ル イ ラ ン ノ キ |
「帰ってくるなら連絡くらいしなさいよ」
と、久しぶりに会った母に笑顔はなく、ぶっきらぼうにそう言った。
「連絡したら面倒くさそうにするだろ?」
と、二階へ上がる。
自分の部屋のドアを開けて懐かしさに浸ろうかと思ったけれど、見慣れない家具ばかり置かれてしらない部屋になっていた。懐かしいものなどなにひとつない。思わず部屋を間違えたのかと思った。
「あんたのもんは捨てたよ。いらないから置いてったんでしょ?」
と、階段下から母が見上げる。
「僕の部屋、ないの?」
「ない!」
「…………」
それならそうと早めに言ってほしいものだ。出来れば捨てる前に言ってほしい。それにしても、この部屋は誰の部屋なんだ?
階段を下りると、母は昼食の残りを温めていた。カレーの匂いが鼻をつく。
「あの部屋誰か住んでるみたいだけど」
「新しいお父さんよ」
「結婚したの?」
「まだだけどそのつもり」
「まだ会ったこともないけど」
「感心ないくせになにいってんの」
「…………」
確かにそうだ。母親に新しい男が出来ようが、もうどうだっていいと思っていた。実家にいた頃は知らない男が家にいるのが嫌だったものの、出て行ってからは自由にしてくれと思っていた。
「姉さんは知ってるの?」
「訊かれてないから言ってない。カレーでいいでしょ?」
「あ、うん」
居間に移動して、ガラスのローテーブルとソファの間に腰を下ろした。テレビをつけて、バラエティ番組でも見ようかと思ったが、時間が気になった。そわそわと落ち着かなくなってくる。──走らなければ。
「なに座ってんの。温めてやったんだから後は自分でやってちょうだい」
「あ、うん」
と、立ち上がる。
食器棚から適当に皿を選んでご飯をついだ。心なしかご飯が黄色い。カレーをかけながら、ソファに座って身支度を始めた母を見る。
「このごはんいつの?」
「昨日の残り。文句言わないでよ? いきなり来といて。──ていうかなんか用?お金ならないわよ」
僕はカレーと水を居間に運んで、母が広げている化粧品の隣に置いた。
「暇だったから来ただけだよ」
と、カレーを食べる。懐かしい味がした。
「なにそれ」
「どっかでかけるの?」
「パチンコ。新しいパパとね」
「ふうん。このカレーさ、隠し味とかあるわけ?」
「ないわよそんなの。レトルトなんだから」
「うちのカレーはいつもレトルトだった?」
「当たり前でしょ」
と、紅をさす。
「なんてやつ?」
「ゴミ箱に入ってるから勝手に見て。さっさと食べてくれる? 鍵かけて出かけられないじゃない」
「うん」
僕は飲むようにカレーを胃に流し入れた。洗いものが既に溜まっていたシンクに持って行き、母と家を出る。
「母さん」
「なによ」
「なんだかんだで育ててくれてありがとうね」
「えー、なに急に気持ち悪い」
と、玄関に鍵を掛けた。
「母さんさ、子供嫌いでしょ」
「あ、バレたー?」
と、パチンコ店へ向かう道のりを、途中まで一緒に歩いて行く。
「なのになんで産んだわけ?」
「できちゃったからよ」
「ふーん」
「嬉しかったし」
「え?」
「好きな男との子供が出来たことは嬉しかったのよ。子供はうるさいから全般嫌いだけど、自分と愛した男との子供は別ってことよ。じゃあね!」
と、母は僕を切り離すように足早に去ってゆく。
母の意外な本音を知った。嬉しかった。自己中で子供に無関心だと思っていた母が、そんな風に思っていたなんて。
Thank you... |