ル イ ラ ン ノ キ


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生と死の狭間で

死にたいと思ったこと、ある?

死にたいと思うときがある。嫌なことがあった時に限らず、不意に。
例えばコメディドラマを見ながら笑っていたのに、CMに入った途端にフッと明るい電気が消えたみたいに心がどんよりとした闇に覆われ、死にたいと思う。
人はこれをなんと呼ぶだろう。鬱病?

死にたい。そう呟いても、はたして私は本当に死にたいのだろうか。
死にたいんじゃなく、逃げたい、逃げ出したい、のではないだろうか。
なぜなら今の自分を取り巻く環境から抜け出せて、思い描いていた自分になれたなら、死にたいなんて思わなくなるはずだから。ならどうして、逃げたいと言わずに死にたいと言うのだろう。きっと答えは知っている。不様で恥ずかしくて認めたくないだけ。

「私ね、もう長くないんだ」

あるとき、中学の時に仲良しだった子から突然連絡があって、そう言われた。

「だからね、高校が別々になってから全然遊ばなくなったけど、中学の時は仲良しだったし、元気な内にありがとうって言っておきたくて」
「……うん」

私は最低な人間だ。もう長くはないと告げた彼女に対して、自己中な人だな、と思ったから。
もちろん、病気の話や死が間近に迫っていることを告げられて悲しくならなかったわけじゃない。ショックを受けなかったわけでもない。出来ることなら、死んでほしくはないとも思っている。
価値観の違いかな。私なら、多分、ありがとうを言いたいが為だけに何年も前の友人の連絡先を調べてコンタクトを取ろうと思ったりしない。だって、冷たく聞こえるかもしれないけれど、せっかくもう互いにとって“過去の人”になっていたのに、こうして再び連絡を取り合うことで、ぐんとまた近い存在になって、いざ“死”と向き合うことになったら……昔仲が良かった人が死んだ場合と、最近連絡を取り合ったばかりの人が死んだときの衝撃は大きく異なるから。
私は自分のことで何年も前の友人まで巻き込んで悲しませたいとは思わないから、連絡するなら死んだあとに家族にでもしてもらう。ありがとうの手紙でも書いて。でもそれも受け取る人によってはいい迷惑なんだろうけど。だって死んだ人からの手紙だよ? 重いし、どんよりするし、その手紙の内容に返事がしたくても出来ないわけだし、一方的に押し付けられた感は否めないんじゃないかな。

それが私の考え。

「そっちは最近どう?」
「え?」
「毎日楽しい?」

電話越しの質問。互いの顔は見えないから、私は思い切り眉間にシワを寄せた。
どう答えろというのだろう。普通に答えていいわけ? 最悪だよって。死にたいくらいだよって。言えるわけないじゃない、もうすぐ死んでしまう人に。

「まぁまぁかな」
 気を遣い、言葉を選んだ。
「ふーん、まぁまぁなんだ」
「うん」
「でもいいな、それでも羨ましいよ。私に比べたら全然」

──比べるな。比べるな。比べるな!
こういうときには比べるくせに、「皆は凄い。どうせ私は皆とは違うから……」なんて言ったときには「他人と自分を比べたってしょうがないんだから」とか言うくせに。
あんたと私は違うんだよ。比べるな。比べないで。無意味だから。

彼氏と喧嘩したんだと悩み相談をすれば「彼氏もいない私に比べたら全然幸せな悩みじゃん」と言う奴がいる。嫌いだ。あんたの話は私の悩みに関係ないから。悩み相談も出来ないのかよと思ったけど、あれは相談する相手を間違えただけか。彼氏がいない人に相談するのが間違っているのかもしれない。惚気として受け取られてもしょうがない。
それでも「辛い」と言えば、「私と比べたらマシ。私なんかさぁ……」と不幸自慢が始まることはよくある。
 
「かわりたいね」
 と、私はベッドに腰掛けながら言った。
「え? かわりたい?」
「あんたと私」
「…………」
 
暗い部屋。時計は午後11時過ぎ。部屋の天井をぼんやりと眺め、思う。──死にたい。
部屋にもし、体重を支える程の横向きの柱があって、もし、その柱にいつでも首を括れるようにわっかを作ったロープがぶら下がっていて、もし、そのロープに首を通しやすいように足場もあるとしたら、私は死にたいと感じた瞬間にどうするだろうか。突発的に、首を吊るだろうか。
きっと立ち上がって、足場の上に立つ。両手でロープに触れて、グッと顔をわっかに近づけて……心臓がバクバクと暴れだすんだ。
どうするの? やるの? やめるの? 吊るの? 迷いながら鼓動が速くなって、結局、やめてしまうに違いない。

「そうだね、かわりたいね」

電話の向こう側で、彼女は呟いた。
私の心情を感じ取ったのだろうか。彼女はどう思っただろう。

「長く生きれたら、なにする?」
 なんとなくそう訊いて、返答を待つ間、時計の音に耳を傾けていた。
「なにもしない」
「なにも?」
「たいしたことはしないってこと。長く生きられるなら、やりたいことはいつでも出来ると思ってしまうだろうから。長くないから、昔の友達に連絡したりしているの」
「うん」
「そっちは? これから、なにをするの?」

これから、とは、今からじゃなくて、今後という意味だろう。

「わからない」
「…………」
「わからないけど……」
「うん」

彼女も静かに、私からの返答を待ってくれた。

「とにかく生きてみるよ」

なにをするなど目標もなく。死にたい(逃げたい)死にたい(逃げたい)と歎きながらも、今日も明日も、なんだかんだで生きてみる。

「いいと思うよ」

彼女の言葉は、優しかった。
だからはじめて涙が溢れでた。もうすぐ死んでしまうという彼女に、なんてセリフを言わせてしまったのだろう。

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©Kamikawa

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