ル イ ラ ン ノ キ


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眠っていた恋心


結婚した女友達に言われた言葉が忘れられない。

「せっちゃんって仕事に生き甲斐を感じてるって感じだよね。恋愛なんかそっちのけでさ、カッコイイよ」

仕事が楽しい、仕事が生き甲斐、だなんて思ったことは一度もない。私が大きな会社で働かせてもらえているのは父の顔が広いからで、もちろん、働かせてもらうからには期待に応えないとって真面目に働いてきたけれど……。別に好きで仕事一筋で来たわけじゃない。

男がいないまま明日、33歳になる。自分でドン引きだ。

「じゃあお先に失礼します」

残業でデスクに縛り付けられている同僚に頭を下げ、オフィスを出た。エレベーターに乗り、13階から1階に下りる。
外に出るとすっかり真っ暗で、なにがめでたいのか星がイルミネーションのようにキラキラと輝いていた。

「お疲れー」

会社の前に、ブラックバイソンのスカイラインが停まっていた。運転席から手を振る見慣れた男。

「……なんでいんの?」
 と、助手席側の窓から覗き込む。
「待ってた。乗れよ」
「…………」

まぁ、断る理由はない。最終バスはもう出ちゃったし、タクシーで帰るしかないわけだし。帰ってもコンビニの弁当を食べるだけ。おかえりって待っていてくれる人もいなければ、待っていてくれているペットもいない。
私は彼の車に乗り込んだ。芳香剤と車特有の独特な香りが鼻をつく。

「どこ行くー?」
 ハンドルに寄り掛かり、ふふんと笑う。
「どこでもいいよ」
「じゃあホテル?」
「いいけど部屋は別ね」
「もっと面白い返しはねぇのかよ」
 彼は笑い、車を発進させた。

野津屋まもる。私のいいところも悪いところも知っている、幼なじみ。幼稚園の頃からの
腐れ縁のようなもの。

「明日、誕生日だろ? 祝ってやるよ」
「…………」
「どーせ祝ってくれる人いないんだろ」
「いるよ」
「まじ?」
「友達」
「ふーん」

毎年メールが来る。おめでとうって。でもそれだけ。それも年々減ってきた。みんな忙しいから。子育てに。結婚して子供が出来たらママ友が出来て、そっちとの付き合いのほうが大事になるらしい。

「じゃあ明日は予定入ってるわけだ?」

窓の外を眺めながら、通り過ぎていく街灯の光を眺めた。意味もなく数を数えたりして。
予定なんか何もない。お誘いもない。『お誕生日おめでとう! 素敵な誕生日になりますように!』とメールで言われるだけで、素敵な誕生日にしてあげようなんて思ってくれる人はいない。

「いいとこ連れてってやるよ」
「…………」

運転席から鼻歌が聞こえる。ちょっと古い名曲。間奏に入ると鼻歌から口笛に変わる。鼻歌が音痴ってどんだけよ。それでも耳を傾ける。私にとって彼の存在はある意味大きい。

1時間ほど車を走らせて連れていかれたのは、デートスポットとして有名な夜景が綺麗な展望台だった。駐車場に車を止めて、外へ出る。女性の腰に手を回したり、後ろから抱きしめたりとすっかり二人の世界に入り浸っているカップルが視界に入り込む。私にとっては精神的ダメージが強い場所だ。
 
「嫌がらせ? こんなところに連れてくるなんて」
 木の柵に手を置いて、遠くの夜景を眺めた。
「なんでそうなるかな。最近夜景見るヒマもないだろう?」
「毎日見てるよ、会社の窓から。大きい会社ですから」
「うわ、嫌味かよ」

夜景を見て、素直に綺麗だなと思えなくなったのはいつからだろう。光ひとつひとつに温かい家庭があるのだと考えると、無性に寂しくなる。
あの光の中に私も居られたらと、切実に思う。

「なぁ、せっちゃん。俺ら付き合わない?」
「…………」

せっちゃん。小さい頃からそう呼ばれ続けている。でも33にもなってせっちゃんと呼ばれることに抵抗がある。かといっていきなり世津子、と呼ばれるのも抵抗があるけれど。

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©Kamikawa

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