ル イ ラ ン ノ キ


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全 力 疾 走

「おはようございまーす!」

朝が来た。
走れ走れ走れ。全力疾走。
走れ走れ走れ。立ち止まるな。

僕は全速力で人ごみを駆け抜けた。息を切らし、汗を流し、向かった先は、同級生の家。中学時代に絶交をして、早6年。思い出すたびにもやもやするから、いっそのこと謝ろうと思ったんだ。

「ひさしぶり」

玄関を開けると息を切らして立っている懐かしの同級生がいたもんだから、彼は目を丸くして驚いた。その表情は昔と変わらない。身長は随分と伸びて髪も染めて今時の若者って感じだけど。

「おう……」
「急にごめん。謝りたくて。中学のときのこと」
「あぁ……」
「あの時はまだ子供だったから。くだらないことで喧嘩してごめん」
 と、頭を下げた。
「別にいいよ、もう気にしてねーし。俺も悪かったし」
「ありがとう。じゃあ行くね」
「は? それだけ言いに来たのか?」
「うん。ちょっと通りかかったから」
「そっか……」

同級生に別れを告げて、再び僕は走り出した。
中学から高校に入ってからも、ずっと陸上部だった。だから走るのは大好きだった。それなのにいつからか失速して、走るのをやめてしまった。走り方を忘れてしまったんだ。
気付いたときには足場が不安定になっていて、自分の体を支える足は脆く使い物にならなくなって、膝をついた。そしてそれからの日々は地面を這うような人生だった。

でも僕は今、走っている。何年かぶりに大地を蹴って、風を切りながら走っている。

そして足を止めたのは、高級ブランド店の前だ。息を整えるために近くの自動販売機で水を買って、飲み干すまでの間に汗も乾かすことが出来た。
少し緊張しながら店内に足を踏み入れて、洋服を物色する。万単位の服ばかりだ。

「いらっしゃいませ」
 と、小奇麗な女性店員が声をかけてきた。「なにかお探しですか?」

ちらりと全身を見られたが、気にしない。きっとこの店には見合わない客が来たなとでも思われているのかもしれないけれど。いいんだ。僕は、もうそういうのを気にしない。

「お洒落に疎いので、コーディネートしてもらえませんか? 全身の」
「トータルコーディネートですか? どういったものがお好みですか?」
「おまかせします。僕なんかにも着こなせそうなやつで」
 と、苦笑する。

ここに来る前に散髪屋に行って髪型はなかなかいい感じにしてもらえたと思ってる。散髪屋とは言わないな、ヘアサロンだ。ここのブランド店は僕が好きなアーティストが愛用している店で、ずっと憧れていた。だから今日はやっと来れて嬉しい。
僕の背格好を見ながらコーディネートをしてくれている女性店員は、値札を確認しながら選んでいた。そして、「予算などはお決まりですか?」と訊いてきた。どんな客を相手でも訊くのだろうか。それとも僕がノーブランドの安っぽい服を着ていてお金を持っていなさそうだから訊くのかな。

「特には。でも今日は奮発するつもりできました。このお店のホームページを見て大体の値段は把握しているので大丈夫だと思います」
「何か特別なご予定でもあるんですか?」
 と、女性店員は笑顔を見せる。
「一応……」
 と、照れ笑い。

今日は、今日という日は特別な日。一秒たりとも無駄にはしたくない。今までにないほど最高の一日にするんだ。沢山笑い、沢山傷つき、沢山頭にくるのもいい。とにかくいろんなことをやって、色に表したら7色の虹色以上に沢山の色が交ざり合ってマーブル模様になるような一日にしたいんだ。

合計金額は軽く10万越えだった。僕はそれを現金で払い、試着室を借りて買った服に着替えてから店を出た。コーディネートをしてくれた女性店員が店の前まで見送ってくれた。

走れ走れ走れ。全力疾走。
走れ走れ走れ。立ち止まるな。

僕は元々着ていた服をコンビニのゴミ箱に捨てて(ちょっと悪いかなとは思ったけど)、走り出した。靴も買って新しくなったから非常に走りにくいけれど、それも面白いと思える。
次に向かうのは花屋だった。

「赤とピンクの花をメインにして花束をつくってもらえますか」
「どなたかにプレゼントですか?」
「はい、好きな人に告白を」
 と、照れ笑い。
「素敵ですね! 頑張って可愛らしい花束をつくりますね」

そうして手に入れた花束は、僕の大好きな女性によく似合う、明るくて可愛らしい仕上がりになっていた。さすがに花束を持って走ると花が散ってしまう。けれども店を出ると小走りに、彼女に会いに向かった。

彼女は保育士だ。姉の子供が通っている保育園の先生で、姉に頼まれて迎えに行ったときに出会った。ちょうどお昼寝の時間にたどり着き、5分でいいから出てきてくれないかとメールをした。この時間なら返事が来ることを知っていたから。
そして、黄色いエプロンをした彼女が保育園から出てきた。敷地の外にいる僕に近づいて、驚いた。

「急にどうしたんですか? それにいつもと違う……」
 驚きながらも、笑顔だった。僕はその笑顔が大好きだった。
「仕事中なのにすみません。どうしても今日、伝えたくて」
 と、花束を手渡した。
「私に……?」
「はい。僕は、ずっとあなたのことが好きでした」

ずっと言えなかったことがするりと口からこぼれた。ずっと出来なかったことも、今日ならなんだってできる。

「あ……ありがとう」
 すこし困った表情で、彼女はそう言った。
「返事はいいです」
「え……」
「駄目元で伝えたかっただけだから。つきまとったりはしませんので、安心してください。それでは」

足が、走りたくてうずうずしていた。久しぶりに足を動かすと、面白いほど楽しくてたまらない。僕は走り出した。
それからバスに乗って、電車を乗り継いで、実家に向かった。懐かしの古本屋は今も健在で、小学生の頃に万引きをしたことを思い出し、実家に寄る前にその本屋に立ち寄った。
店のおじさんはすっかり白髪が増えていて、おじいさんになっていた。

「おぉ、懐かしいのぉ、元気にしとったかい」
 名前を名乗ると思い出したようにそう言ってくれた。
「うん。おじさんも元気そうでよかった。今日は謝りたいことがあって……」
「なんだ?」
「子供の頃、コミックを万引きしたことがあります。ごめんなさい!!」

深々と頭を下げると、おじさんの足が近づいてきた。てっきり殴られるかどやされるかと思ったけれど、しわくちゃになったおじさんの手が僕の頭の上にポンと乗った。

「万引きは悪いことだが、ちゃんと昔の事を昔のことだからと流さずに、こうして謝りに来れるきちんとした大人になったことがなによりも嬉しいよ」
「おじさん……」
「私も子供の頃は駄菓子屋で万引きしたもんさ」
 と、その笑顔は優しかった。

当時の代金を半ば強引におじさんに渡して、店を出た。──どうかいつまでもお元気で。なかなか本屋に足を運ぶ人も減った時代だから、お店の経営は難しいかもしれないけれど。

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©Kamikawa

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