voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町13…『人間』 ◆

 
午後9時過ぎ。
 
アールとルイはカイに留守番を頼んで宿を出た。イラーハ町を出て地上に上がり、徒歩で約束の場所へ向かう。夜風が少し肌寒かった。腕を摩ると、ルイがコートを脱いでアールの肩に掛けた。
 
「着ていてください」
「あ、大丈夫だよ」
「念のために」
「ありがとう。ルイは寒くない?」
「大丈夫です」
 微笑んだルイに、アールも笑顔を返した。
 
海の浅瀬に、大きな岩があった。
アールの目に飛び込んできたのは、幼い頃に読んだ童話、人魚姫に描かれていた人魚の絵、そのものだった。岩に腰掛けたり寄りかかって月を見上げている人魚がそこにいた。明るい月の光に鱗がキラキラと反射して幻想的だった。
 

 
「綺麗……」
 アールが呟くと、3匹いた人魚の内、1匹が振り返った。
「お祈りが済んでからでいいかしら」
「はい」
 
人魚の祈りは静かに時を刻んだ。両手で救い上げた海の水を月に掲げ、目を閉じて祈りを捧げてから、その水をゆっくりと口に運んだ。何度か繰り返され、アールとルイは祈りが終るのを静かに待った。
 
3匹のうち、1匹の人魚はすぐに海の中へと帰ってしまった。残った2匹の若い人魚は濡れた髪を撫でながらアールに声を掛けた。
 
「それで、話ってなにかしら?」
「あ、あの、海の中にあるアリアン像についてお尋ねしたくて」
「アリアン像?」
「人間の女性の像が沈んでいると思うんですけど」
「あぁ、あれね。人間界では救世主なんですってね」
「はい。人間界というか、世界の救世主です。あの像の首に鍵が掛かっていたと思うんですけど、知りませんか」
 
ルイは会話の成り行きを黙って見守っていた。ギルマンに関してどう切り出すつもりなのだろう。
 
「さぁ。あの辺はよく通るけど……あなた知ってる?」
 と、隣にいたもう一匹の人魚に訊く。
「知らないわ。流されたんじゃないかしら」
「一応探索したいと思っているんですけど、あそこに大きなイカの魔物が住み着いていますよね。攻撃してくるんでしょうか」
「彼らの縄張りだから邪魔をするようなら攻撃もしてくるでしょうね。彼らはお気に入りの場所を荒らされるのが嫌いなの。そこにある岩をどかすだけでも嫌がるわ。私たちは荒らしたりしないってわかってるから攻撃してくることはないけれど、知らない人間や生き物が近づくのは危険よね」
「そうですか……、ギルマンっていう半魚人も危険な魔物ですか? 攻撃をしかけてきたりしますか?」
「……そうね、警戒心は強い奴等だと思うわ」
 
──さて、ここからどうやって人魚と半魚人の仲を取り持つ話に持っていけるだろうか。
 
「ギルマンもお二人のように人の言葉を喋れたりしますか? 交渉してちょっとあの辺の探索をさせてもらえないか話し出来ないでしょうか」
 
二匹の人魚は顔を見合わせ、少し嫌な顔をした。
 
「喋れるけど……人間のことは好きじゃないから無理じゃないかしら。それか了承を得ても見返りを求められるかもしれないわね」
「…………」
 アールは考えるように顎に手を当てて視線を落とした。
「あの、人魚さんからお願いしてもらうことはできませんか?」
「無理よ。」
 と、即座に言い切られた。
「そうですか……」
「私嫌いなの。人魚はみんな彼らのこと嫌いだと思うわ」
「どうしてですか?」
 
そう訊きながら、いい流れになってきたと思う。けれど。
 
「…………」
 突然表情が暗くなり、口を閉ざしてしまった。ただ事ではないと感じる。
「変なこと訊きましたか? すいません……」
「さっき、もう一人いたでしょ?」
 と、先に帰ってしまった人魚のことを話し始めた。
「はい」
「あの子、人間に恋をしてしまったの」
「そうなんですか……」
「ここから結構離れてる場所に島があって、その島の周辺では魚がよく釣れるとかで漁師って言うの? その人間がよく船を出していたのよ。その船に乗っていた一人の人間に恋をしたの」
「それとギルマンとなにか関係があるんですか?」
「大ありよ。ギルマンはその船を襲ったの。──で、食べちゃった」
「…………」
 
予想していたよりも遥かに重い話に、ルイとアールは顔を見合わせた。もっと可愛らしい理由だと思っていた。ちょっとした口喧嘩が原因で話をしなくなったとか、そんなものだと思っていた。
 
