアリアン像の目にはめ込まれたアーム玉を持ち帰れなかったことだけが心残りでどうしても手に入れたかったのだよ」
「だからって鍵は既にあなたが持ってらっしゃるということを黙っているなんて……散々捜し回ったのですよ? 人魚のみなさんやギルマンさんたちにも協力してもらい……」
「鍵は持っておると話せば海になど出ないだろう?」
「その鍵と引き換えにと言ってくだされば行きましたよ……」
 
そう、アリアンの塔の第3の鍵は元々グレースが持っていたのである。
 
「そうか? 脅しに掛かりそうだと思ってな」
「…………」
 そう言われるとシドに関しては否定できない。
「ほれ。交換だ」
 と、ルイとグレースはアーム玉と鍵を交換した。
「それにしてもおっちゃんなんで鍵も持ってんの?」
「若い頃に探索して見つけたんだ。その頃にはクラーケンのような化け物はいなかったからな。アーム玉も持ち帰るつもりだったが、アリアン像を破壊するわけにもいかず、一旦そのまま引き下がった。諦めきれずにもう一度潜ったときにはギルマンたちの巣窟になっていたってわけさ」
「破壊しなくてもポロッと取れたけどね」
「そうなのか?!」
「そのアーム玉はなにが入っているのでしょうか。攻撃力を上げるものではないようですが」
「君たちにはこのアーム玉がなんなのか知りたいと言ったが、本当は知っていて頼んだのだ。このアーム玉には記憶が入っている。昔島があったと言っただろう? その頃にその島から見えていた記憶。あのアリアン像を作った男がイラハ村を見守るという意味ではめ込んだのさ。かつてイラハ村で悲劇があったからな」
「悲劇とは?」
「魔物に襲われたのさ。その頃は村を守る結界も丈夫ではなかったから仕方がないんだが、村人の半数は魔物に食われちまった。あの像を作った男の家族も巻き込まれたのさ」
「そうでしたか……」
 
ルイとカイはしばらくグレースの家で話を聞いた。その頃アールは宿のベッドで横になって休んでいた。手首や足首に出来た痣はルイによって綺麗に消えている。そんなアールをベッドの棚から眺めているスー。
ヴァイスは海側の窓を眺めていた。細長い魚がリボンのようにゆらめきながら通り過ぎてゆく。
 
シドはというと、隣の宿の浴場にいた。一仕事終えて入る広いお風呂は格別だった。隣にクラウンさえいなければ、だ。
 
「死ななくてよかったですねぇーえ、グロリア」
「…………」
「シドさんが必死になって助けたからでしょうねーぇ」
「人魚だろ、助けたのは」
「あなたが助けたかったのですか?」
 と、スッピンでにやりと笑う姿も不気味だった。
「死なれちゃ女のアーム玉は使い物になんねぇだろ。覚醒してねぇのに」
「なーるほど、それで必死だったんですねぇ」
「…………」
 
カイもうるさいが、クラウンも負けじと鬱陶しい。ゆっくり浸かっていたかったが、早々と出ることにした。湯船から立ち上がると、クラウンがあるものを見せた。
 
「こんなものを拾ったんですけどご存知?」
「あ?」
 振り返り、クラウンの手にあるものを見て驚いた。
 
アールから渡されたブレスレットだったからだ。確かワードに捨てるよう言ったはずだった。
 
「なんでお前が……」
「どこかで見たことあるなぁと思いましてねぇ。死んでた男の腕から頂いてきました」
 と、クラウンは自分の腕に嵌めた。
 
──ワードは結局捨てずに自分で嵌めていたのか。
シドはワードを思った。
 
「頂いても?」
「……あ? 俺のじゃねーよ。好きにしろ」
 と、シドは脱衣所へ向かった。
 
━━━━━━━━━━━
 
アールは夢を見ていた。
元の世界の自分の部屋で、雪斗からのメールが来るのを待っている。
ファッション雑誌をめくりながら、時折携帯電話を開いてメールが来ていないか確認した。
 
「遅いな……」
 
今日会う約束していたのに、と、ふて腐れる。まだ寝ているのだろうかと。
電話をかけてみようかなと思ったとき、やっとメールが来た。
 
【遅くなってごめん。家の前まで来てる。ドライブにでも行こう】
 
「えーっ、準備してないのに!」
 慌ててファンデーションとリップだけのナチュラルメイクをして服を着替えた。
 
家を出ると、雪斗が待っていた。
 
「来る前に連絡してよぉ、準備してなかったから変な格好……」
「     」
「え? なんて?」
「    、   」
「……雪斗?」
「   ! !!」
「ごめん、なんて言ってんのか聞こえないよ」
「   ……。   ?!  !!」
 
──なにこれ。
 
雪 斗 の 声 が 聞 こ え な い 。
 
 
  * * * * *
 
 
目を覚ましたとき、ドクドクと脈打つ胸の上にスーがいた。まんまるな目をぱちくりとさせるスーに、思わず笑顔がこぼれる。
 
「スーちゃん」
「起きたのか?」
 と、ヴァイスが歩み寄って来た。
「あ……うん」
 体を起こすと、スーはヴァイスの肩に移動した。
「まだ寝ていたほうがいい」
「でも……鍵は?」
「ルイから連絡があった。グレースが持っていたらしい」
「え、そうなの? そうなんだ……よかった」
「熱はないか?」
「熱?」
「顔色が悪いようだが」
「そうかな、熱はないと思うけど」
 
──と、ヴァイスの手がアールの額に伸びた。
心臓が飛び上がり、思わず顔を背けてしまった。
 
「あ……ごめん。大丈夫、熱はないから……」
「……そうか。」
 と、手を下ろした。
「あ、えっと、ちょっと嫌な夢を見たから動揺してて」
 と、慌てて言った。
「辛い夢か?」
「……うん、少し」
 
なんで夢の中の雪斗は、口は動いているのに声が出ていなかったんだろう。なんて言っていたんだろう。雪斗を思い浮かべ、ドクリと心臓が鳴った。
声が、思い出せない。雪斗の声が、再生されない。言われてうれしかった言葉を思い出し、記憶を辿って脳内で再生してみるも、雪斗の声だけが抜け落ちている。
 
「アール、大丈夫か?」
「……ちょっと、顔洗ってくる」
 
洗面所へ行き、精神安定剤を飲んだ。
雪斗の声がわからない。沢山の思い出を再生する。どの雪斗も、声がない。
 
「雪斗……」
 
記憶の中の、自分の声だけが再生される。まるで独り言を言っているかのように。
床にへたり込み、壁に寄りかかった。忘れてく。どんどん忘れてく。
自然と涙が流れて、漏れそうな声を押し殺した。苦しかった。
 
ヴァイスは洗面所のドアの前にいた。彼女の様子がおかしいことはわかっているが、なにも出来ない。ドアを隔てて腰を下ろした。せめて近くにいよう。せめて側にいよう。そう思った。
 

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©Kamikawa
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