voice of mind - by ルイランノキ


 アーテの館19…『予定変更』

 
「面白いものを見た」
 と、宿に帰宅したベンはシドにそう言った。
 
三部隊が泊まっている宿は洋風で、部屋にキッチンはついていないが部屋の電話機の横にメニューが置いてある。クラウンとジョーカーは別の部屋を取り、シド等がいる部屋ではジャックが眠っていた。
 
「面白いもの?」
 刀の手入れをしながらシドは聞き返した。
「アールって女が夜な夜な一人で魔物狩りに。酒屋で飲んでいたら買取り屋の場所を探していたらしく、バッタリ会った」
「…………」
「そのあと気になって買取り屋を見に行ったんだが姿がなかった。だから帰ろうとしたところで女が外から戻ってきた。酷い有様だったな。血まみれで憔悴しきっていた」
「…………」
「お前が仲間から外れたことで金欠らしいぞ」
「ふんっ、しったことかよ」
 と、シドは鼻で笑った。
「せっかく集めてきた材料も、1万2千ぽっちだったようだ」
「……興味ねぇな」
 
磨いた刀を鞘に納め、壁に立てかけた。──胸糞悪い。
 
「明日は何時だ?」
 と、シド。
「情報が途絶えている。一先ず若葉村へ戻るそうだ」
「俺らまで行く必要はねーだろ」
「彼らだけ行かせて異なる情報を伝えられても困るだろう」
「あいつらは嘘なんかつかねーよ」
「信用しているんだな」
「そんなんじゃねーよ。あいつらのことはよく見てきたから大体わかるってだけだ」
「そうか」
「心配ならお前が行けばいいだろ。俺は若葉村なんかなんもねーし行かねーよ」
「わかった。なら明日は俺だけ行ってこよう。クラウン等にも伝えないとな」
 
クラウンとジョーカーは別の部屋にいる。
ジョーカーは窓際に立って携帯電話を片手に誰かと連絡を取り合っていた。その様子をクラウンは黙って見ている。
 
「──あぁ、今のところは問題ない。──いや、まだ時間がかかるだろう。──わかっている」
 
電話を終え、クラウンを見遣った。クラウンは電話の相手を察し、言った。
 
「信用されているんですねぇ、ジョーカーさんは」
「奴等が組織の信用をなくしたのだろう。特にシドという奴はな」
「我々元十部隊なんて三部隊と比べたら下っ端の下っ端だった。それが頭を失った途端に三部隊は一気に降格。今ではオレたちの方が信頼されている」
「力あるものが敵に回ると面倒になる。組織は信用第一だ。だから裏切り者は容赦なく殺される」
 
クラウンは手品を見せるように虚空から一枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。そこに写っているのはアールだった。角度からして明らかに隠し撮りをした写真である。
 
「覚醒を待つ。──それが三部隊の考えだろ? 覚醒したところで殺してアーム玉を手に入れる。ま、既にアーム玉はこっちにあるわけだが」
 と、クラウンはポケットから果物ナイフを取り出して刃先を写真に向けた。
「シュバルツ様は偉大な方だ。あのような小娘に手こずるとは思えないが、小娘の力が必要だというのなら指示に従うしかない」
「だが時間がない」
 
ジョーカーは見えない糸で吊り上げるようにクラウンの手から果物ナイフを取り上げ、ダーツのように写真に向かって振り投げた。ナイフはアールの顔に突き刺さった。
 
「第二部隊が再び動き出した。こちらの仕事を遅らせるわけにはいかない」
「…………」
 クラウンはナイフが突き刺さった写真を眺めた。
「クラウン。お前はシドについていくなら私は止めない」
「……いや、オレはあんたについて行きますよ。あいつは信用できない。ベンともわだかまりがあるようだしな。ジャックはどうするかねぇ」
「あいつは……何かを探っているようだ。用心する必要はないが、使い物にはならないだろう」
 
━━━━━━━━━━━
 
ルイは買取り屋で得た金を茶封筒にしまって宿までの帰り道を歩いた。夜空を見上げると星が瞬いている。
 
アリアンの塔は僕らを待っている。ふいにそう感じた。
不安がないわけではなかった。これまで共に戦ってきた彼女の正体が、もしも彼女自身を脅かすものだったらと思うと、真実を目にしたくないとさえ思えてくる。
 
