voice of mind - by ルイランノキ |
その日見た夢は、過去の記憶を今の私が少しだけ書き換えるというものだった。
夢の中で、高校生の私は学校から帰って2階の自室へ上がり、友達にメールをしてから階段を下りた。部活はしていなくて帰宅部だったけれど成長期だからか帰宅する頃にはおなかがすいていて、冷蔵庫からなにか食べるものを探そうと思って台所へ。
冷蔵庫を開けようとしたところでカタカタと小さな音がした。
和室からで、母はパートでいないはずなのにおかしいなって思いながら恐る恐る忍び足で覗きに行ったら、いないはずの母が仏壇の前で正座をしていた。
その姿を後ろから見ていた私ははっきりとは見ていないけれど、仏壇の引き出しが開いていて、何かを取り出して眺めているようだった。
おなかが空いていたからなにか食べ物ない?と声をかけたかったけれど、そのどこか哀愁ただよう背中に声をかけることが出来なかった。
母は背中を丸めて、なにかを胸に抱いていた。
別の日に、私は家に誰もいないことを確認してから仏壇の前に座った。ご先祖さまに手を合わせてから、あの日開いていた引き出しに手を伸ばした。けれど。
開けることが出来なかった。勝手に開けてはいけないと思った。でも知りたい衝動にかられた。母は何を大切そうに胸に抱えていたのか。きっと亡くなった祖父母の写真だろうと思い、引き出そうとしたものの、鍵がかかっていた。
私は言い知れない不安を感じた。
母が隠しごとをしているような気がして。
今なら、母もひとりの人間で、ひとりの女性なのだから、隠し事のひとつやふたつあるだろうと思えるけれど、あの時はまだ高校1年生のときだったから、母は私の親でしかなくて、親も隠し事をするのだと衝撃を受けたんだと思う。
私が精神的に子供すぎただけなのかもしれないけれど。
ここまでが、夢の中で再生された、実際にあった過去の出来事。
そしてここからが、今の私がその過去の記憶の夢に入り込んで書き換えた(書き足した)部分。
私はまた別の日に、母に尋ねることにした。
「お母さん、このまえ仏壇の前でなにか見てたよね? なにを見てたの?」
料理中の母に、そう訊いた。
「…………」
「お母さん」
「なんの話?」
母は振り返らなかった。
トントントンとテンポよくきゅうりを切る音が響く。
「なにか知られたくないこと?」
テンポよく聞こえていた包丁の音が止まった。
私は息を飲み、母の返答を待った。
「お姉ちゃんは」
「え?」
「お姉ちゃんはまだ帰ってこないのかしら」
「…………」
そしてまた、トントントンときゅうりを切り始めた。
目を覚ましたとき、夢の中で感じた母の息遣いや私の鼓動など、あまりにもリアルで少し怖くなったんだ。
お母さん、結局、なにを隠していたの?
私は訊けずに、勝手に解釈したんだ。あそこには印鑑とか通帳があるから鍵をかけていただけなんだって。あの日見ていたのは、その通帳などと一緒に入れていた祖父母の写真、母の両親の写真で、それを眺めていたんだろうって。
なんの根拠もないけれど。第三十章 アーテの館 (完)
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