「食べちゃったって……人を?」
「そうなの。私たちは海草しか食べないなんて、人間が勝手に作り出した迷信よ。元々は海辺の近くに寄ってきた動物や魔物を海の中へ引きずり込んでその肉を頂いていたんだけどね。もちろん、お腹が空けば魚も貝も食べるわ。人間は人魚にとって魚や貝はお友だち、と思っているみたいだけどね」
 そう言って、話を続けた。
「ギルマンの狩りの腕は一流で、狩りを失敗して食料にありつけなくなることはありえないの。だから食に不自由はしていないのに、欲が出たのね。人間も食べられるんじゃないかって。人間であるあなたたちならわかるんじゃない? その気持ち。人間も色んな生き物を食べるものね」
「……はい」
「ギルマンと人魚は同族なの。性別の違いで見た目が大きく変わるだけ。だから以前は仲良く暮らしていたのよ。狩りが上手いギルマンはとてもモテたし。でもね、女である私たちのほうが見た目がより人間に近いこともあって、人間を食べるなんて考えられなかった。それに、人間に恋をしていた彼女のことを思うと余計に許せなくて。ギルマンの獲物になってしまったんだから」
「でも……仲良くしないと子孫が残せないんじゃないですか?」
「まともなギルマンもちゃんといるわよ」
 と、人魚は笑った。
 
なるほど、と理解する。襲ってきた彼らはおそらく船を襲った連中なのだろう。人魚に相手にされなくなったギルマンの集まりだ。
 
「そのことはギルマンに話したんですか? 人間を食べることを理解できないことと、お友だちのこと……」
「話もしたくないから」
 と、首を振った。
「でも話をしたほうがいいですよ……」
「どうして?」
「だって……」
「もうこの話はおしまい。あなたたちが知りたいのはアリアンっていう像のことよね」
 
しまった。と、アールは焦りはじめた。せっかくギルマンとの話に持っていけたのに。
そんな彼女に気付いて、これまで黙っていたルイが口を開いた。
 
「また人間が襲われては困ります」
「え?」
「皆さんが人間を守る必要性はどこにもありませんが、そんな話を聞かされて黙ってはいられません。人魚の皆さんが声を揃えて、ギルマンに講義をしていただけませんか」
「人間って本当に残酷ね。あなたたちは沢山の命を頂いているのに、食べられる側になった途端に焦りだすなんて。魚や動物は私たちのような言葉を喋れないから講義もなにも出来ないけれど」
「それは……そうですが……」
「欲深い人間は好きにはなれない……。私たちは生きるために生き物を殺して食べているの。生きるために必要な分だけよ。だから人間は嫌いだった。欲望を満たすために殺生を繰り返している人間が。食べる必要がない生き物を殺して楽しんでいる人間が。──ギルマンもそうだった。それなのに、人間を襲った時点で、人間と同じになってしまった」
「…………」
「だからそれもあって許せないのよ。裏切られた気分だわ。彼らの話はもうしたくないわ。それじゃあね」
 と、海に潜ってしまった。
 
ただ、まだ一匹残っている。彼女も海の中へ帰ろうとしたが、躊躇しているようだった。
アールはすかさず彼女に声を掛けた。
 
「あなたは? あなたはどう思っているんですか……?」
「…………」
 
その人魚はアールに目を向けてなにか言おうとしたが、結局やめたのか首を振った。
 
「私、晴れの日はいつもこの時間にここに来るの。待っている人がいるから」
 と、そう言って彼女も海の中へ帰って行った。
 
「どういうこと?」
 と、アールはルイを見上げる。
「なにかあれば私はここにいます、ということでしょう」
「…………」
 
二人は静かに波打つ水面を眺めた。黒い海に、月の光が揺らめいている。
ふと、ルイは視線を海とは反対方向に向けた。森が広がっている。姿こそ見えないが、ヴァイスがいると感づいた。彼は仲間に対してあまり関心がないように見えて、その真逆なのかもしれない。口数が少なく、ひとりでいることが多いためなにを考えているのか感じ取れないことが多いが、仲間のことを、仲間に起きる全ての事を理解している。
 
「帰ろっか」
 と、アールは歩き出した。
「どうするおつもりですか……?」
 ルイも町に向かって歩き出した。
「うーん……携帯電話がないって不便だね」
「え?」
 
ギルマンも人魚も携帯電話を持っていたら交互に電話をして互いの意見を聞き合えるのに。
 

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