ル イ ラ ン ノ キ


 PAGE:(1/7) ※暗い描写あり


旅 風 と 花 と

──生きる世界は同じでも、見えている世界は全く違う

せわしい風が吹き、桜の花びらが広範囲にわたって散ってゆく。
そのひとひらはある洋風の屋敷に入り込み、広々とした庭の一角で倒れている少女の背中に舞い降りた。

おやおや、かわいそうに……

自分の一部である桜の花びらを通して知る、植物を愛した少女の死。

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「全体のバランスを見て、邪魔なものは退かしてしまいましょう」

今年40代に突入する萩原先生はそう言って、上品な和服に凛とした姿勢で教室内を歩き始めた。
生徒たちはクラシックが流れている教室で心穏やかに目の前の“それ”と向き合っている。
その一方で、教室の一番奥の窓際では17才になったばかりの夏芽由加里が頬杖をついて窓の外を眺めていた。

「夏芽さん?」
 と、萩原先生が呼びかけると、夏芽は頬杖をやめて萩原を見上げた。
「はい」
「どうして外ばかり眺めているの?」
「つまんないから」
「…………」
「来たくて来たわけじゃないし」
「でもあなた、お花、好きなのよね?」

そう、ここは生け花教室。クラシックを聴きながら生徒たちが思い思いに花を生けている。植物が放つ独特なニオイが漂う中で、パチンパチンと茎や枝を切る音がする。

「はい。だからみっこに誘われて来たんだけど、みっこの奴、ドタキャンしやがったから」
「お友達が来れなくなったのは残念だけど、せっかく来たんだし、挑戦してみない? 難しいことなんて考えなくていいのよ、感じたままに、生ければいいの」
「…………」
 夏芽は萩原から目をそらし、窓の外を見た。
「ねぇ先生」
「なあに?」
「先生は花が好き?」
「もちろんよ。花は癒し。生きる象徴でもあるわね」
「私も花は好き。大好き」
「それはよかったわ」
 と、萩原は微笑んだ。
「萩原花枝、名前に花があるなんて羨ましいです」
「私も自分で気に入ってるわ。でもあなたの名前も素敵よ?」
 ぽん、と萩原は夏芽の右肩に手を置き、別の生徒の元へ移動した。

夏芽は触られた肩を左手で払い、空を見上げた。独特なニオイが鼻をつく。パチンパチンと軽い音がする。太陽の日差しが強くなり始めた、春。

空の色が落ち始めた午後五時。夏芽は生け花教室を終えて建物の狭い階段を下りて外へ出た。空気が悪くて息苦しかった教室から、やっと澄んだ空気が吸えた安心感と開放感があった。

「どうだった? 生け花教室」
 と、左から声を掛けられた。みっこだった。
「どこに行ってたのよ。一人で行かせるなんて最低だね」
「いろんなところに行きたくなるの、わかるでしょ?」
 と、みっこはその場で回ってみせた。

みっこが着ている半袖の鮮やかな黄色いワンピース。花が咲いたかのようにスカートが広がった。

「わかるけどでも、約束したでしょ。好き勝手行動しないって」
「そだね、ごめん」

ふたりは肩を並べて夕暮れに照らされたオレンジ色の道を歩いた。時折冷たい風が吹き、みっこは細く白い腕をさすった。

「寒いね」
 夏芽は気遣うように言った。「だいじょうぶ?」
「うん、春なのに、まだ寒いね」

半袖のワンピースを着ているみっこに対し、夏芽は長袖の制服を着ていた。白いブラウスに、斜めに縞模様が入った濃い赤色のネクタイ。紺色で膝上までのスカートに、ハイソックス。通学鞄は茶色だ。

「富山さんのところ、行く?」
 と、みっこは駆け足で夏芽の前に回り、振り返る。
「行かない」
 そんなみっこを交わすように歩いた。
「なんで? 会いたがってるかもしれないのに」
「また会いたいなんて言ってた?」
「言ってないけど……でも、私だったら嬉しいけどな」
「なんで?」
「死ぬのは怖いじゃない」
「…………」
「富山さん、もうすぐ死んじゃうんでしょ? 誰からも見向きもされずに死んじゃうのは、寂しいじゃない」
「そう思うようになったのは、もしかして富山さんのせい?」
 夏芽は立ち止まり、みっこを見据えた。「今まではそんな感情、なかったくせに」
「……そっか」
「それに富山さんは死ぬんじゃないよ、老いぼれだけど」
「眠るの?」
「起きてる」
「意味がわかんない」
「ずっと起きてるよ。富山さんは。でも周りがそう思わないだけ。だから悲しくなんかない」
「うーん……?」
「休息日が長いんだよ。だから富山さんはまだまだ長生きする。私たちのほうが、早く死ぬんだ」
 

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©Kamikawa

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