「…………」
 
そんなこと考えたくもないのに、どこからかやって来る不安が少しずつ心に根付いてゆくのを感じていた。何故だろう。組織の人間があまりにも彼女を悪者として決め付けているその自信に押されているからだろうか。
それとも──
 
 ルイ、お前にだけ話したいことがある
 
国王に呼び出されて自分にだけ伝えられた言葉が今になって引っかかっているからだろうか。
 
信じている。その言葉がいつの間にか“信じたい”に変わっていた。
彼女にはなにか秘密がある。その秘密は闇を照らすものなのか、それとも……
 
「ルイー?」
 と、アールの声がした。
 
宿の玄関前でアールが手を振っている。ルイは思考を遮断し、駆け寄った。
 
「どうかしましたか? なにかありましたか?」
「ううん、お風呂から上がったとこ。雨音が聞こえた気がして外覗いたらルイがいたから」
「雨?」
「勘違いだった」
 そう言って笑ったアールから、シャンプーのいい香りが漂ってきた。
「部屋へ戻りましょう、せっかく温まったのに体が冷えてしまいます」
 
二人は肩を並べて階段を上がった。
 
「少しはお金になった?」
 と、アールは不安げに訊いた。
「えぇ、思っていたよりは」
 ルイは自然とそう答えた。そこに嘘はなかったからだ。
「それに、ヴァイスさんからも頂いたので。アールさんを宿に送った後、魔物狩りに行ったようで」
「そうだったんだ……」
「自分もなにか役に立てたらと思ってくださったのでしょう」
 と、ルイは言い足した。
 
明日は若葉村へ戻る予定だ。鍵について教えてくれた老婆、ヴァニラに訊けば第3の鍵の在り処がわかるのではないかと思ったからだ。
 
部屋へ戻るとカイはとっくに眠っていた。最近あまり眠れていないようだからその寝顔を見てほっとする。ヴァイスは壁際に座っていた。
 
「もう遅いので早めに眠りましょう」
 と、布団を敷きはじめるルイ。
 アールも布団を敷きながら言った。
「ねぇ、ヴァニラさんはそれぞれの街に知り合いがいるって言ってたよね? ここでのその“知り合い”とまだ会ってないよね。アーテの館だって街の人に訊いてわかったことだし」
「そうですね……」
 と、考えるように手を止めた。
「知り合いを探したほうがいいんじゃない? もし若葉村に戻ってヴァニラさんに訊いて知らなかったらお金の無駄になっちゃうし」
「そうしましょう。シドさんに連絡を入れておきます」
 と、ルイは布団を広げるのを後回しにしてシドに電話をかけた。
 
アールは自分の布団を広げてから、ルイの布団も広げた。布団の上に座り、何気なく携帯電話を見遣ると着信がきていた。留守録メッセージが入っている。その番号を見て驚いた、エイミーからだった。
慌てて留守録を再生した。
 
『──もしもし、急にごめんなさい。祖母のことで思い出したことがあったの。時間があるときにもう一度会っていただけますか? またこちらから連絡します』
「…………」
 
アールはメッセージを確認し、携帯電話を閉じた。
 
「どうしました?」
 と、シドへ連絡を終えたルイ。
「あ、エイミーさんからだった。陽月のことで思い出したことがあるからまた時間があるときにお会いしましょうって」
「そうでしたか」
「そっちは大丈夫だった?」
「えぇ、予定変更を伝えたら『わかった』とだけ」
 
ルイは布団を敷いてくれたアールに礼をいい、ヴァイスの布団を広げはじめた。ヴァイスは「ここでいい」と座って寝ることを選んだが、一応敷いておきますとルイは言った。それからキッチンに移動し、洗われている食器を見てまたアールに礼を告げた。
 
「自分が使った食器を自分で洗っただけなのに礼なんていいよ」
 と、苦笑する。
 
ルイが布団に入ったのはアールが眠ってからだった。所持金を確認し、出納帳に記載した。ゆっくりため息をこぼして、テーブルランプの明かりを消した。
 

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